「マンション価格は高騰しており、販売戸数でいってもコロナ前より昨年のほうが売れています。駅近くや都市部など利便性のいい場所に建てられているマンションは将来、高値での売買が期待できますし、賃貸にしても貸しやすい、と購入を選択する人が多いんです」と語るのは住宅評論家の櫻井幸雄さん。
人気なのは東京都港区の海側や再開発が続く渋谷駅周辺などのエリア。'60〜'80年代に建てられたビンテージマンションは港区、渋谷区などに多く見られる。
家具メーカーに勤める山野哲文さん(30代・仮名)はそうしたマンションを好むひとり。現在は都内にある'70年代に建てられたレンガ造り風の外観が特徴的なモダンなマンションで暮らしている。
「個性的な建物も多く、見ているだけでテンションが上がります。ただ、ビンテージマンションの中には築年数が古いのに家賃や販売価格が高い物件も多い」(山野さん)
そうした建物も再開発や老朽化により新しく姿を変えるのは時間の問題だという。
「昭和のコンクリートの耐久性は多くの場合、40年~50年とされています。コンクリートの壁の中に配管を埋めていることがあり、配管が老朽化すると交換できない。そのため、配管の寿命で建物の寿命が決まることもあります」(櫻井さん)
それでも前出の山野さんのようにハマる人は少なくない。実際に住むだけでなく、見て楽しむこともできるのだ。
レトロマンションの新築にはない魅力
そこで個性的なマンションなどに詳しいhacoさんにその魅力を尋ねた。
「マンションは人の持ち物なので勝手に建物内に入ることはできません。前提として外から見て楽しむこと。躯体やアプローチなどから新築マンションにはないディテールを探すのも面白い」
そこにはコストを重視し、シンプルなデザインの、現在の新築マンションにはないユニークさや個性があるのだ。
「私の好きな高度経済成長期のマンションには建物の躯体や意匠に“今できる技術、デザインを取り入れてみよう”という当時の関係者の意識も見え、そこも魅力です」(hacoさん、以下同)
例えばバルコニーはあえてカーブをつけたアイアンの柵で設えたり、窓は角丸四角形に。エントランスは天井までモザイクタイルを貼ったり。
「建物の形やエントランスのタイル、バルコニーや窓のデザインなど細部まで可愛い物件もとても多く、そこも魅力。コストを重視するならそこまでやらなくてもいいし、当時でも現在のようなシンプルな物件も建てることはできたんです。でもそうはしなかった」。'60年代~'70年代は若い建築家のユニークな建造物が数多く建てられた時代。当時ならではの工法や建材、デザインを積極的に取り入れた。
これまで1000棟以上のレトロマンションを見てきたhacoさんによると外観や躯体が時代を表すという。
「'60年代は直線的でモダンな造り、'70年代は装飾的に工夫した建物が多い。'80年代前半は玉虫色のエントランススタイルなどバブルを象徴するような煌びやかなデザインのものに。'80年代後半から'90年代に入るとコスト重視、シンプルな外観へと変わっていきました」
おすすめの物件は『秀和レジデンス』シリーズ
「特徴はシリーズに共通する青い屋根、白い塗り壁です。建物で壁の模様やエントランスのタイルが異なっており、どの建物にも趣があります」
同マンションシリーズは株式会社秀和が建設し、販売。最大で全国に140棟と展開していた。だが、同社はすでになく、'80年代中盤を最後に青い屋根、白い壁タイプのマンションは建てられなくなった。現在は老朽化や管理の問題などで建て替えを検討する物件も増え始めた。
それも住人たちの意思が反映された形。昔のまま残したい、と愛着を持ち、修繕を繰り返すマンションもある一方で、経年劣化や断熱、騒音などの問題から建て替えを望む住人もいるのだ。
「当時の価値が見直され、残される建物が増えるといい。ただ、コストなどからレトロマンションのような建物はもう造られないでしょう」
残すためには耐震性や、修繕のコスト、技術などクリアしなくてはならない課題も。
それでもなお多くの人々を魅了するレトロマンション。そこには高度経済成長期、よりよい明日を願い生きた人々の思いがあるのかも。
●hacoさん
古い建物や秀和レジデンスなどビンテージマンションを好む。2月22日には『秀和レジデンス図鑑』(TWO VIRGINS)が発売予定。同マンションを細部まで徹底取材した一冊。(Twitter→@haco_8_5 / Instagram→@lilycats25)
●櫻井幸雄さん(住宅評論家)
年間200軒以上の物件を取材、全国の住宅に精通する。新聞や雑誌などで住宅関連のコラムや記事を執筆。著書に『不動産の法則』(ダイヤモンド社)などがある。