阿天坊翔也容疑者(中学の卒業アルバムより)

「包丁を持った男に襲われた」

 53歳の女性からそんな110番通報があったのは2月12日午後4時20分ごろのこと。

 千葉県香取郡多古町の農道をひとりで散歩中、背後から来た軽乗用車が追い抜いて停車。運転席から降りてきた男が突然、包丁で襲いかかり、女性の顔面や胸部などを刺した。

 女性が必死に抵抗すると、男は車で逃走。捜査に着手した県警香取署は約30分後、女性が覚えていた車のナンバーなどから隣接する成田市内を走行する当該車両を発見し、職務質問。女性を襲った事実を認めたことなどから運転していた多古町の農業・阿天坊(あてんぼう)翔也容疑者(29)を殺人未遂の疑いで逮捕した。

 女性は刺し傷のほか、抵抗した際に殴られるなど打撲や挫創を負う全治3週間のケガ。香取署によると、阿天坊容疑者と女性に面識はなかった。

田んぼのど真ん中、わいせつ目的で襲った

「凶器に使われた文化包丁は刃渡り約17.5センチメートルのごく一般的なサイズで、被害女性が抵抗した際に刃は付け根で折れた。刃は犯行現場に落ち、柄の部分は逃走中に別の場所に捨てている。わいせつ目的だったとうかがわせる供述もしているが、犯行動機については慎重に調べている」(捜査関係者)

 現場の農道は田んぼのど真ん中。四方は見渡すかぎり田んぼが広がり、犯行の目隠しになる障害物はない。犯行と同じ時間帯に歩いてみると、農道を通る車や人はいなかったものの、薄暮前で明るく大胆な犯行に思えた。田んぼの周囲を走る生活道路は交通量が多く、遠くから犯行を目撃されても不思議はない。道端にはタンポポなどが咲き、散歩コースとしてはのどかで魅力的だ。

 現場近くの女性住民はこう打ち明ける。

「事件の約30分前、私も犬の散歩で同じ農道を通っている。道幅が広く砂利などを敷き詰めているので歩きやすく、散歩する女性は少なくない。ちょっと時間がずれていたらと思うと怖い」

事件とほぼ同時刻に撮影した現場の農道。視界は開けている

 米作で知られる多古町は、シーズンオフで農作業がほとんどないため田んぼに人がいない時期だという。

 別の近隣女性は、

「私だったら抵抗しきれたかどうか。尻込みしちゃいそう」

 と表情を曇らせる。

 夜道や暗がり、人目につかない場所ではないのに、女性が襲われる事件が起きた衝撃は大きいようだった。

 知人男性によると、地元で面識のない女性を襲った阿天坊容疑者は農作物をつくる会社に勤めていた。

「仕事ぶりは熱心で、礼儀正しく、いいあんちゃんだなと思っていた。ほうれん草や小松菜を出荷する会社でスタッフが少ない中、若くてしっかりしているので頼りにされていた。手ぎわがいいんだよ。台風上陸でビニールハウスが壊れたときは修繕作業を手伝う人たちのために、休憩時に缶ジュースを配るなど気が効いた」(知人男性)

 地元関係者らによると、年下の妻とのあいだに未就学の子どもが3人おり、いちばん下の子は昨年産まれたばかり。仕事が終わるといつもまっすぐ帰宅していたという。

仕事に熱心なイクメンパパの顔

「いいパパだったので事件には心底驚きました。奥さんは若いのに子育てにすごく責任感を持っていて、旦那さんのために必ず風呂を沸かせて帰宅を待っていました。それに応えるように家族をお花見に連れて行ったり、夫婦仲が悪いという類の話は聞いたことがありません」(近所の女性)

 特に娘への溺愛ぶりは目立っていた。ママ友に交じってジーパンにサンダルというラフな格好で幼稚園のバス停までお迎えに来て、うれしそうに娘の手を引いて家に帰る姿が何度も目撃されている。

 阿天坊容疑者はほぼ地元出身。県内近隣市から小学生の途中で転校してきて、地元中学に進んだ。中学ではバレーボール部に所属していたが、そのことよりも同級生の記憶に残っているのは素行面だ。

中学時代はバレーボール部だった阿天坊翔也容疑者(卒業アルバムより)

「いわゆるヤンキーではないがヤンチャではあった。制服は腰パンで履き、持ち物検査で先生にタバコが見つかったときも喫煙している友だちの名前は売らなかった。アイドルなどに夢中になることはなかったな。SNSのミクシィにハマって、ノリがいいから校外に女友だちが複数いた。中学時代に大人になっているから」(同級生の男性)

 別の同級生は「変わったタイプでした」と当時を振り返る。

「勉強はさほど得意でなく、スポーツもできたという印象はありません。女子にはモテませんでした。ウケを狙ってヘンなことをしたり言ったりして、逆に引かれるパターンがよくありましたね。悪目立ちしたがるというか、ヤンキーを目指して尖りたがる男子でした」(同・同級生)

 中学卒業後、県内の定時制高校に進むも中退。自宅に遊びに来る仲にあった妻と結婚し、女手ひとつで育ててくれた母親は家族が増えたことを喜んでいたという。

「ただ、阿天坊容疑者の実家は相当古い家屋で“ゴミ屋敷”のよう。奥さんが子育てしながら片付けているみたいですが……」(近所の住民)

阿天坊翔也容疑者宅は粗い修繕跡が目立ち、ゴミ屋敷のように不要物が堆積していた

窓ガラスが割れ…ゴミ屋敷化した自宅

 自宅を訪ねると、木造家屋の障子はところどころ破れ、縁側の下に空の酒瓶やペットボトルがごろごろ。割れた窓ガラスはビニールで補修され、窓越しにゴミ袋が溜まっているのが見えた。隣の母屋にもゴミが堆積していた。生活は壊れつつあったのだろうか。

「それはないと思います。片付けは苦手かもしれませんが、一家はみなさん揃っていい方ばかりですから」(同・住民)

 近くの住民によると、容疑者の妻子は事件後、実家に帰ったという。

 一方、勤務先は働き手を失って作業負担が増えているようだった。日が暮れてもビニールハウスの土をならす作業は終わらず、同僚男性に容疑者の評価を尋ねると作業の手を休めず短く話した。

「まじめ、とにかくまじめな男。悩みや欲求不満があったかはわからない。事件当日はズル休みではなく、雪が降りそうだったから会社は休みにしたのよ」

 阿天坊容疑者は取り調べに対し、女性を包丁で刺した事実を認めながら、

「殺すつもりはなかった」

 と容疑を一部否認している。

 女性が抵抗しきれたから最悪の事態に至らなかったようなものの、刃物で人を刺せばどうなるかわからないはずがない。裏切られた家族や知人たちはどのような思いでいるのだろうか。