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 ひと昔前は「性暴力」といえば男性→女性という印象があったが、近年は女性による男性への性暴力が公になることも少なくない。もし「母親」や「娘」そして「妻」による性暴力が明らかになったら……。殺人事件も含め、2000件以上の加害者家族を支援してきたNPO法人『World Open Heart』理事長・阿部恭子さんが、加害者、被害者家族の視点から「女性による性暴力」を伝える。

加害者家族は「一歩も外に出られず」

 和子(仮名・60代)の娘は、13歳以下の男子にわいせつ行為を行った容疑で逮捕された。娘は離婚後、ひとりで子どもを育てており、事件後は和子が孫の世話をしなければならなくなった
 
「私たちは何を言われても構いませんが、孫に罪はありません……。孫の将来が心配です」

 和子の家には報道陣が詰めかけ、地域は一時、騒然となった。この地域では数年前、夫婦間の殺人事件が発生したこともあるが、周囲は同情的で静かに見守っており、遺族は転居もせずにここに住み続けている。

 しかし、和子の娘が起こした事件は、その殺人事件以上に世間の耳目を集め、家族のもとには非難が殺到した。

「娘さんいます? 相手がほしいなら僕、いつでもやりますよ」

「バカ女! 犯してやる!」

 からかいや嫌がらせの電話や手紙が、連日届くようになった。

 事件から1か月、昼間は一歩も家の外に出ることができず、夜間に車で遠くのコンビニまで出かけ、食料などを買い込んだ。

「孫がいなければ、自殺していたと思います」

 娘がなぜ犯行に至ったのか。たとえ親子であっても、詳しい事情は和子もわからないという。性の問題は、家族だからこそ共有しにくい問題でもある。

「娘はカウンセリングに通って、家事育児はこなせるようになりました。しかし、人目を気にして、自宅にこもりがちです」

 過剰な社会的制裁は、加害者が更生するための社会復帰の妨げになっている。

 「女性による性犯罪」。その原因が掘り下げられることはほとんどない。彼女らが犯行に至った経緯とは。娘、妻、母親など、加害者の立場や事情はさまざまであるが、ここでは、母親から性虐待を受けていた少年のケースから、加害の背景を考えてみたい。

「父親からの虐待」ではなかった

 優太(仮名・19)は、父親から殴るなどの暴行を受け、一時、気を失って病院に運ばれた。警察は優太が父親から虐待を受けていたと見ており、逮捕された父親も認めていると報道されていた。しかし優太の話によると、父親から殴られたのは事実だが虐待を受けたことはなく、優太を日常的に虐待していたのは母親だという。

 優太は両親と妹ふたりと一緒に生活をしていた。母の香織(仮名・40代)は優太を溺愛する一方で、娘の世話をしたがらず、幼いころから優太が妹たちの面倒を見てきた。

 優太が母親からの性虐待を認識したのは15歳のころだった。父親が出張で帰らない日があり、その日の夜は、母が優太の布団に入ってくるようになった。やめてほしいと母親を突き放すと、香織は優太を叩いたり蹴ったりした。優太は妹たちに知られるのが嫌で、受け入れるしかなかった。優太と父親の関係も良好で、それだけに父に相談することはできなかった。

 和子の娘の被害者同様、優太もまた、加害者にとっては“思い通りになる唯一の存在”だったのだ。

 高校卒業と同時に家を出る準備をし、父親の出張の日は夜にアルバイトを入れ、帰らないようにして母親から逃げていたころ、事件が起きた。

 優太が家に帰ると、両親が怒鳴り合っている声が聞こえた。

「あの子よ、あの子が全部悪い!」

 香織が泣きながら、優太に掴みかかった。優太は怒りが込み上げ、香織を突き飛ばしたところ、父親から殴られ、気がついたときには病院にいた。

息子にのめり込んだ母親

「香織からいきなり電話で呼び出され、優太に乱暴されたって言われたんです。まさかと思う反面、大泣きしている香織の様子から嘘だとも思えなくて」

 優太の父親・優治(仮名・60代)は事件当時のことをそう話す。

「この話は、どうしても警察でも話せませんでした」

 香織はなぜ嘘をついたのか。

「優太が離れていくのが、耐えられなかったんでしょう」

 香織はきょうだいの多い家庭で育ち、なかなか親の目が届かず、学校では成績が悪く問題の多い子どもだったという。心配した両親は、年上のしっかりとした男性のもとに早く嫁ぐのがいいと、香織が17歳のとき、優治と見合い結婚させた。

 人付き合いが苦手な香織は友人もなく、家庭だけが居場所だった。

「香織は女性はすべて敵対視し、母親や姉妹とも仲が悪く、自分の娘も大きくなるにつれ毛嫌いするようになったんです」

 優治いわく、香織は優太を溺愛し、優太も香織によくなついていたという。

「パパ(優治)は娘たちに取られちゃったから、私の味方は優太だけ」

 香織はそう言って、異常なまでに優太の世話にのめり込むようになっていった。

「香織は数年前から、もうひとり子どもがほしいと言うようになりました。男の子がほしいと……。また女の子だったらどうするのか聞くと、”おろす”というんです。そんなことできるわけないじゃないですか」

 それから優治は、香織とのセックスに抵抗を感じ、避けるようになってしまった。それは香織が優太への性虐待を始めた時期と重なる。

 香織は優太と子どもを作ろうと思ったのか……。

 事件後、優治と香織はふたりでカウンセリングに通うようになり、子どもたちはそれぞれ家を離れて生活を始めた。

男性被害者の救済が課題

 近年、#Metoo運動や性犯罪被害者支援の拡大によって、従来に比べ、性被害を告発しやすい風潮が高まりつつある。

 しかし、男性も被害に遭い、女性も加害者になるという認識は社会に浸透しているとはいえず、男性が女性から性的被害を受けた場合、男性が被害を告発することをためらうケースも少なくない。

 したがって、屈辱に苦しみながらも泣き寝入りせざるを得なかった被害者も多数存在するであろう。

 ただでさえ被害が明るみに出ることが少ない「女性による性犯罪」だが、加害者の更生については、その後の環境によって大きく変わってくる。

 和子の娘の場合は過剰な社会的制裁により、自宅に引きこもりがちとなり、それが更生への大きな支障となっている。

 一方で、「父親の息子への虐待」という報道の裏に隠れ、自らの性暴力が表沙汰にならなかった香織は、和子の娘のように社会的な制裁やひどいバッシングを受けることはなかった。よって、夫とともに事件と向き合うことができ、着実に更生の道へと向かっているのだ。

 社会が今、すべきことは、加害者となった女性に過剰な社会的制裁を加えることではない。男性の被害者も告発しやすい社会環境を作ることである。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。