1月末、首相官邸に緊張が走りました。28日、磯崎仁彦官房副長官が新型コロナウイルスに感染したと発表されたのです。結局、官邸内に濃厚接触者はいなかったのですが、前日、所属派閥の宏池会総会という密室で岸田総理が磯崎氏と一緒だったのです。
ここのところ新規陽性者数は毎日のように曜日の過去最高を更新しています。にも関わらず、内閣支持率は高水準を保っています。
筆者は以前の原稿で、コロナ対策が岸田政権の命運を握ると指摘しました。しかしそろそろ、風向きが変わりかねない状況です。「第6波」で子育て世代、教育現場が疲れ切っているのです。
「陽性者、濃厚接触者の行動制限で卒業式の日取りも決まらず、休みも取れない」とお母さん方の悲鳴が聞こえてきます。
政治家の中でもトップの感染症の専門家といえるのは、自民党新型コロナウイルス感染症対策本部本部長代理で慶應義塾大学医学部客員教授の武見敬三参議院議員です。ピークアウトの見通しを「既に英国や米国でピークを脱しました。水際対策の効果で、日本は2月中旬でしょう」と語ります。そこから下降線を辿るとなると、落ち着くのは3月のいつになるのか見通せません。それまで教育現場は持ち堪えられるのでしょうか。
私立幼稚園にのしかかる重圧
学校や保育所の休校が社会問題になっています。筆者も教員経験を持つ目線で、後援会役員が経営する幼稚園や、お子さんを持つ家庭などを密着取材してきました。この第6波では、第5波以上に子ども達にも蔓延しており、保護者の元には毎日のように学校や園での感染者の発生を知らせるメールが来ています。
夜10時を過ぎて休校、学級閉鎖の連絡が来た例もあり、その場合、仕事を持つお母さんは職場に欠勤の連絡を急遽しなくてはなりません。非正規雇用の場合、給与が減ったり、最悪仕事を続けられないリスクも出てくるでしょう。
小学生なら、独りでも自宅待機できる児童が増え、同時双方向型のリモート授業も可能です。しかし未就学児はそうはいきません。お孫さんを祖父母が預かる例も多く、重症化リスクがある高齢者は内心ヒヤヒヤしていることでしょう。
しかも未就学児のワクチン接種は3月まで開始されず、蔓延しやすい可能性もあります。学級閉鎖や学年閉鎖・休校が長引くと、保護者のイライラも頂点に。何とか1日だけ踏ん張ろうとやりくりしたのが、3日に延びたりすると、決定権者に怒りの矛先が向かってしまうことも。
ではその措置や日数はどう決まるのでしょうか。文部科学省は昨年8月、第5波の際に「学校で児童生徒等や教職員の新型コロナウイルスの感染が確認された場合の対応ガイドライン」を、地方の教育委員会に通知しました。この中に学級閉鎖・休校を判断する基準についても触れられています。つまり公立学校の長は通知に基づいて対処するため、問題が発生しても「上が決めた事に従っただけ」と責任を回避できます。
就学前の保育園や認定こども園は、公立なら小学校と同様に、地方自治体の方針に則ります。私立の園であっても、保護者は自治体と利用契約をしており、自治体の委託を受けて保育する仕組みなので、公立の園に倣います。つまりこちらでも「上が決めた事に従っただけ」という言い分が通るのです。
それに引き換え、ほぼ知られていませんが、私立幼稚園だけは独自の立場に置かれています。れっきとした学校法人が設置主体であり、各園が切磋琢磨しながら教育を行います。学校教育法27条は、園長は園務を司る、と規定していますが、園務掌理権と呼ばれます。校長の校務掌理権と同義で、出席停止の権限を持ちます。先述したように、各家庭をリスクに晒す重い決断を、一個人が負わねばならないのです。
幼稚園が保護者に責められてしまったケース
新規陽性者が出たある園は、10日間の休校を決断しました。人間関係が濃密な地方では、感染者が特定されると白い目で見られることもあるのです。1月14日に厚生労働省が緩和した、濃厚接触者の待機期間10日間(現在は7日間に短縮。またいわゆる「エッセンシャルワーカー」については、最短で5日目に)を費やすことで、感染防止と第1号の特定を防ごうとしたのです。
当初は英断とされましたが、無症状者が多い傾向が分かるに連れ「何故、学級閉鎖に留めなかったか」「10日は長過ぎる」と非難が渦巻き、園長は辞任の瀬戸際に立たされてしまったのです。
逆のケースで、「何故、すぐに休校の判断をしなかったのか」と保護者に責め立てられた幼稚園もあります。感染者が出た場合、濃厚接触者の特定は保健所の疫学調査によりますが、業務が逼迫し、迅速な判別は不可能です。中にはていよく、疫学調査そのものを園側が行うと方針変更され、責任転嫁された例もあります。
そして「我が子は大丈夫かしら」とパニックになった保護者の矛先が園に向かってしまったのです。仕事先の死守と、預け先の両親の命が掛かった母親も必死なのです。
これが子育て現場のリアルであり、親御さん達も園も、一本の電話に戦々恐々とする日が続いているのです。
パフォーマンスやアピールだけの政治家に気をつけよう
このような非常時こそ強いリーダーシップを発揮すべき教育行政は、実はお粗末な状況にあります。文部科学大臣は末松信介参議院議員で、これまで教育行政の重職に携わった経験はほとんどありません。昨年10月岸田総理から文科相としての入閣打診を受けた際は「私は末松信介です。文部科学大臣ですか」と聞き返したそうです。初閣議後の記者会見でも「まずは現状課題をしっかり把握していきたい」と基礎知識の乏しさをほのめかしました。
また、事務方のトップである義本博司事務次官は、高等教育局長時代に高額接待による懲戒処分を受けた経歴があり、その負い目でリーダーシップを発揮できる状況ではありません。何とそれまでの3人の事務次官のうち、2人が不祥事で辞任しており、文部科学事務次官の権威が失墜しています。
つまるところ、教育行政はエアポケットの状態にあり、その悪いタイミングで第6波が襲来してしまった訳です。
その中央政界に引き換え、具体的な提言で存在感を増しているのが全国知事会、とりわけ実力派の知事達です。
1月28日のオンライン会議後、全国知事会は『爆発的感染拡大を抑え 「暮らし」・「健康」を守るための緊急提言』として34箇条の政府への要望をまとめました。また、平井伸治全国知事会会長(鳥取県知事)は「飲食店だけの今の対策は間違い。本当の感染現場は学校や保育所だ。政府や専門家は十分認識していない。学校の休業は、知事が効果的な対応が選択できるようにする」と、的確な発言をしました。
また、2月1日の岸田総理とのオンライン会談で平井知事は感染対策の重点を従来の飲食店から学校や保育所に転換するよう求めました。それも決定打となり、対策の基幹である政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が実に2か月半振りに開かれたのです。
マスコミや議員出身で、“発信力”つまりマスコミアピールに長けた知事が思い浮かびますが、それは第5波までの話です。手洗いマスクや人流抑制を、どれだけアピールするかは、昨年までのキモでした。しかし、ダイヤモンドプリンセス号の事件から丸2年経った今、全体像を見据えた実効性のある政策こそ大事であるのは国民は身にしみて理解しています。
国政か地方政治かを問わず、この国民的危機で力を発揮できない政治家が必要でしょうか。仕事をしない政治家は論外ですが、マスコミアピールでやったように誤魔化している者には気をつけなければいけません。それは首長だろうと一議員だろうと、同じです。見抜く目がないと、すぐさま我が身に跳ね返る時代だからこそ、堅実な「本物」を見極めたいものです。