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 生活困窮者が生活保護の申請をする際に“大きな壁”となっていた扶養照会の運用が緩和され9か月が経過。Aさんは、東京・杉並区荻窪福祉事務所に生活保護の申請をする際、親族に知られたくないと扶養照会を拒否する申出書を提出。すると職員に受け取りを強く拒否され「申出書をひっこめないと保護申請の手続きは進められない」とまで言われてしまった。一体、なぜそんなことが起きてしまったのだろうか。生活困窮者の支援活動を行う『つくろい東京ファンド』の小林美穂子氏が、Aさんと福祉事務所職員らのリアルなやり取りをはじめ、その全容を語る。

 厚生労働省が生活保護申請に伴う扶養照会(親族に援助の可否を問う通知)の運用を改善した2021年4月1日から早9か月。この間、私たち『つくろい東京ファンド』は扶養照会を巡ってのトラブルに対応してきたのだが、このたび、過去に例を見ないケースが報告されてきた。

「杉並区で生活保護の申請をした。親族に連絡されたくなかったので、つくろいさんのHPからダウンロードした(扶養照会を拒否する)申出書と添付シートを持参したが、受け取ってもらえなかった」

 と、Aさんから連絡が入った。

厚生労働省が扶養照会の運用を改善、しかし…

 2021年3月30日に厚労省から通知が発出され、4月1日から運用が改善された。

 しかし、これまで長い間、生活保護申請の同行をしてきた筆者は、福祉事務所の職員が「扶養照会」を“追い返しの手段”に使ったり、あるいは杉並区がAさんにしたように、相手を支配するための脅しに使っているとしか思えない場面に、何度も、何度も、何度も遭遇してきた。

 自己責任論が渦巻き、恥の文化が染みついたこの国で、生活保護を利用することを親族に知られたい人なんているだろうか?

 扶養照会通知を送られる親族の側も、突然届く福祉事務所からの通知に動揺し、平和な生活や精神状態が脅かされることが数多く報告されている。関係性のよかった家族が、扶養照会によって疎遠になったり、中には縁を切られたりすることさえある。

 だから、私たちつくろい東京ファンドは、法律家や研究者、元福祉事務所職員などが名を連ねる生活保護問題対策全国会議と一緒に「扶養照会を拒否するための申出書と添付シート」を作成したのだった。厚労省の通知をそのまま落とし込んだ内容とし、申請者の意思、そして親族に援助する見込みがないことが、ひとめ目でわかる便利なアイテムだ。

扶養照会を拒否するための申出書は、つくろい東京ファンドのHPからダウンロードできる

申出書、その実際の効果は?

 運用が変わった直後は、差し出された申出書を見て、福祉事務所の職員が困惑することもあったものの、これまで何件もの申請同行をした中で、扶養照会を拒否する申請者の意思が無視されたことは一度もなかった。ましてや、申請者の意思そのものである申出書を受け取らないなんてケースは聞いたことがない。

 申出書は、福祉事務所にとっても便利アイテムなはずだ。なぜなら、この申出書があれば、福祉事務所は無駄な作業をしなくてすむし、その無駄な作業を省いたことで東京都や厚労省の指導が入ることもない。厚労省の言いつけを守っているだけなのだから。さらにいいことに、なんと、申請者とよりよい信頼関係が築けるのだ。一体なんの問題があるのだろうか。

 申出書を見て、「むしろ助かります。これがあれば、上司への説明に困りませんから」と言い、生活保護申請書の家族記入欄も「そこは書かなくてもいいですよ」と申請者を心底ホッとさせたりもする。

 その一方で、扶養実績も無残なほどにゼロに近く、しかも厚労省が「本人が嫌がっていて、親族に援助見込みがなければ省いてよい」と言ってるにもかかわらず、「決まりだからやる」と強行しようとする福祉事務所の職員も、残念ながら存在している。

 これから登場する、杉並区荻窪福祉事務所と相談者のやり取りを読んでほしい。

「受け取らせようというのなら、手続きは進められい」

 前出の男性Aさんは失職を機に生活困窮し、2021年7月、杉並区荻窪福祉事務所に生活保護の申請をしに行った。地方に住む両親は80代と高齢で、しかも二人ともに持病を抱えているので心配をかけたくない。なにしろ老々介護状態の両親は、自分たちの生活でいっぱいいっぱいだ。きょうだいも自分を援助する見込みはない。その旨を記入した申出書を持参した。

 Aさんは生活保護の申請書を記入した後、「これもお願いします」と相談係B氏に扶養照会拒否の「申出書」と「申出書添付シート」を差し出した。B氏はちょっと戸惑った声で「ちょっとお待ちください」と一旦、相談室を出ていき、しばらくして戻ってきた。

B氏「これは受け取ることができないので、お持ち帰りください」

Aさん「なぜですか?この書類は法的にも認められた意思表示で、受け取ることでそちらが困ることはないと思うんだけど……。公共の福祉事務所で、受け取りたくないとかじゃないでしょ?」

B氏「受け取っちゃいけないと言われているので受け取れません」

Aさん「父親は何度も手術しているし、母親は要介護の状態なんですよ。今、コロナ禍で生活困窮者が増えているじゃないですか。命が掛かっているときに扶養照会がハードルになって生活保護を受けない人たちが大勢いるって、俺テレビで見ましたよ。自分もそうだなーって思う。(略)お願いだから(申出書)受け取るだけ受け取って。厚労省からも通知が出ているでしょ」

B氏「これを受け取らなきゃいけないという法律はありません。どうしても受け取らせようというのなら、手続きは進められません。保護申請を進めたいなら、申出書はお持ち帰りください。どうしますか? どうしても受け取るわけにはいかないので。保護申請をするなとは私たちは言ってないですからね」

Aさん「口で言うだけでは言った言わないになるからイヤなんで。あとでやっぱりダメだっていうなら仕方ないけど、自分の意思を形に残したいから受け取ってくださいよ」

B氏「申請してくださいといってるのに、しないのはそちらの自由です。こちらは申請するなとは言っていないですから。その書類(申出書)は受け取れないと言っているだけです」

Aさん「なんで受け取ることもできないの」

B氏「私もケースワーカーも、お話やご事情は伺いましたから意思表示は受けました。こっちで記録は残していますから、その書類は要らないです。必要書類以外は受け取れません」

 途中から同席したケースワーカーのC氏も無表情で、ひたすら「できないものはできない」「ダメです」「受け取りません」と機械的に答えるのみであった。3時間交渉を続けたが、結局、「申出書」と「添付シート」は受け取ってもらえなかった。

まるで公務員による区民イジメ

 ここからがすごい。

 必死に頼み続けるAさんに業を煮やしたのか、相談係B氏は申請関連の書類を全部机の上に並べて、「これ以上、お話することはないので。御用があったらお呼びください」と言い残して、ケースワーカーC氏とともに面談室を退出してしまったのだ。

 面談室にたった一人で残され、「申出書」の提出をあきらめないと生活保護の申請ができない状況に追い込まれたAさんは、つくろい東京ファンドの事務所に電話をしたのだが、慙愧(ざんき)に堪えないことに、その日は誰も事務所にいなかった。

 生活保護の申請ができなければ、明日からの生活に困ってしまう。万策尽き果てたAさんは、背に腹は代えられぬと観念し、「申出書はひっこめます」と大きな声で職員を呼んだ。すると職員が戻り、面談が再開され、申請手続きが完了した。

「本当に屈辱的でした」とA氏は語った。

「ただでお金もらってるわけじゃないんだから」

 申請が完了し、数日後にケースワーカーのC氏が家庭訪問に来た際などにも、Aさんは年老いた両親への扶養照会を止めてほしいと訴え続けたが、聞き入れてはもらえない。

 2か月後、担当がC氏から地区担当D氏に替わる。D氏から電話で「扶養照会はすることになった」と連絡があり、そこでもなお、Aさんは止めてくれるよう頼んだ。

 その月の支給日に福祉事務所を訪問した際、再びD氏に「どうしても止められないのか」と聞いたが、D氏は「扶養照会はどうしてもやらなくてはならない。やるのは違法じゃない。ただでお金もらっているわけじゃないんだから」と発言。この発言にショックを受けたAさんが抗議をしたところ、D氏は謝罪した。

 そして11月ころ、地方在住の両親に照会の郵便が送付された。

 息子の援助ができない両親は、息子を案じながらも白紙の扶養照会通知を福祉事務所に送り返した。それなのにAさんは、今に至ってもなおD氏から「親から援助は受けられないのか?」と聞かれ続けている。

リトマス試験紙となった扶養照会の運用変更

 2021年3月30日に厚労省から各自治体福祉事務所に対して発出された扶養照会の運用変更で何が変わったのか。

 一番の改善は、これまで申請者の意思とは無関係に、問答無用で行われていた扶養照会が、2021年4月1日からは、拒んだ場合にその理由について「特に丁寧に聞き取りを行い」、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針になったことだ。また、扶養照会を実施するのは「扶養義務の履行が期待できる」と判断される者に限る、という点が明確になった。

令和3年3月30日「『生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて』の一部改正について」

 これにより、親族に問い合わせがいくことを拒否したい人は、申請時に「拒否したい」という意思を示し、一人ひとりの親族について「扶養照会をすることが適切ではない」または「扶養が期待できる状態にない」ことを説明すれば、実質的に照会を止められることになったのだ。

 そして、人によっては解釈が変わるこの通知内容は、自治体の福祉マインドを図るリトマス試験紙になってしまう。「しなくていい」は「禁止」ではないのだから「してもいいはず」と、申請者の気持ちを押さえつける底意地の悪い職員や自治体も出てきてしまうのだ。

 厚労省もそのあたりはうっすら予想しているのか、わかりの悪い職員でも少しは良心的な運用ができるよう、扶養照会を「しなくてもよい」とされる項目をズラズラと並べている。

 Aさんから聞き取った親族のご事情の場合は、「70歳以上の高齢者である」「明らかに援助してもらえない事情がある」「主婦、失業中など、主な稼ぎ手ではない」「これら親族に扶養を求めることが、明らかに有害である」など4つも扶養照会を省いてよいとされる項目に当てはまる。

 さて、ここで気になるのが扶養実績である。

 相談者がそれほどまでに嫌がっていること、そして厚労省がしなくてもいいと定めてくれた扶養照会を、驚くほどの熱意をもって強行した杉並区の扶養実績はどんなものだろうか?

 立憲民主のひわき岳杉並区議が区議会第一回定例会(令和3年2月16日)の一般質問で実績を質したところ、保健福祉部長の答えはこうだった。

「扶養照会から親族による扶養につながったケースについてのお尋ねですが、実際につながったケースはほとんどございません」

 扶養実績については、中野区の共産党区議が区議会事務局を通じて調査した、令和元年度東京23区の扶養照会数および扶養実績一覧で、特に金銭面での援助数や、扶養照会の実施数が多い自治体に注目してみたい。

令和元年度東京23区の扶養照会数および扶養実績一覧

嫌がらせには役に立つ

 杉並区と同様、他区でも、他県でも、実際に親族に援助の可否を問う通知を送ったところで、援助(特に金銭的な)につながる例は、トホホと思うほどに少ない。都内でも1%に満たないほどで、中には0%なんていう自治体もあった。

 都市部より恥の文化が色濃く、家族のつながりが重んじられる地方を加えた全国となると、少し上がって1.45%となるが、継続的に援助を続けられる世帯がどれくらいあるだろうか。

 生活困窮した人たちを制度から遠ざけ、しかもほぼ結果が出ない扶養照会に、ただでさえ仕事に忙殺されている職員の労力(人件費)とバカにならない切手代をつぎ込むのはなぜなのだろうか。一般企業だったら考えられないことだ。

 そこに使われているのが、私たちの税金だからだろうか? それともお金の問題ではなく、生活困窮してほかに頼る者もなく助けを求めてやってきた申請者に対して、「あなたに決定権はない。決めるのはこちらだ」と、権力を誇示できる最強な武器を手放したくないのだろうか?

 その意識から出た「ただでお金もらっているわけじゃないんだから」というセリフなんだろうか? あまりにも、あまりにも情けない。

滋賀県県議会でのやり取り

 杉並区と好対照となる例を紹介しよう。

 日本共産党滋賀県議会議員団の黄野瀬明子議員が市川忠稔健康医療福祉部長に対して、つくろい東京ファンドと生活保護問題対策全国会議で作成した扶養照会拒否のための「申出書」の活用について質問したところ、市川健康医療部長が以下のように答えた。

「自分の意思をうまく伝えられない方などが福祉事務所に対して自分の意思を伝える上でこうした様式(申出書)を活用することもひとつの有効な手段と考えられますため、今後、各福祉事務所へ情報を提供していきたいと思います」

 ちなみに滋賀県の県内15の福祉事務所で行われた扶養照会数は、2019年1月~2021年9月までの間でのべ9726件。そのうち、経済的支援が可能と回答があったのは68件、0.7%である。黄野瀬議員も、「なくすべき」と扶養照会の無意味さを述べている。

生活困窮者が急増、福祉行政はどうあるべきか

 長引くコロナ禍の影響で生活困窮する人は激増している。いつ果てるとも知れないコロナとの闘いに耐える人々の不安と悲鳴が日本中を満たし、民間が行う炊き出しやフードパントリーには長い列ができる。

 生活保護の申請件数は前年の同じ月に比べ、7か月連続で増えている。しかし、筆者たちが把握している人数に比べるとまだまだ少ない。今後、必要とする誰もが福祉制度につながるためには、そのハードルとなる要素は減らしていかなくてはならない、その筆頭が扶養照会だ。

 厚労省には是非知っていただきたい。どんなにその運用を改善してくれても、多くの現場の職員には届いていないし、届いたところで捻じ曲げてしまう。これだけ時代に合わず、経済状況や雇用形態、家族の形態が変わった現代では扶養実績にもつながらず、扶養照会通知を送る実務にはかなりの税金と労力を要し、そしてなにより、生活困窮者を制度から遠ざけ、親族をも苦しめている。

 こんなことを続ける意味を考えてほしい。そして、国民の命と生活を守ることを最優先に考え、百害あって一利なしの扶養照会を禁止にしてほしい。

 2月4日、杉並区荻窪福祉事務所に申し入れをお願いしたら、コロナを理由に拒否されてしまった。やむを得ず、杉並区本庁に要望書を提出することとなったが、杉並区はきちんと問題に向き合い、話し合いに応じてほしい。


小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)を出版。