肩、腰、背中で起きるコリトラブル。コリとは生活習慣による緊張や疲労が蓄積し、筋肉が収縮して太く、硬くなった状態のことをいう。
『ピップエレキバン』はそうした症状を改善してくれる磁気治療器のことだ。使い方は筋肉がこり固まっている患部に貼るだけと簡単。磁気の力が血管を広げ、血行をよくすることで老廃物を流してくれるのでコリに効果があるといわれている。
大人から子どもまで、幅広い層に使用されており、今年で誕生から50年を迎える。
そこでピップ株式会社商品開発事業本部の伊賀遥香さんに聞いた。
ピップエレキバン開発のきっかけは一粒の米
ピップエレキバン誕生のきっかけは'68年、商品開発の部署が立ち上げられたことにある。開発担当者が注目していたのが当時、流行の磁気を使った健康アイテムだった。
「磁気の力で血行、血流を改善するというものでした。アイデアはよかったのですが、課題はその形状。主流だったのはブレスレットタイプだったため、“もう少し使いやすくできないか”と考えていたそうです」(伊賀さん、以下同)
ヒントはとある社員が行っていた民間療法にあった。
「身体のこっている部分に絆創膏で米粒を貼り、ツボを押していました。そこから磁石を粒状にして直接、身体に貼ったら面白いんじゃないか、とひらめいたそうです」
そのアイデアは採用され、商品化を目指した。臨床試験を重ね、約2年の歳月を経て1972年に誕生した。
効果的な使い方はあるのだろうか。
「こった場所に2、3個を2〜5日、貼り続けていただくことです。貼る時間帯は朝でもお風呂上がりでもいつでもいい。コリを感じたときに使ってもらうのがベスト!」
平賀源内が名づけ親!?
発売当初は『恵麗喜絆』という漢字表記だった。
名づけのヒントは江戸時代の奇才、平賀源内とか!?
「商品名は開発担当者が読んでいた平賀源内の本がもとになっているといわれています。そこに書かれていたエレキテル(静電気発生装置)のエレキ、から磁気を連想。
商品の効能とエレキの意味は結びついていませんが、イメージ的に似たようなものとして提案したそうです」
ちなみにバンは『絆創膏』のバン。エレキとバン(絆創膏)で『エレキバン』という商品名がつけられた。
ヒットの鍵は地道な努力
「弊社はさまざまなメーカーの商品を取り扱っているため、取引先とかぶらない、ほかと違う商品展開が求められていました。そこでニーズの隙間を縫うようなニッチなアイテムを企画していったんです」
ちなみに最初に誕生したのがシャンプーハット。これもピップが考案したものということはあまり知られていない。
そしてピップエレキバン。今では肩コリ改善におなじみのアイテムだが、発売直後は知名度は低く、売り上げは伸びなかった。そのため、営業マンが小売店を一店一店、回り、売り込んでいった。
「売れないからと商品を撤退させるのではなく、せっかく作ったものはあきらめずに育成していこうという気持ちだったそうです。そしてもっと世の中の人にその存在を知ってもらうことが必要では、との結論に至りました」
名物会長と樹木希林さん
'73年、最初のテレビCMが放送された。'77年に故・横矢勲会長が自ら出演し、商品をPRしたCMが大ウケした。
内容は横矢氏がエレキバンの箱を持って机に座り「ピップエレキバン!」と言うシンプルなもの。だが、素人っぽさや横矢氏のコミカルな動きが視聴者に響いた。
さらに横矢氏が女優の故・樹木希林さん(享年75)や故・藤村俊二さん(享年82)らとも共演したCMは軒並み大人気。商品の知名度はアップし、売り上げにつながった。
特に樹木さんは出演期間が長く'79年〜'96年までの登場。横矢氏とのコンビはシリーズとなり、どのCMも話題に。中でも「この、しぶとさが会社を繁栄させるワケですね」との樹木さんが横矢氏に言ったセリフは当時の流行語にもなったほどだ。
'86年4月、横矢氏は82歳で死去。告別式で同氏を偲び、樹木さんが弔辞を読み上げた。
CMが地域おこしにも!
CMで印象深いのは、北海道比布町で撮影されたシリーズだろう。駅や神社などさまざまな場所が登場し、同町は一躍脚光を浴びた。
「あるラジオ番組でリスナーが“北海道に比布町がある、そこでロケをしてほしい”と投稿したことがきっかけでした。それを社員が聞いていて“面白い”と採用、撮影に至ったようです」
歩く広告塔横矢会長の人柄
「ひと言で言い表せば、動く広告塔。その自覚と責任を常に持っており、“外に優しく、内に厳しく”を徹底された方でした」
自社製品には絶対の自信を持ち、ピップエレキバンを常にポケットに入れて電車の中でも乗客に配って歩いたというエピソードは有名な話だ。
さらにその温和な人柄でも多くの人々に愛された。
'86年1月、横矢氏はオーストラリアで新作のCMを撮影していた。だが、同年に死去、そのとき撮られた3本のCMは放送されることはなく、幻となったという。
商品は進化し続ける
「時代とともにコリの理由も多様化。今は仕事でも日常生活でもPCやスマホなど画面を見ている時間が増えました。そのため、眼精疲労や姿勢からくる肩コリに悩む人も多いんです」
座っている体勢が長くなったことから腰や背中のコリに悩む人も増えているという。
そこで、現代人のニーズに合わせた商品開発も盛んに行われている。
「足裏に着けるバンドタイプ、ブラジャーの紐に挟むインナークリップといったアイテムも誕生しています」
磁石を絆創膏で貼るものがベーシックなタイプ。だが、最近では肌に負担がかかることを懸念する人やコスパを考え、繰り返し使いたい、という要望も増えており、違う形状のアイテムが誕生している。
「これまでは中高年が使用しているイメージを持っている人が多かったかもしれませんが、今は20代、30代からも注目されています」
ボツになった商品のその後
新商品が誕生する一方でボツになる商品も……。
「印象的だったものはブラジャーの紐そのものに磁石が入った商品。ただ、これは短命で終わってしまいました」
自分では貼りにくい背中もケアできるという発想はよかったものの、商品は紐をつけ替えて使わないといけなかった。そのためつけ替えのハードルが高く、あまり受け入れられなかったという。ただし、その発想はピップエレキバンインナークリップへと受け継がれた。
ユーザーのエレキバン愛
「発売当初のCMは確かにインパクトがありました。ですがただの一発屋で終わらず、リピーターも多く、暮らしに根づいたのは、使用感はもちろんですが、手軽さが取り入れやすかったと考えています。
それと口コミ。売り上げに苦戦していた時期でも“効いた”という声が数多く届けられ、お礼の菓子折りを送ってくれる方もいました」
熱いファンの存在は冬の時代、ピップエレキバンを存続させるというモチベーションにつながっていったという。
「50年間愛され続けてきたアイテム。そこから商品への自信や利用者への感謝の思いを感じています。
商品は常に進化を続け、新たな時代でも暮らしに欠かせないアイテムになれるようにアプローチを続けていきたいです」