会社のお金を私用で多額に使いこみ、業務上横領で逮捕される人がいます。これは大きな犯罪です。しかしながら会社のコピー機、切手、宅配便の運送費、支給されている携帯電話、営業で使う社用車を、会社のチェックの目が緩いと私用で使っている人たちがいます。これらは罪の意識を感じていない人たちが、ほとんどでしょう。ライターをしながら仲人として婚活現場に関わる筆者が、目の当たりにした婚活事情を、さまざまなテーマ別に考えていく連載。今回は、女性たちが興醒めする小さな業務上横領をしている男たちの話です。
会社のコピー機で居酒屋の割引クーポンを印刷
よしえさん(34歳、仮名)は、有名私大を出ている年収700万円のバリキャリ。自分よりも経歴がよく、年収が高く、さらに年の近い男性という狭き門を狙っているので、なかなかお見合いが組めませんでした。そんなときに、その条件を全てクリアしているエリートのみつおさん(37歳、仮名)からお申し込みがかかり、お見合いが成立しました。
お見合いは、一般的に1時間程度なのですが、話が盛り上がり2時間近くお見合いをしていたといいます。
「交際希望でお願いします」と、連絡を入れてきたよしえさんの声も弾んでいました。みつおさんからも交際希望が来たので、交際成立。ファーストコールのときに、週末に飲みに行く約束をしたようです。
ところが翌日、みつおさんからLINEが来て、『木曜日に時間があったら、会社終わりにお会いしませんか?』とお誘いを受けました。週末を待たずして、初デートができることに、よしえさんは、この交際が順調に進むのではないかと手応えを感じていました。
待ち合わせは、新橋に19時。
「よく行く居酒屋があるので、そこでいいですか?」と、みつおさんに言われ、お酒が飲めないよしえさんは、心の中で、“居酒屋さんかぁ“と思いつつも、「はい、いいですよ」と笑顔で答えました。そして、駅近の雑居ビルのサラリーマンが集う居酒屋さんに行きました。
席に通されると、みつおさんは、財布の中からチケットのようなものを取り出しました。このお店の割引券のようでした。さらにカバンから、何かが印刷されたA4の用紙も出しました。
お店の人が注文をとりに来ると、飲み物はビールとウーロン茶、食べ物は、焼き鳥、だし巻き玉子、お刺身の盛り合わせ、サラダをみつおさんが頼み、「ほかに何か、食べたいものはありますか?」とよしえさんに聞いて来たので、「じゃあ、この揚げ出し豆腐を」と言うと、それも頼んでくれました。
そして、続けたのです。
「この割引券、今日までですよね。あと、これね」
割引券とA4用紙を渡すと、店員さんがいいました。
「2つのクーポンは併用できないんですよ」
「そうですか、どっちを使うと得ですか? あ、でもこの割引券は、今日までだからこっちを使います」
そして、A4紙をカバンにしまいながら、ボソリと言いました。
「せっかく会社で印刷してきたのになぁ」
木曜に会いたいと言ったのは、割引チケットが木曜までだったから。さらに、会社のプリンターで割引クーポン券を印刷してきたと言うのがわかり、よしえさんは、なんだかすっかりシラけてしまいました。
お見合いのときに盛り上がっていたのが嘘のように、みつおさんが振ってくる話題には乗れず、1時間ちょっとで、食事はお開きになりました。会計は、みつおさんが5000円札を出して、数百円のお釣りをもらっていたようでした。
会計を終えたみつおさんに、よしえさんは、バッグからお財布を出して言いました。
「あのお支払いは」
「じゃあ、2000円ください」
よしえさんは、割り勘でもいいと思いましたが、今日までという割引券を使い、さらに会社の印刷機でクーポンを印刷してきたみつおさんが、とてもセコく思えました。また5000円もしなかった夕食をご馳走できないことにも、みつおさんの器の小ささを感じました。
そして、ファーストデートで「交際終了」を決めたのです。
会社の社名入りの軽自動車でデートに現れた男性
都内在住のみえさん(42歳、仮名)は、都心にあるメーカーに勤めています。お見合いをして交際に入ったあきおさん(42歳、仮名)は、新宿から急行で1時間半かかる地方都市に住んでいました。
お付き合いをしていくには距離がありましたが、同い年で年収もしっかりあり、見た目もハンサムで話も面白いあきおさんは、みえさんにとって魅力的な男性でした。
いつもは、お互いの中間地点で会ってデートを重ねていたのですが、三連休の週末に「僕の地元を見に来ない? ドライブしようよ」と、あきおさんに誘われました。会うたびに彼のことを好きになっていたみえさんは、彼が生まれ育った場所を見てみたかったし、地元を案内したいというのは交際を前に進めたいという気持ちの表れだと思い、嬉しくなりました。
そして、週末に彼の地元駅に降り立ちました。駅前の指定された場所で待っていると、会社名が車のボディに書かれた軽自動車がやってきて、みえさんの前で止まりました。運転していたのは、あきおさん。パワーウィンドウを開けると、言いました。
「お待たせ! 乗って」
(えっ、まさか、この車で今日は、市内を案内されるの?)
みえさんは、心の中でそう思いましたが、ひとまず助手席に乗り込みました。走り出したあきおさんは、明るい声で言いました。
「市内の名所を回って、お昼は地元で有名な蕎麦懐石のお店があるから、そこに行こう」
楽しそうにしているあきおさんに、みえさんは聞きました。
「これ、会社の車でしょう?」
「そうだよ。今日はいろいろなところを案内したかったし、距離を走ると思ったからこれで来たんだ。ガソリン代が浮くし」
「浮くって、ガソリン代は会社のお金でしょう?」
「そう経費。営業であちこち走り回っているから、私用で使っても会社にはバレないよ」
悪びれずに言うあきおさんに、(それって、業務上横領じゃない)と、ツッコミを入れたくなりましたが、せっかくのデートの楽しい雰囲気を壊したくなかったので、ひとまずそこは聞き流しました。
あきおさんが通っていた小学校や中学校を案内してくれたり、市内の観光スポットをめぐったり、道の駅で買い物をしたり、楽しい時間を過ごしました。また、お昼に食べた蕎麦懐石もとても美味しく、大満足でした。社名の入った軽自動車以外は。
冬は陽が落ちるのも早く、あたりがだんだん暗くなってくると、あきおさんは人気のない河原に車を止めました。そして、自分とみえさんのリクライニングシートを倒すと、横になったみえさんの身体におおいかぶさり、触ってきたのです。
みえさんは心の中で(うそ、こんなところで)と思いました。すると、あきおさんは、耳元で囁きました。
「こうしたかったでしょう?」
みえさんは、あきおさんが好きだったので、最初は我慢していましたが、さすがに服を脱がされそうになったときには、「ここでは、やめて」と、激しく抵抗をしましした。
結局、その後、駅まで送ってもらい、みえさんは電車に乗ったのですが、行きの電車の中ではあんなにウキウキしていたのに、帰りの電車の中は複雑な気持ちになっていました。
「会社の車でデートにきて、ガソリン代を浮かす。ホテル代をケチッて車の中で済ませようとする。このまま交際を続けていっていいのかしら」
結局下した答えは、“交際終了“でした。みえさんは、私に言いました。
「コミ力があって、話も面白い。結婚相談所にはいないタイプだったので、好きになりかけていましたが、彼の地元を案内された日に、彼のドケチな本質が見えた気がしました」
会社のスマホで飲食店のお得なクーポンをダウンロード
あゆみさん(33歳、仮名)は、とものりさん(36歳、仮名)とお見合い後、交際成立。ファーストコールがかかってきたのですが、そのときに、とものりさんが言いました。
「僕はLINEをやっていないので、メールのやりとりは携帯のショートメールでもいいですか?」
(今時LINEをやらないの?)とあゆみさんは思い、なぜやらないのかを聞いてみました。
「実は、ガラケーを使っているんです」
(今時、スマホでなくてガラケー?)とも思いましたが、人それぞれに考え方があるので、そこにこだわっても仕方がないかなと、自分を納得させました。そして、週末に新宿で食事をする約束をしたのです。
待ち合わせは、土曜日の18時、新宿の洋食店でした。予約席に案内されて着席をすると、注文をとりにきたウエイターに、とものりさんはカバンから取り出したスマホを見せて言いました。
「このクーポン使えますよね」
「お客さま、こちらは印刷したものをお持ちいただかないと、使えないんですよ」
「えっ、そんなことどこに書いてあるんですか?」
「このクーポンをスクロールしていただいて、最後に」
「本当だ。でも、こんな小さく書いてあっちゃわからないし、今回はこれを見せるだけじゃ、だめですか? あ、それか、ここのお店の印刷機で印刷してもらえませんか?」
「少々お待ちください。今、上の者に聞いてまいります」
あゆみさんは、このやりとりを聞いているうちに、割引クーポンをなんとか使えるようにお店の人に食い下がる男性の連れだと思われることが、とても恥ずかしくなりました。
まもなく店員さんが用紙を片手に戻ってきました。どうやらお店の印刷機で、クーポンを印刷してきたようでした。
「お客さま、今回はこちらをお使いください」
手渡されるクーポンを平気な顔で受け取っているとものりさんを見て、もう食事もせずに帰りたい気持ちになりました。
そして、「スマホは持っていない。ガラケーを使っているからLINEができない」と、ファーストコールで言っていたことを思い出しました。
「何にしますか?」
メニューを広げて差し出してくるとものりさんに、あゆみさんはたずねました。
「スマホ、持っていないと先日、おっしゃってましたよね」
「あ、これ? 会社のスマホなんです。今、お店のアプリ登録とかクーポンとかスマホでしかできないものがありますよね。そういうときは会社のを使っているんです。こっちにはLINEも入っているんですけど、さすがに婚活で交際になった女性とのやり取りをしているのが会社にバレたらマズイので、婚活はショートメールのやり取りにしているんですよ」
会社のスマホを私用で使っていることに悪びれることもなく、ニコニコ話す様子に、あゆみさんはドン引きしてしまいました。
「さて、何にしますか?」
「あ、あの、あまりお腹が空いていないので、お好きなものを注文してください。あと、今夜は体調も良くないので、早目に失礼させていただきます」
さっさと食事をすませて、この場から立ち去りたい。1時間弱の食事を終えて、新宿駅で別れると、あゆみさんは、電車に乗るやいなや、ホッと胸を撫で下ろし、交際終了の連絡を私に入れてきました。
ここに登場した男性たちは、会社の多額のお金を横領しているのではありません。ただ、婚活で使うお金を、会社にはバレない範囲で、経費で賄っている。ただそれを知ったとき、女性たちがどう思うか。その男性のセコさを、そこに垣間見てしまうのです。
きれいにお金を使う。多少、格好をつけても金払いのいい男を演じる。これは、婚活シーンでは大切なことです。
鎌田れい(かまた・れい)◎婚活ライター・仲人 雑誌や書籍などでライターとして活躍していた経験から、婚活事業に興味を持つ。生涯未婚率の低下と少子化の防止をテーマに、婚活ナビ・恋愛指南・結婚相談など幅広く活躍中。自らのお見合い経験を生かして結婚相談所を主宰する仲人でもある。新刊『100日で結婚』(星海社)好評発売中。公式サイト『最短結婚ナビ』 YouTube『仲人はミタチャンネル』