甚大なダメージを受けているカラオケ業界。だが、消毒や少人数など、基本的なことに気をつければ、カラオケボックスは換気が非常によく、安全な場所だと医学博士の吉田さんは太鼓判を押します。その企業努力と、最近のカラオケ以外の事業形態を紹介。安全対策をしっかりして、健康のためにもカラオケを!
「カラオケ=飛沫感染」のイメージ
変異株「オミクロン株」の出現によって、新型コロナの脅威にさらされている昨今。「またか」─、そう嘆きたくなるのも無理はない。だが、繰り返される状況に歯止めをかけるべく、約2年の経験を踏まえ自発的に対策を講じ、進化している業界がある。カラオケ業界だ。
全国カラオケ事業者協会の調査によれば、'20年度、カラオケボックスは908店が減少し8436店。前年度と比べると店舗数の減少率は過去最大となる9・7%減を記録した。売り上げに関しても、約5割減というようにコロナによる被害は甚大だ。
「'20年度のカラオケ参加人口は前年より4割減です」
切実な表情でそう話すのは、前出の全国カラオケ事業者協会事務局の片岡史朗さん。
カラオケボックスは、1度目の緊急事態宣言が発令された'20年4月以降、臨時休業に。協力金があったとはいえ、当時、給付金の上限は1法人月200万円だった。「チェーン展開をするカラオケボックスにとっては焼け石に水」と片岡さんが苦笑するように、苦境に立たされる店舗が続出してしまった。
年が明けた'21年、再び緊急事態宣言が発令。協力金は見直され、規模別、1拠点に対して支払われるようになったものの(各都道府県によって差異はあるが)、午後8時までの営業時間短縮、酒類提供・カラオケ機器使用の終日自粛などの要請は続き、客足は遠のいた。
なにより、「カラオケは、クラスター(感染者集団)の発生場所、3密というイメージが先行したことで、大きなダメージへとつながった」と片岡さんは語る。
例えば、2020年3月に愛知県・蒲郡市のフィリピンパブで発生したクラスター感染。ニュース映像で、コロナに罹患していた50代の男性がカラオケを楽しむ姿が大々的に放送され、“カラオケ=危険”と思った人は多かっただろう。
だが、「多くのカラオケボックスは換気や消毒、人数制限など、細心の注意を払っています。クラスターは一部の感染対策に未着手だったパブやスナック、そして『昼カラオケ』と呼ばれるカラオケ喫茶などで発生していた」と片岡さんが語るように、誤解が生じているのが現状だ。
事実、JOYSOUNDを展開する(株)エクシングの広報担当・島村舞さんは、コロナ禍において、
「最も苦労した点は、昼カラでのクラスター発生により、『カラオケ=飛沫感染』という風評被害が広まった点です」と教える。
「自動検温器を最も早く導入した業態は、カラオケボックスです。1度目の緊急事態宣言が解除され、営業が再開したと同時に大手カラオケボックス事業者から徹底し始めました。また、非接触という意味で自動精算機の導入など、早い段階から感染症対策を講じている」(片岡さん)
新幹線の車内と同等の換気力
風評被害が広まる中、カラオケボックスをむやみに危険視するのは違うのではないか─そんな疑問を覚えたと話すのは、感染症を専門とする医学博士・吉田友昭さんだ。
「海外の発生事例を調べると、合唱でのクラスターなどがあった。さまざまな論文を読んだ結果、新型コロナはエアロゾル感染(空気感染)の可能性が高く、最も重要視すべきは換気とマスクの着用という認識に至りました。
カラオケボックスはシステム的に換気がしっかりしているので、学術的な関心事として、私のほうから全国カラオケ事業者協会事務局に連絡をとり、検証をさせてくれないかと申し入れました」
吉田さんは、スモークを使った実証実験を開始。カラオケボックスの個室がどのように換気されているのかデータを集めたという。その結果、「優れた給排気システムを持ち、新幹線並みの換気能力があることがわかりました」。
先のエクシング広報担当・島村さんが説明する。
「カラオケルームの換気は、防音のため窓やドアを開けて換気ができない分、建築基準法上、窓がある空間よりも厳しい換気性能を求められています。JOYSOUND直営店では全室およそ6~9分ごとに室内の空気が入れ替わるようになっています」
カラオケボックスでは飲食や喫煙も可能だ。だが、次のグループが入室した際、においが残っているというわけにはいかない。そのため、建築基準法の基準の約3~4・5倍、新幹線に匹敵する換気が実現されているという。
「日本には建築物衛生法という法律があり、二酸化炭素の室内濃度を1000ppm以下に抑えなければいけません。'03年に建築基準法が改正された際、その年以降に設計された建物は、かなり速い換気が要求されるようになりました。こういった換気に対する基準を持つ法律は、世界でもあまり存在しません。むしろ欧州では、エネルギーの節約のために気密性を守るという法律が多い」(吉田さん)
つまり、欧州にはもともと換気が悪く3密になりやすい建物が多いというから驚きだ。こうした要因もあって、日本とは比較にならない感染者数を記録している可能性があると指摘する。
吉田さんの実証実験のエビデンスをもとに、片岡さんは「業界全体で自発的に取り組みを進めてきた」と話す。
「政府の業種別ガイドラインがあるのですが、付記されている『定員の半分にしましょう』、『間隔は空けましょう』といったことだけでは浸透しないし、カラオケボックスは安全という認識にいたらない。また、カラオケといっても、ボックス、カラオケ喫茶、スナック……という具合に、いろいろな歌唱の場があります」(片岡さん)
新たな事業形態でサービス提供
「カラオケ白書2021」によると、カラオケ導入対象となる酒場施設数は、全国で13万4287軒。白書中の酒場とは、主にクラブ、スナック、パブ、居酒屋などを意味する。カラオケボックスだけではなく、こういった施設に対しても感染防止対策を徹底することが求められる。
吉田さんは、こうした業態に対しても実証実験を重ね、呼気を排気口(換気扇)まで導く、風の流れを店内に作ることが大切だという解決策を導いた。
「チェックリストを作り、換気対策、予防対策などを守っているお店に関しては、ガイドライン実施宣言ステッカーを発行するようにしています。'21年からは、試験に合格した点検認定者が店舗に赴き直接点検チェックする第三者認証の体制を徹底しています。われわれの調査では、クラスターが発生しているのはステッカーのない店舗です」(片岡さん)
また、マスクを装着したままカラオケを楽しめるよう、歌声がこもらずに気持ちよく歌える設定の「マスクエフェクト」(JOYSOUND)や「マスクで歌う」(DAM)など、業界、メーカーが一枚岩となり、安心して利用できる工夫をしている。
そんななか、1月13日には山梨県において、新型コロナウイルス対策の当県認証カラオケボックスで18人ものクラスター感染が発生してしまった。
「成人式が終わって居酒屋で1次会の後、2次会で利用されたようで、はたしてカラオケボックスが感染拡大の場になったかは疑問です。ただ、多人数でありながら利用者全員の連絡先を把握できていたことは救いでした」(片岡さん)
その一方で、客足がなかなか戻らない、休業時に失ったアルバイトが戻らずに人手不足にあえぐといった現実もある。
そのためカラオケボックス事業者は、さらなる一手を打ち出す。個室をカラオケとは異なる形で提供するサービスだ。例えば、テレワークスペースとして好きなときに利用してもらう、ライブ・ビューイングを大画面・大音量で楽しめる、さらにはフィットネス器具を導入し簡易ジムスペースとして貸し出すなど、驚きの進化を遂げている店舗まである。
「“カラオケ=歌う場所”という概念を覆すことで、より多くの需要を取り込み、カラオケルームに新たなエンターテイメント空間としての価値を提供したいと考えたためです」
と語るのは、前出の島村さんだ。
JOYSOUNDでは、自宅では味わうことのできない大音量・高音質の映像視聴が楽しめる「みるハコ」を展開。コロナに伴う無観客ライブ配信需要が高まる背景を受けて導入した。また、直営店では実験的な取り組みとして、セルフエステも提供。2021年は2店舗、2月中旬からはJOYSOUND名駅三丁目店で実施予定だ。
「セルフエステは、期間限定の展開ですが、カラオケ同様、利用時間ごとのわかりやすい料金で通いやすいと、リピートされるケースもありました。また、『みるハコ』は、カラオケルームならではの迫力の映像、音響でライブの興奮を味わうことができるとご好評をいただいています」(島村さん)
音響、映像、防音設備が整った個室空間であるカラオケルームだからこそ、アイデア次第でさまざまな活用法があるというわけだ。
楽しく安全なカラオケの今後
前出の片岡さんが付言する。
「カラオケボックスは時代への対応力があるんですね。大画面・大迫力のオーディオ設備を有するだけではなく、厨房があって、立地もいい、そして個室という環境。楽器の練習や語学学習の場といった形で活用されているケースもある。各部屋にヒントがあり、答えを導き出す『謎解きゲーム』のトライアルをした店舗もありました」
転んでもタダでは起きない。こうした努力を徒労で終わらせないために、カラオケ業界が一丸となって、自発的に安心・安全対策を進めてきたことは、もっと知られてもいいはずだ。
「2021年11月に、政府の基本的対処方針が改定されました。それまで、カラオケは慎むような内容でしたが、仮に再び緊急事態宣言が発令されても、知事の判断こそありますが、ワクチン接種証明を持っている人、定員を50%以下にするなどの条件であれば利用してかまわないと。大きな前進です。一定条件下ではあるもののわれわれの安全性が認められたと解釈しています」(片岡さん)
だからこそ、こびりついてしまったイメージを払拭するために、「カラオケは安全です」と啓発していくことが大事と話す。
「やはりカラオケボックスのキラーコンテンツはカラオケなんですね。カラオケの参加人口は、国民の半数を占めています。カラオケによってストレスを発散する人、健康維持に役立てている高齢者は多い。健康の2次被害を防ぐためにも、一日も早く安心してカラオケを楽しんでいただけるよう、われわれも努力していきたいです」(片岡さん)
「広さではなく、気流の上昇が安全を左右します」〜医学博士・吉田友昭さんが語る、安全な換気の仕組みとは〜
「スナックやバーなど換気機能に乏しい店舗もあると思います。そういった場合は、首掛けファンを装着することで飛沫を頭上に舞い上げることが有効となります。スモークを使って検証すると、その部屋のエアコンなどの風を天井と水平に流れるように適切にセットすれば、首掛けファンで天井近くまで舞い上がったスモークを、水平の風で天井や対面にある排気口に押し流せました。
つまり、人の頭上の空間を活用して飛沫を流すことで、隣人が吸い込みにくくできるわけです。換気で重要な点は、吸い出すのと比べて押し込むほうがずっと容易だということです。
一般的に言って、部屋が広いほど気流の制御は難しくなります。飛行機での伝播でわかるように、換気が相当速くても、水平方向の隣人への伝播が起きやすかったり、排気口への流れがスムーズでなくなったりするのです。その点、5〜6名定員のカラオケボックスは、きれいな上昇気流を作りやすく、かなり安全だといえるでしょう。
一律の方針に盲目的に従うのではなく、2年の経験を生かし、各個人で考えていく段階にあると思います」
こんな新サービスも! 進化するカラオケボックス
(1)JOYSOUND「みるハコ」
映画、アニメといった配信映像が楽しめるほか、コンサート会場などとつないだライブ・ビューイングも堪能できる。また、アプリと連携し、自身のスマホで撮影した動画などをカラオケの背景にして楽しむことも可能。
(2)カラオケルーム歌広場「セルフホワイトニング+nicotto(プラスニコット)」
池袋サンシャイン通り店ANNEXと、西武新宿駅前店の2店舗に、完全個室のセルフホワイトニングルームを併設。歯を白くするだけではなく、口臭防止、虫歯予防、歯周病予防もできる業界最高峰のジェルを使用している。
(3)ビッグエコー「テレワークプラン」
Wi-Fi環境も整っているため、オンライン会議などにも対応。予約不要ですぐに利用可能という点もうれしい。全国のおよそ500店舗を対象に、飲み放題付きの利用プランを提供。
(4)ジャンボカラオケ広場「ジャジャーンカラ」
現実とは思えないような“圧倒的非日常空間”を全身で感じることができるよう、店舗ごとに異なるコンセプトを持つ空間を演出。「ジャジャーンカラ 京大BOX店」のテーマは「サイバーパンク」。まるでアミューズメントパークのよう。
(5)キャッツアイ「スポーツジム」
主に北海道で展開するカラオケチェーン。ボックスの特性を生かした完全個室によるフィットネスジムを展開。他者との接触なしで、多様な筋力トレーニング器具を利用できる。
(6)パセラ「おしごとパセラ」
複数人数でも仕事ができるよう、フリーアドレス的なワーキングスペースを提供。メンバー同士で相談をしながら作業ができ、飲食に加え、プリンター、WEBカメラ、各種充電器など充実した設備が追加料金なしで利用できる。
1957年生まれ、愛知県出身。感染制御医、医学博士、日本細菌学会会員。名古屋大医学部卒。コンサートホールなどのコロナ対策アドバイザーも務める。