ジュリーこと沢田研二(73)にまた、騒動が持ち上がった。発売予定の写真集についての告知が公式ホームページから削除され、出版元は発売延期だと説明。ファンのあいだで動揺が広がった。
沢田研二の写真集が発売延期
というのも、2018年にはコンサートを開演1時間前になってドタキャン。理由は「客の入りがよくないこと」だった。今回、出版元は編集や販売についての詰めが遅れているためとしているが、発売中止を危惧する声も出ている。
しかし、沢田のお騒がせぶりは今に始まったことではない。1975年には「頭突き」事件、翌年には「いもジュリー」事件で新聞沙汰になった。どちらも新幹線で移動中のこと。
自分のファンのことをけなした駅員に「頭突き」を食らわし、自分のことを「いもジュリー」とからかった乗客を殴ったのだ。
「いもジュリー」事件のあとには1か月間、謹慎。この年は『紅白歌合戦』も辞退した。
が、実はこの経験が黄金時代につながったという。'85年に発表された自伝『我が名は、ジュリー』によれば、
「新聞にああいう事件が出てしまったら、もうこれ以上の恥ずかしいことはない、親戚にも迷惑かけて」
という思いから《仕事でもってやることは、多少の恥をかいたって、あれに比べれば大したことはない》という境地に到達。《どうせなら、華々しく復帰をしなきゃいけない》として、衣装やメイク、振り付けにこだわりまくる派手派手路線へと舵を切ったというのだ。
なお、この本の文庫版では、育ての親でもあるナベプロ創業者夫人・渡邉美佐が文章を寄せている。彼女は沢田の性格を「まじめ」「正直」「潔癖」としたうえで「それだけに」「あらぬ誤解をまねく」と評した。
これは的を射た指摘だろう。さらに補足するなら、彼の「まじめ」は世間の「まじめ」とは違う。あくまで、自分の美学に「まじめ」なのである。
それゆえ、ファンに対してキレたりもする。2015年には、コンサートでのこんな話が報じられた。「イスラム国人質事件」について持論を述べている最中「歌って~」という声が飛び、
「黙っとれ! 誰かの意見を聞きたいんじゃない。嫌なら帰れ!」
と、一喝したという。
ジュリーはジュリーという生き方
そんな生き方に、どこか重なる曲がある。1979年の『カサブランカ・ダンディ』だ。昔のハリウッド俳優が演じた男っぽい世界観への憧れを歌ったもので、洋酒を口に含み、上に向かって噴き出すパフォーマンスでも話題になった。
往年のヒット曲をあまり歌いたがらない沢田が、今もちょくちょく歌う曲でもある。
サビでは「あんたの時代はよかった」という歌詞が繰り返されるが、それは彼自身の昔を懐かしむ気分にも通じるのではないか。
おそらく自分の美学へのこだわりが強すぎて、時代に媚びることができないのだろう。そのあたりを饒舌に語れば、同世代を中心に共感する人もかなりいるはずだ。
ただ、彼はそういう柄でもない。昨年、菅田将暉(28)とダブル主演した映画『キネマの神様』のパンフレットを見ても、コメントの分量は菅田の5分の1程度でしかない。
あの歌でいうところの「ピカピカの気障」「男のやせがまん」を貫いていたいから、泣きごとめいたことは語らないのである。
そのかわり、口に含んだ洋酒を噴き出すように、ときどき世間を驚かす。元祖ビジュアル系からカーネルおじさんへ。容姿は変わっても、ジュリーはジュリーなのだ。