「雄大は素直ないい子だったよ。うちには大きな水槽があって、そこにいる金魚をよく見に来ていた。だけど、自宅にいるより、児童相談所(以下、児相)にいる期間のほうが長かったかな……」
男性は戸惑いの表情を浮かべていた。
容疑者に代理ミュンヒハウゼン症候群の疑い
2月20日、神奈川県警捜査一課と大和署は、同県大和市の自称看護助手の上田綾乃容疑者(42)を逮捕した。19年8月6日、自宅アパートで次男・雄大くん(当時7)の鼻と口をなんらかの方法で塞ぎ、窒息死させた殺人の疑いだった。事件が起きた日、容疑者みずからが“(子どもが)突然、苦しみだした”と119番通報したのだが、
「司法解剖の結果、口などの皮膚にはがれたような跡があり、後頭部には強い力が加えられたような皮下出血があった。さらに、雄大くんに異常があってから、通報までには40分ほど時間が経過していたという不審な点もあった」(全国紙社会部記者)
取り調べに、綾乃容疑者は容疑を否認しているという。
「実は雄大くんは生後4か月のときにも心肺停止で病院へ搬送されて一命をとりとめています。その後はしばらく児相に引き取られていた」(同・社会部記者、以下同)
20年ほど前、容疑者には前夫がいて、その間に2人の子どもがいたのだが、
「長男は生後5か月でミルクの誤えんで、長女は生後1か月で乳幼児突然死症候群で共に亡くなっていた。その後、前夫と離婚して、現在同居する男性との間に雄大くんが誕生したんです」
2子の死を不審に思っていた児相が、雄大くんの命を守るために一時保護。
「その後、雄大くんは自宅に戻るも、同居の男性との間に生まれた第4子が1歳5か月で死亡し、再び児相が雄大くんを一時保護しました」
児相が横浜家庭裁判所に施設入所措置を申し立てるも却下。一時保護が解除された9か月後に、雄大くんは死亡。
「県や市は、容疑者に“代理ミュンヒハウゼン症候群”の疑いがあるとみていたが、結局は命を守ることはできなかった」(前出・社会部記者)
刑事責任は問われてしかるべき
代理ミュンヒハウゼン症候群とは、いったいどのようなものなのか。児童虐待や犯罪学に詳しい南部さおり・日本体育大学教授はこう説明する。
「77年に小児科医が発表した虐待の一種。子どもに対する複雑な虐待で、人格障害などがベースにある人もいれば、精神的な問題のない人もいます。虐待で何らかの精神的な満足を得るとされていて、子どもに危害を加えて医療者には虚偽の報告をしてバレないように細工する知性があり、冷静沈着に行動することもできます」
この特徴からも“代理ミュンヒハウゼン症候群は精神疾患ではない”と南部教授は断言。
「刑事責任は問われてしかるべきです。今回は、突発的に雄大くんを殺害した上で、自分が疑われないために救急車を呼び、病死を装っていると考えられます」(南部教授)
容疑者と同居の男性と交流があった冒頭の知人男性は雄大くんについて、
「雄大は人見知りでね。最初はこちらが挨拶しても返事してくれなかったけど、お母さんに“ちゃんと挨拶しなさい”と言われて、小さな声で“こんにちは”って」
児相の施設から2年半ぶりに戻ったころには、
「雄大がまだ生まれたばっかりの三男(第4子)をベビーカーに乗せて押していたのよ。どこの親子とも変わらない光景だったんだけど」(知人男性、以下同)
雄大くんの父親である同居の男性は、今も容疑者と住んでいたアパートに籠もり、報道陣に沈黙を保っている。
「“女房(容疑者)のことを信じている”と言っていた。“3年前の事件を今になって逮捕するのはおかしい”と警察に不信感を抱いているよ」
事件の真実はどこにあるのか。いま確かなのは、幼く尊い命が消えたことだけだ。
南部さおり教授 日本体育大学スポーツ文化学部武道教育学科教授・医学博士。専門分野は法医学・刑事法学・スポーツ危機管理学。児童虐待に関する著書もある