昨年12月8日、医師たちのSNSで悲嘆の声が上がった。
『感染リスクを負って患者を検査すればするほど赤字が増える。お金のためだけにやっているわけじゃないけど、正直もう発熱外来を続けていく気力がそがれた……』
これは新型コロナウイルスに対する検査費用(保険点数)の引き下げを中央社会保険医療協議会が了承し、その後まもなく現場の医師たちに通達されたことによるもの。
2種類の検査を使い分けて診察
「PCR検査や抗原検査の保険点数が4月1日から大幅に引き下げられるという内容で、外部委託のPCR検査については12月31日から段階的な引き下げがすでに始まっています。当時は第6波の感染爆発もまだ起きておらず、デルタ株の感染者数がやっと落ち着いてきた矢先の出来事。突然の通達に驚いた医師も多いと思います」
そう語るのは、豊洲 はるそらファミリークリニックの院長・土屋裕先生。自身のクリニックでも発熱外来を設け、患者の対コロナ検査を実施しているが、今回の保険点数の引き下げは大きな影響を及ぼしているという。
「感染のリスクが高いなかで、地域医療のためにどうにか発熱外来を続けているクリニックは多いです。その状況で、医療機関の負担がさらに増えるような保険点数の引き下げが行われ、このままでは発熱外来をやめる病院も出てきて、続ける医療機関にさらに負担が増えるのではないかと危惧しています」(土屋先生、以下同)
今回の保険点数引き下げの対象になった新型コロナの検査は、PCR検査と抗原検査の2種類がある。PCR検査は専用の薬液を用いてウイルスの遺伝子を増幅させて検出する方法で、精度は感度70%、特異度100%近くと非常に高精度といわれている。
一方、抗原検査はウイルスが持つ特有のタンパク質(抗原)を検出する方法。PCR検査に比べて検出率は下がるが、特別な機器を使わずに短時間で結果が出せるうえに、検査コストが低いというメリットも。
「発熱外来を行っている医療機関は、基本的にほとんどがPCR検査と抗原検査を併用していて、抗原検査のみというところは少ないように思います。当院でも、抗原検査をして陰性であっても、症状的に感染が怪しまれるケースにはPCR検査をするなど、使い分けながら診察を行っています」
発熱外来を実施する医療機関は、検査機器を所有し院内でPCR検査を行っているところと検査を外部委託しているところの2パターンがある。PCR検査の外部委託は1検査あたりのコストも高いため、これまでは1800点で設定されていたが、12月31日からは1350点になり、4月からは700点になる。
「保険点数が1800点と高めに設定された理由は、PCR検査を行う医療機関を増やしたいという国の意図があったから。確かにPCR検査を行う医療機関は増えましたが、今回の診療報酬の改定で、梯子をはずされたクリニックも多いでしょう」
発熱外来の予約電話が鳴り止まない
委託以外の検査はこれまで1350点だったものがそのまま12月から700点になった。ここまでの大きな引き下げが、この早さで決まるのは異例だ。
「保険点数は1点につき10円の換算です。これまでの1800点は高すぎるようにも見えますが、検査には試薬やキットなどの材料費、検査時の防護服や発熱外来の設備維持費、外部委託の検査代などさまざまな経費がかかります。そこに加えて、検査に伴うスタッフのリスクまでを考えると正直あまり実状に見合った点数とはいえませんね……」
発熱外来でPCR検査を行っている中小の医療機関にとっては特に負担が増える結果となった今回の改定。政府としてはPCR検査の件数を下げて、より簡便でコストの低い抗原検査にシフトすることで、逼迫する医療費を減らしたいという意図があった。
しかしタイミングが悪く、引き下げの決定後すぐにオミクロン株の感染爆発が起こり、コロナの検査数も加速度的に増えてしまったのは大誤算だったに違いない。都内でPCRの委託検査を行う会社に勤めているKさんは「昨年の11月ごろと比べて、現在は検査数が10倍以上になっています。なんとかマンパワーでこなしていますが、追いつかないような状況です」と語る。
保健所での検査体制が追いつかないなか、普段の一般診療との調整をしながら検査を行っているクリニックが果たす役割は大きい。しかし保険点数の改定で、一般の病院などが発熱外来を設けるハードルはますます高くなった。
厚生労働省によると、都道府県が指定する発熱外来は全国に約3万5000機関あるが、積極的に「発熱外来」をホームページなどで公表している医療機関は約2万3000機関にとどまっており、一部の医療機関に患者が集中する状況になっているという。
発熱外来を訪れる人が急増しているため、症状があっても検査や診察を受けるのに時間がかかるという事態が全国各地で起きている。
「当院でも発熱外来の予約の電話が朝から晩まで鳴りやまない状況です。早朝には当日の予約枠がすべて埋まってしまい、診察の申し出を受けられないケースもかなり出ています。電話応対を含め、業務がかなり逼迫している状況が続いています」
感染の疑いが出た際の対応策
東京の八王子市は地域の病院・医師会と連携し、開業医向けウェブセミナーを実施して、発熱外来を増やす取り組みを進めている。ただし、既存のクリニックでも発熱外来を新規に行う場合は、さまざまな書類を提出し、設備や計画を整え、国に申請をしなければならない。国の認可を得て初めて保健所と同等の機能を有する発熱医療機関と認定され、公費で検査を行うことができるが、その敷居は高い。
検査キットの不足も重大な問題となっている。東京都は症状がなくても希望すれば誰でも無料で受けることができるPCR検査を昨年12月25日から始めたが、検査希望者は増える一方で、当初の終了予定だった1月31日から2月13日まで延長を決定した。政府としては減らしたいはずのPCR検査に頼らざるをえない状況は続いており、その検査すらパンク寸前だ。
「抗原検査のキットも大幅に不足していて、当院も1月6日あたりからは追加注文ができないような状況でした。現在は医療機関に優先配布されるようになりましたが、まだ潤沢に回っているという状況とはほど遠いです。
一方でPCR検査のほうも委託会社に殺到しているようで、検査結果が出るのに2~3日以上かかるような状況。なかには1週間ほどかかってしまっているというクリニックもあると聞いています」
不足している発熱外来も検査キットもすぐには解消の見通しは立たない。そんななか、もし自分に感染の疑いがある症状が出た場合、どう行動すべきなのだろうか。
「本来はすぐに医療機関で検査を受けていただきたいですが、このような状況下ですぐに診察や検査を受けられない可能性も高いです。電話がつながらない場合もあると思いますが、諦めずにどうにか医療機関の予約をしてほしいですね。
市販のキットを使って自分で検査をするのもひとつの方法ですが、鼻に綿棒を入れる検査の場合は結構難しく、偽陰性を招く可能性もあるという認識は持っておくべきです。診察を受けられなくて疑わしい症状があった場合は、念のために1週間ほど自主隔離を行って感染を広げないようにするという選択も必要となります」
発熱外来難民となる日もそう遠くない今、政府には今回の大誤算をどうにか取り返し、医療体制の迅速な拡張を進めてほしいと強く願う。
土屋 裕先生 日本内科学会総合内科専門医、日本呼吸器学会呼吸器専門医、日本アレルギー学会アレルギー専門医。昭和大学の関連病院や海外で20年ほど活躍し、2020年に『豊洲 はるそらファミリークリニック』(東京都江東区)を開業。発熱外来、PCR検査、コロナ患者の往診も実施。
取材・文/吉信 武