“毒親”、“親ガチャ”という言葉の広まりから、親と自分の人生を切り離して考える人が増加し、「親の老後の面倒を見たくない」と声に出すことへの罪悪感は薄れつつある。親との関わりを一切断って、介護だけでなく、最期の看取りから葬儀、納骨、遺品整理までを代行サービスにお願いする人が増えているのだ。
家族に代わって、介護から葬儀までの一切をサポートする一般社団法人「LMN」によると、“親のことを任せたい”という子どもからの相談は、ここ1〜2年ほどで6~7倍と急増した。
想定外の世代からの依頼が後を絶たず
「もともとは、身近に介護や看取りを頼れる人がいない70~80代の“おひとりさま”に向けて代行サービスを行ってきました。しかし、一昨年くらいから30代後半~50代の“子ども世代”から、親のことを全部お願いしたいという依頼が急増。これは想定外でした」(一般社団法人LMN代表・遠藤英樹さん、以下同)
相談に来る人の8割は女性。50代が最も多いと話す。
なぜ、代行業者に親を“丸投げ”する人が増えているのか。遠藤さんは“家族の形の変化で女性が1人で背負う負担が大きくなりすぎた”と指摘する。
「40~50年前は、きょうだいも子どもも多くて、親の面倒を見る“人の手”がたくさんありました。でも、核家族化が進み、今はおよそ2人で1人の高齢者を見ている換算に」
親子問題の顕著化で家族の関係性に変化
さらに、“親の介護は女性の仕事”という感覚はいまだに色濃い。
「高齢化によって、介護に携わる年数も長くなってきているので、40~50代の女性は大きな不安を抱えていると思います。そういった素地があったところに、昨今の“毒親”といった言葉の流行を背景とした“必ずしも子が親の面倒を見なくてもよい”という風潮が重なり、依頼へとつながったのだと思います」
コロナ禍が認知症を進行させる引き金となり、アフターコロナはさらに相談数が増える可能性があると危惧する。
「親の面倒見るのは子」世間の倫理観に苦しむ
一方、“やっぱり親は子どもが面倒を見るべき”という親世代の感覚は変わっておらず、親のきょうだいや親戚に責められて代行サービスを断念する人も少なくない。しかし、“自分がラクになるため”には早めに相談をしてほしいと遠藤さんは訴える。特に、親から長年依存されて苦しんでいる人に心を砕く。
「親との関係に苦しむ人は、“毒親”という言葉が生まれる前からたくさんいたと思います。もともと家族関係で精神的な苦しみを抱えたうえに、介護で肉体的な負担も増え、親を手放したくても、“子どもが見るべき”という世間の価値観に押しつぶされそうになっている。誰かに親を任せ、親から離れる選択肢があることを知ってほしいです」
「自分の居場所は隠して介護施設へ」「親が死んだら連絡を」と望む子ども
サービスを始めたきっかけは、自身の両親の介護で、悩み苦しんだ経験から。
「子どもだけが抱えるのではなく、誰かに助けてもらえるような代行サービスの必要性に思い至ったんです」
介護には、これが正しいというマニュアルはない。介護施設選び1つとっても、初めてではわからない点が多く、生活の多くの時間や気持ちを割かれることになる。
「誰かの手を借りることは、決して悪いことではない」
LMNでは、死後までのコンサルティングと生活サポートを依頼した場合、費用の目安は約100万円だ。介護施設を探すだけでなく契約から入居の手伝い、医療機関や行政との連携、亡くなったときの葬儀社への依頼、遺品の整理まで。家族に代わって幅広く手配、対応してくれる。
親が健康なうちから介護放棄するケースも
相談者のなかには、10年以上連絡を取っていなかった親の介護が、親戚や行政からの知らせで突然降りかかってきた人もいる。逆に、親との関係に苦悩を抱えながらも“世間の目”を気にして関係を断ち切れず、つかず離れず関わり続けてきた人も。いずれも依頼時には、介護から葬儀までお任せする“家族じまい”を選択することが多い。
「親の介護が必要になる前に、予防線として相談に来る方も増えています。いつか自分に責任が降りかかることを想定して、不安を感じている40代の方も多い。80代の親が50代の子どもを経済的に支えるという“8050問題”が取り沙汰されていますが、老親を取り巻くのは“7040問題”だと感じます。子どもに面倒を見てもらえると安心している70代の親が、気づけば40代の子どもにいわば“介護放棄”されているというケースです」
「親を手放したい」依頼内容の例
「自分の居場所は知らせず、親を介護施設に入れてほしい」
「同じ市内に住んでいる親から離れたいので、親が入る介護施設をなるべく離れた場所に、という指定もありました」(遠藤さん、以下同)
「絶縁状態の親の葬儀・供養まで任せたい」
「葬儀ののち、家族なしでも納骨ができるよう、3時間かけてお寺を説得したことも。古くからの慣習があるだけに、理解には時間がかかります」
「介護施設からの連絡やトラブル対応をしてほしい」
「介護は施設に入ればおしまいではありません。むしろ入ってからが手間がかかる。施設からの電話に対応するだけでなく、現地に赴く場合も」
2.5人称の距離感で家族の代わりを務める
業者側が老親の世話を代行するのにも、それぞれの事情によってハードルがある。
親の介護や医療で関わる行政や病院、介護施設からは、理解を得られず業務が滞ることも少なくない。“なぜ子どもが来ないのか?”と聞かれることは日常茶飯事。まだまだ“親は子が面倒を見るのが当たり前”という価値観は堅固だ。
また、長年問題を抱えてきた親子の間に立つことは、メンタル的な疲弊を伴う。
「親子関係が破綻している事情を知っていても、葬儀や納骨に姿を見せる家族もないと、複雑な気持ちになるのも正直なところです。また、共依存の親子のケースでは、“すべて任せる”と言いながら関係を断つことができず、親にコントロールされ続け介護の現場を混乱させることも」
家族の代行を行ううえでは、感情移入しすぎず、かといって“第三者”ほど遠くない、“2.5人称”の距離感で寄り添うことが大切だと考えている。
「親から遠く離れたいという要望があれば遠方で介護施設を探しますし、親からの連絡を一切断ちたいという要望があれば、子どもである依頼主の連絡先は誰にも漏らさないようにします」
それでも、“代行業者”を挟んだ親子関係は終わりだとは思わない。
「“2.5人称”の位置で私たちがクッションとなり、親子が少し離れることが大事だと思っています。距離を置いて親や自分のことを考える時間を持つことで、親子関係が改善することも少なくありません」
毒親が自ら依頼してくるケースも……
では、子どもに“手放された”と知った親は、一体どんな反応をするのか。
実は、子どもが姿を現さないことに腹を立てる親もいるなか、意外にもすんなり受け入れる場合が多い。遠藤さんは「親の口からは、“仕方ない”という言葉をよく耳にする」と教えてくれた。
子どもが親に悩みを抱え、家族に問題が生じていると感じているとき、親自身もそれに気づいているケースが多いのだ。ただし、子どもから“丸投げ”された親が必ずしも不幸とは限らないと語る。
「誰とも連絡がつかず、行政の手を借りて粛々と最期を迎える人もいます。“子どもの代行”という形であっても、誰かのサポートがあり、要望などが聞き入れられる状況は親にとっても安心だと思います」
代行サービスに依頼するということは“親を捨てる”のではなく、“専門家に頼る”ことだという考え方を、多くの人に知ってもらいたいと遠藤さんは切望する。
「親とまったく接点を持ちたくないという人は、代行サービスにすら相談しません。親の存在を重荷に感じながらも、何かしらの親への呵責があり、その狭間で苦しみながら“家族代行”という形に助けを求めているのです」
子に捨てられると悟る親世代の相談も増えた
最近は、家族に問題を抱えている60~70代の親側からの相談も増えている。多くは、“子どもは世話をしてくれないだろう”と、すでに諦めを感じている。
「話を聞くと、毒親と呼ばれる親も、自分の親との関係に悩みながら生きてきたことがわかる。苦悩の世代連鎖を起こしているのです」
これからますます核家族化が進み、介護の問題は深刻に。だからこそ、家族の老後を家族間ですべて背負い込むのではなく、重荷を誰かに預けるという選択肢をつくることが、連鎖を断ち切る第一歩になるのだ。
「誰しもいつか、介護される側になる可能性があります。そのとき子どもに重い負担を負わせたくないならば、2.5人称の立ち位置の人に委ねるのもアリ。それを家族で共有してもらいたいのです」
「肩の荷が下りた」「ラクになった」そう言って親と離れた人たち
「設立当初は70~80代向けのサービス。そのときは利用者に“ありがとう”という言葉をもらうことが多かったですが、子ども世代からの相談では“肩の荷が下りた”とホッとする姿が印象的です」
と話す遠藤さん。40~50代の女性は、家庭の負担も大きい世代。もともと反りが合わない親と対峙する重荷から解放された安堵感は大きい。
「音信不通の父親の介護は私の役目?」
Aさん(50代)は、幼いころに両親が離婚。父親とは数十年も音信不通だったが、ある日突然、父親の介護を引き受けてほしいと行政から連絡がきて衝撃を受けた。付き合いのなかった父親の面倒を自分が見なければならないモヤモヤに加え、金銭面も悩みの種。一縷の望みで代行サービスを探し当て、これらを相談した。すると自分は一切関わることなく、父親の年金の範囲で介護サポートが実現。親のために自分の時間を犠牲にすることなく、解決できた。
「葬儀のとき、自然と母に感謝の言葉が出た」
母親との関係が悪く、できれば顔も合わせずに逝ってほしいと願っていたBさん(50代)。納骨まですべて家族代行に依頼した。4年間、母のサポートをすべて任せて過ごすなかで、ゆっくりと親との関係を見直す時間を持つことができた。葬儀の日が訪れると、あれほど嫌っていた母の顔に触れ、自然に「ありがとう」の言葉を口にしていた。今、母と距離を置いたことがよかったと振り返っている。
教えてくれた人は……遠藤英樹さん
●終活相談ができるコミュニティカフェのマネージャーを経て、'19年から一般社団法人LMN代表に。『クローズアップ現代+』(NHK総合)など、テレビや雑誌等で介護や看取りをめぐる家族の実情を発信している。
<取材・文/河端直子>