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 成人の8割にあるといわれる歯周病。歯が抜けるなどの症状はよく知られているが、実は歯だけでなく、全身に大きなダメージを与える。

認知症招く超悪玉菌

「近年の研究で、歯周病は認知症を引き起こす要因になることがわかってきたんです」

 そう話すのは、鶴見大学名誉教授で口腔衛生学の専門家である花田信弘さん。いったいなぜ、歯周病菌が認知症を招くのだろうか。

 そもそも歯周病とは、歯や歯茎に起きる炎症のことで、口の中にいる悪玉菌が原因。炎症を起こして出血していたりすると悪玉菌が血管内に入り込みやすくなる。

 悪玉菌の中でも血管で悪さをするとやっかいなのが「超悪玉菌」ともいえる「ポルフィロモナス・ジンジバリス菌」(以下、ジンジバリス菌)だ。

「ジンジバリス菌は歯周病の代表的な原因菌です。それ自体も毒素を持っていますが、加えてジンジパインと呼ばれる毒性物質を作り出すことができます。

 たとえるならジンジバリス菌は戦車で、ジンジパインは戦車から発射されるミサイルのようなもの。血管の中でこのミサイルが発射されると血流にのって脳に到達します。

 脳は本来、『血液脳関門』という防御網が異物の侵入を防いでいますが、このミサイルは防御網を突破し、脳内に入り込んでしまう特徴があるのです」(花田さん、以下同)

口内で発生した毒素が脳へ移動していく(イラスト/武曽宏幸)

脳に歯周病菌が

 最新の研究では、アルツハイマー型認知症の患者の脳から、ジンジパインだけでなく、ジンジバリス菌の一部も発見されているという。

「2019年に発表された米国ルイビル大学の研究チームの論文は、世界中に驚きをもたらせました。63歳のアルツハイマー型認知症患者の死後、脳組織を調べたところ、ジンジバリス菌の一部やジンジパインが確認されたのです。

 一方、アルツハイマー型認知症ではない人の脳組織にはほとんど見られません」

 また、マウスの口の中にジンジバリス菌を感染させたところ、脳内でジンジバリス菌の一部が確認され、アミロイドβという物質が増加することもわかっている。

 認知症の中でも約70%を占めるアルツハイマー型認知症は、アミロイドβというタンパク質が脳内に蓄積することで起きる。

 アミロイドβは健康な人の脳にも存在し、通常はゴミとして排出されるが、このゴミがたまってしまうと神経細胞が死滅して脳が萎縮するのだ。

「ジンジパインなどが血管を通って脳に入り込み、その影響でアミロイドβが多く蓄積してアルツハイマー型認知症になりやすくなるのだと考えられています」

虫歯も認知症を招く

 怖いのは超悪玉菌のジンジバリス菌だけではない。虫歯の原因となるミュータンス菌も認知症のリスクになるという。

「ミュータンス菌の中には血管壁のコラーゲンと結合する性質を持つものがあります。そのタイプのミュータンス菌が血管に入り込んで脳に到達すると、脳血管のコラーゲンと結合し、脳出血を起こす場合も。この出血が脳血管性認知症を招くことがあるのです」

虫歯も認知症のリスクを高める(写真はイメージです)

 脳血管性認知症は、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症についで多い認知症のタイプだ。

「歯茎より上の歯はエナメル質によって守られていますが、加齢とともに歯茎が下がって露出する象牙質にはミュータンス菌が入り込みやすく、エナメル質に比べて虫歯になりやすいのです。

 つまり、加齢とともに虫歯になりやすくなり、認知症のリスクも高まるというわけです」

 歯周病や虫歯の予防には、定期的に歯科医や歯科衛生士による口腔ケアを受けつつ、やはり毎日の歯みがきが欠かせない。

「舌みがき」を忘れずに

 歯垢は2日ほどで硬くなって歯石へと変わる。歯石になってしまうと歯ブラシだけで落とすことは難しいため、歯垢が硬くなる前にきちんと除去したい。

「歯と歯の間は歯ブラシの毛先が届きにくいので、デンタルフロスをして歯垢を落としましょう。さらに、舌をみがくことも忘れないでください。

 朝起きると、舌に白い苔のようなものがたまっていますよね。あれは『舌苔』といって、細菌の集合体が舌についたもの。舌の表面は、細かい凹凸が無数にあり、細菌がすみ着きやすい場所なんです

毎日の歯磨きと舌みがきで口内を清潔に保つ(写真はイメージです)

 舌みがきを行うタイミングは、起床直後と夕食後か就寝前の1日2回。

「寝ている間は唾液量が減って口の中の細菌が増えています。そのまま朝食を食べると細菌を一緒に飲み込むことになります。

 歯みがきは朝食後でもいいですが、起床後すぐに舌みがきをするのがポイントです」

歯周病や虫歯を予防する

認知症防ぐ舌みがきのやり方

認知症を防ぐ舌みがきのやり方(イラスト/武曽宏幸)

<1>専用の舌ブラシを用意

 舌の表面はデリケートなので、歯ブラシでゴシゴシこするのはNG。

 専用の舌ブラシか、なければ濡らしたガーゼを指に巻く。舌に触れる部分がやわらかいものがおすすめ。

<2>舌の表面をやさしくこする

 舌ブラシに水をつけ、舌の表面を奥から舌先に向かってやさしく数回なでおろす。舌がきれいな薄ピンク色になればOK。

 認知症を予防し、人生100年時代を元気に生き抜くために、口の中の悪玉菌撃退は必須。舌みがきをぜひ毎日のセルフケアに。

歯周病や虫歯のリスク増!
実は危険な食べ物

<白米>大人の虫歯に要注意!

 エナメル質の虫歯の原因になるのは、甘いお菓子やジュースだが、大人の虫歯ができやすい象牙質の場合は炭水化物が原因になりやすい。

 虫歯菌が脳出血を招き、その結果、脳血管性認知症になることも。炭水化物は実は要注意なのだ。

<スムージー>噛まないと口腔環境悪化!

 健康にいいイメージのスムージーだが、実は歯垢や舌苔をつきやすくしてしまう。

 リンゴやセロリ、キャベツなど不溶性食物繊維を豊富に含む食べ物を生のまま食べると歯垢や舌苔が落ちやすくなるが、すりおろしたりすると、その効果は期待できない。

 また、よく噛むことが唾液分泌を促し、唾液による殺菌作用で歯周病や虫歯の予防につながるが、噛まずに飲み込めるスムージーだとその効果も得られない。

教えてくれたのは……●花田信弘さん●鶴見大学名誉教授。福岡県立九州歯科大学大学院修了後、長年にわたり、微生物と健康の関係を研究。著書に『毒だし!舌みがき』など。

<取材・文/井田峰穂>