東京の街をやさしく照らす、東京スカイツリー。2012年2月29日に竣工し、今年で10周年を迎える。
東京スカイツリー最大の魅力といえば、やはりライトアップだろう。東京の夜空で幻想的に輝くツリーの姿は、見る者にいつも感動を与えてくれる。
この美しいライトアップを照明設計者の日建設計やライティングデザインのシリウスライティングオフィスとともに演出するのは、家電などで私たちの生活でも身近なパナソニック。ツリー開業2年前の2010年にライティングパートナーに選ばれ、当時世界でも類を見ない、オールLEDによる大型建造物のライトアップに挑戦することになった。
開発の舞台裏や、2019年の大規模リニューアル工事など、ツリーとともに歩んだ試行錯誤の10年を照明機器担当者に聞いた。
【1】前代未聞の挑戦だったスカイツリーのライトアップ
ここ数年で急速に普及したLED。例えば東京都では、LED信号機の普及率はいまや100%だ。だが、パナソニックがライティングパートナーとなった2010年当時は、家庭用のLED電球がようやく普及し始めたころだった。
パナソニック・エレクトリックワークス社ライティング事業部エンジニアリングセンターの上田泰佑さんは、
「高さ634mもの巨大な建造物をオールLEDでライトアップすることは、当時ではありえないほどの大きなチャレンジでした」
と振り返る。スポーツスタジアムや大型商業施設などの大規模物件でLED化が進み始めたのは、ここ最近のこと。フィラメントが発光する蛍光灯や白熱電球と違い、LEDは半導体素子そのものが発光する。LED照明器具については、当初は家庭用の製品しか存在しなかった。
「LEDは大光量になるほど発熱量も大きくなるため、放熱がうまくできなければ破損してしまいます。そのため大型建築物での導入は難しいとされ、光量が小さい家庭用の製品が最初に普及したのです」(上田さん、以下同)
つまり当時、東京スカイツリーを照らすようなLED照明器具は存在しなかった。すべてを一から作るしかない。
「光量、投光角度の計算、ライティングデザイナーがイメージする色の表現など、前例のない照明設計のなかで開発されたLED照明器具は、東京スカイツリーのためだけに作られた特注品です。耐風速、耐震性、耐雷性の品質基準も最高レベルのもので、現在もここでしか使われていません」
【2】補強工事にもエピソード
東京スカイツリー専用のLED照明器具は、現在2362台が設置されている。2019年9月から約9か月にわたって大規模なライティング増強工事が行われ、347台が増設された。
「東京オリンピックを控え、東京の玄関口である羽田空港からの視認性向上と、より躍動感のあるライティングを目指したリニューアル工事でした」
東京スカイツリーから羽田空港までは約18km。実際の視認実験は、羽田とほぼ同距離の約19km離れた埼玉県越谷市で行われた。
「大型トラックをレンタルして、ショッピングモールの駐車場に向かいました。関係先のスタッフみんなでトラックの荷台に乗り、墨田区の東京スカイツリーからの光を確認したんです。光の出力や照明機器の設置台数を決定するため、この実験を5回行いました」
リニューアル工事では、照明機器の増灯だけでなく、LEDの性能もバージョンアップ。従来と比べ、約10倍もの明るさを表現できるようになった。
【3】こだわりの色表現とは
リニューアル工事前から、ライティングの基本パターンは3種類。水色と白色の爽やかな光が特徴の『粋』。江戸紫をテーマカラーに、金箔のきらめきをゴールドで表現した『雅』。縁起がよいとされる橘色を基調とした『幟』が、日替わりで披露される。
このほか、バレンタインやクリスマス、オリンピックなどの行事では「特別ライティング」が披露されることも。リニューアル工事後は明るさだけでなく、より複雑な色の演出も可能となった。
「ライティングデザイナーがイメージした光を忠実に再現できるよう、色の表現にはかなりこだわっています」
従来はR(赤)、G(緑)、B(青)の3種のLED素子を組み合わせて色を作り出していた。リニューアル後は、これにW(白)のLED素子を加えたRGBWの光源を導入。なんと約42億色もの表現が可能に。
「各色のLEDに合わせて設計した専用レンズを組み合わせることで、よりきれいな光の色みと高出力を実現しています。カメラ製造の歴史で培ってきたパナソニックのレンズ設計技術が、東京スカイツリーのLED照明でも生きています」
【4】明るいのにまぶしくない工夫
リニューアル工事後、都民から多く寄せられたのが「ツリーのてっぺんが明るくなってる!」という声。アンテナ設備があるツリーの先端部分は「ゲイン塔」と呼ばれ、地上497mから630mの部分にあたる。
「新たに設置した347台の照明機器のうち、179台をゲイン塔に設置しました。従来に比べて光が均一に照射され、ゲイン塔自体が発光して見えるようになりました」
ゲイン塔を明るく照らしつつ、かつ遠くからも見えやすくするには、単に光量をアップさせればいいわけではない。光がムダに拡散する光漏れをすることなく、いかに効率よく配光制御ができるかがカギとなる。そこで採用されたのが、超狭角のピンスポット照明器具だ。
「7度という超狭角の配光を実現する照明器具、ダイナシューターです。LEDに2枚のレンズを組み合わせ、光漏れの少ない超狭角のスポット光が投影できるようになりました。これをゲイン塔の最頂部の630mに設置しました」
以前は暗く見えがちだったゲイン塔部分が、今ではくっきり。ツリーの高さがより強調されるライトアップとなった。明るさが向上したぶん、心配になるのが周辺住民への影響。特に都市部では「光害」が問題になることが多いが、この対策にも実はダイナシューターの性能が役立っている。
東京スカイツリーを間近で見たことがある人は、タワーが外に放つ光よりも、タワーそのものを光らせる間接照明のやわらかい光のほうがメインであることに気づくだろう。
「本工事の時点から光害には配慮しており、タワーは間接照明でのみ照らしています。リニューアル工事でゲイン塔の輝度をアップした際も、遠くからよく見え、逆に近くからは見えにくい配光の照明器具を採用しています」
地上630m地点のゲイン塔最頂部にあるLED照明器具は、遠くからよく見えるよう外向きの照明となっている。ただし、ダイナシューターの超狭角ピンスポット光は18km先をターゲットとしているため、近くからはまぶしさを感じない。
例えばコンサートのステージ上でアーティストに明るいスポットライトが当てられていても、その周辺は暗く、光の影響を受けないのと同じ理屈だ。
本工事からリニューアル工事までの7年間で、色の再現性、光量などLED照明器具の性能は格段に進歩した。ツリー周辺の光害という問題にも配慮しつつ、遠くからの視認性は向上させるという相反する難題にも、最新の技術で見事に応えたかたちだ。
【5】関係者が明かすビュースポット
東京スカイツリーのライトアップには、熱烈なファンも多い。
「点灯パターンを動画ですべて撮影して、SNSにアップしてくださっている方もいらっしゃいます。こちらが撮影した動画よりきれいなものもあり(笑)、ときどき参考にさせていただいております」
ライトアップをもっと楽しむための豆知識を最後に教えてもらった。
「私たちが照明確認をする際は、墨田川の吾妻橋や十間橋、源森橋からの眺めを参考にします。東京スカイツリーがきれいに見える、おすすめのスポットです。じっくりと観察してみてください」
人々を楽しませ、癒すやさしい光は、陰の立役者たちによりこれからも灯され続ける。
(取材・文/植木淳子)