男性不妊を描いた小説を刊行した鈴木おさむさんに不妊治療や男性不妊について話を聞きました(撮影:尾形文繁/東洋経済オンライン)

 2019年に生まれた赤ちゃんの約14人に1人は体外受精。今年から保険適用が始まるなど、不妊治療は以前よりもぐんと身近になっています。そんななか、人気放送作家・鈴木おさむ氏が、男性目線で、男性不妊を描いた小説『僕の種がない』を刊行しました。

 主人公はテレビのドキュメンタリーディレクター真宮勝吾。癌で余命半年の芸人・一太の死ぬまでのドキュメンタリーを撮ることになった真宮は意を決して提案する。「ここからなんとか子どもを作りませんか?」。生き様すべてを笑いに昇華してきた一太が、唯一さらけ出していなかった男性不妊――。

 妊娠、堕胎、不妊治療、精子バンクなど、従来女性目線で描かれがちなテーマが、全編を通して男性目線で描かれています。キーワードは「種」。真宮が作中で撮るドキュメンタリーも、関わる人物も、エピソードも、すべてが男性主体。男性にとって不妊とは? 妊娠、生命とは何なのか? 2015年に人工授精で子どもを授かった経験も重ねて鈴木氏に話を聞きました。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

男性同士は”言いにくい“

――今回小説の大きなテーマは「男性不妊」でした。なぜ小説を選び、このテーマにしたのでしょうか。

 妻が妊活する時に、「1回病院に行って検査してほしい」と言われて、行きました。結果は「形がやや奇形」「運動率も悪い」。今はこのような言い方はしないらしいですけど。そこで初めて自分にも原因があるのだと知りました。

 いろいろな人に話を聞いてみると、男性側に不妊の原因がある人も結構いました。女性は女性同士で話したりすると思うのですが、男性はそういう会話がほとんどなく「言いにくい」、その感じが単純に面白いなと思って。

 また、世の中の人が知らないことや誰も書いていなことをテーマにしたかったというのもあります。子どもを授からないというのは女性の体の問題と捉えられがちですが、精子と卵子によって命は誕生するので、双方の問題だと思います。そういうことすら知らない人が多い。男性不妊はこれからもっとポピュラーな問題になっていく気がして、このタイミングで書いてみたかった。

 物語にすることによって、広がりもあり、大きな感動を伝えることができるので、小説という形が一番いいと思ったんですよね。入り口は男性不妊ですが、強いドラマがないと多くの人に広がらないので、ドラマ重視に構成しました。面白いものをつくるうえで人を傷つけていいのかというのがもう1つのテーマでもあります。

――なぜ不妊の原因が男性側にもある、ということが広まらないのでしょうか。

 ほとんどの男性は自分の精子に疑いがないんじゃないですかね。射精してまさかそこに精子が入っていないとは思わない。厳密にいうと、精液と精子は違いますが、それすら気づいてない人が多いんじゃないかと思います。もしかして「自分が原因かも」と疑う人がいたら天才じゃないですか。

「命が生まれることは当たり前ではない」

――妊娠、堕胎、不妊治療、精子バンクなど、従来女性目線で描かれがちなテーマが、全編を通して男性目線で描かれています。真宮が作中で撮るドキュメンタリーも、関わる人物も、エピソードも、すべてが男性主体でした。例えば、作中の堕胎のシーンでは、彼女に付き添った真宮に向かって、医師が堕胎の方法を説明し、真宮がどう受け止め、どう行動し、それがその後の人生にどう影響を与えていくかが描かれています。

 今回の物語で人の命が生まれるということが当たり前ではないということも描きたかった。もちろん、女の人にもドラマはありますが、それは誰かがもう書いています。男性に対して堕胎の現実を突きつける医者の話だってあっていいはずです。

 僕も妻が流産をして、その時に流産した後に手術が必要なんだと初めて知った。しかも、流産と堕胎の手術は基本的に一緒なんですよね。でも、そういうことや手術の方法を知らない男の人が結構いるんじゃないかと思います。

鈴木・おさむ/1972年生まれ。放送作家として、バラエティ番組を中心に数多くのヒット番組の企画・構成・演出を手がけるほか、映画・ドラマの作演出、小説家、タレント、映画監督としてマルチに活躍。2002年交際0日で、森三中・大島美幸さんと結婚。2015年に第1子誕生。自身の育児経験なども広く発信している(撮影:尾形文繁/東洋経済オンライン)

 みんな幸せに生まれてくるわけじゃない。でも、命ができる、生まれる、授かることに対してのたくさんの奇跡と、そこに対して自分たちが素通りしていることを、男性不妊を主軸にしながら、男性目線で突きつけました。

――医療としての男性不妊治療の描写も極めてリアルです。作中では一太が診断された非閉塞性無精子症の現実と、泌尿器科医が奇跡を求めて行う手術まで丹念に描かれています。

 僕らが妊活したのは10年前ですが、不妊治療って日々すごい進化をしている。だからこそ情報は適当でありたくないというのがすごくあり、医療監修の先生にも入ってもらいました。また、怪しい治療や人もいるからこそ、正確な情報を伝えたかったというのもある。

 男性は情報交換を本当にしないんです。女性はネットの中だとしても、誰かと繋がって、病院や治療の情報交換をしたりするじゃないですか。例えば、体外受精するならどこの病院がいいとか。

 だけど、男性は痛さもないし、どこで検査しても同じと思っているのかもしれない。何より、自分の精子に対して疑いがないっていうのがまず大前提。次に自分に精子がないと言われた時に、自分に能力がないと言われたように感じてしまい、それがすごく恥ずかしいことで、言いにくいというのがあるんですよね。

性教育の必要性を説く鈴木おさむさん(撮影:尾形文繁/東洋経済オンライン)

――男性の不妊への理解が深まるためにはどうすればいいのでしょうか?

 自分ごとと思うしかないです。「メンズチェック」みたいにして、人間ドックを受けるみたいな感じで、30歳になったら自分を知っておくために受ける。それは結婚を意識する必要はない。

 あとは学校での教育ですね。人を殺しちゃいけないじゃないですか。子どもが生まれる、生まれないということも、同様に命に関わること。体外受精だって、人工授精だって、隠す必要はないし、そういうのも含めてもっとちゃんと教えるべきです。うちの子も人工授精ですが隠していません。

性教育の重要性

 女性は、保健体育の授業で生理の話などきちんと聞かされると思います。でも男の人ってそういう教育を受けてこなかった。だから精液の中に精子がない人もいるということもちゃんと中学校くらいで教える必要があると思う。

『僕の種がない』(幻冬舎)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

 今、大学の授業を受け持っているんですが、「なぜテレビで暴力的なものが減ったのか」をテーマに150人くらいにレポートを書かせました。そしたらみんな「面白くないから」と回答するんです。

 それで1つわかったのは、実は日本の教育ってすごくアップデートされていて、おそらく僕らの時代よりイジメや暴力などに対してすごく教育されているんですよ。だからテレビで面白いと思ってやっているはずのことも、見て面白いと思わない。

 それに気がついた時、教育の力って半端ないなと。こうやって人の意識を変えることができるんだったら、性教育は本格的に取り組むべきものの1つなのではないかと考えています。

――保険適用などもあり、今後不妊治療はますます注目されそうです。

 保険適用されるとなると足を踏み入れる人が多くなって、勉強する人も増えると思う。金銭面を理由に諦めていた人にはチャンスになる。保険適用する前に男性の精子を検査しましょうなどセットになるといいですよね。男性不妊ということがもっと世で広まってくれれば、女性の悲しみも減るんじゃないかなと思います。


吉田 理栄子(よしだ りえこ)Rieko Yoshida
ライター/エディター
1975年生まれ。徳島県出身。1998年早稲田大学第一文学部卒業後、日商岩井(現・双日)、旅行系出版社などを経て、雑誌「ロケーションジャパン」編集長就任。産後半年で復職するも、ワークライフバランスに悩み、1年半の試行錯誤の末、2015年秋からフリーランスに転身。主な取材テーマは人、旅、女性の働き方、子育て、地域活性など。一般社団法人美人化計画理事。