本来、家庭で大人が担うべき子育てや介護を任される子どもたちは「ヤングケアラー」と呼ばれ、彼らの社会的支援の必要性が認識されるようになってきている。埼玉県・白岡市で暴行により死亡した15歳の少年も8人きょうだいの大家族で、弟や妹の面倒を見るため不登校になっていたヤングケアラーだったと報道されている。
2019年1月24日、千葉県野田市で起きた『野田小4女児虐待事件』。両親による虐待で死亡した栗原心愛さんもまた、「ヤングケアラー」だった。
心愛さんの母親は、次女を出産後、精神的なバランスを崩し入院。夜中に次女が泣き止まないと、心愛さんも父親と一緒に起きて次女をあやしていた。母親は退院してからも家事ができず、心愛さんは食事は自分で作り、次女の面倒を見なければならい時期があったという。
本稿では、「加害者家族」の中のヤングケアラーに焦点を当ててみたい。
時代から取り残された家族
「新聞を読んで、息子は“ヤングケアラー”だと思いました。将来がとても心配です。どうか、少しでも力になって頂けますと助かります」
刑務所から送られてきた手紙には、約20年前に強盗殺人事件を起こし、無期懲役で服役している受刑者・山口(仮名・50代)からの家族に関する相談が書かれていた。山口は事件当時、会社を経営しており、知人との金銭トラブルにより知人を殺害するに至った。彼には妻と、当時高校に入学したばかりの息子がいた。
山口の妻・香代子(仮名・50代)は夫が逮捕されるや否や、自宅の二階から飛び降りて自殺未遂を図った。息子はその場に居合わせており、この瞬間から母親の側を離れることができなくなってしまう。香代子は一命を取り留めたが精神のバランスを崩し、怪我が完治したあとも数年の間は精神病院への入退院を繰り返していた。
息子は高校を退学し、母親の面倒を見る生活となった。しばらくは、祖父母も母子を援助していたが、すでに双方の両親は他界し、現在は母子ふたりきり生活保護を受けて暮らしている。
30歳を過ぎた息子は友人もなく、母親以外の人間と話をする機会さえない。しかし、息子本人から話を聞く限り、今の状況に不安や将来への危機感を抱いていない。
20年近く母子だけで生活してきた息子とって、むしろ他人と関わることのほうがストレスだという。香代子も息子を夫の代わりのように頼っており、罪悪感は見られない。
山口は、判決が確定した段階で妻に離婚を申し出ていた。
「出所はいつになるかわからないし、刑務所からは何もできないので……。それでも、妻は息子と一緒に待つと言っています。ありがたい反面、現実が見えていないことが心配になるのです」
香代子と息子にとっては、事件が起きた日から時間が止まったままなのだ。
「主人には一日も早く戻ってきてもらって、事件前のような生活に戻りたいです」
香代子は涙ながらにそう話すが、山口が出所できるのは早くても十年以上先で、そのころは高齢者になっている。塀の「外」にいる家族の方が社会から孤立し、社会の動向に疎く、取り残されてしまっているケースも存在するのである。
「遊ばない子ども」だった
節子(仮名・20代)には知的障がいを持つ弟がおり、弟は近所の子どもにわいせつ行為をし、逮捕された。節子の父親はギャンブ依存症で借金を抱えていた時期もあり、母親は仕事で忙しく、幼いころから節子が弟の面倒を見ていた。
事件後、弟の社会復帰に関して、弟の支援者と節子は意見が合わず対立していた。支援者は、節子や母親が弟に対し過干渉であり、性の問題への理解が不十分であることを問題視していた。その点については、筆者も同感であり、再犯防止の観点からも家族より専門家に任せる提案を支持したが、
「家族の問題は家族で解決します!」
節子はそう言ってキッパリと支援を拒んだ。
父親は、節子は遊ばない子どもだったと話す。
「妻は待望の長男が生まれ、発達が遅れているという事実にひどくショックを受けていました。その分、娘に過剰な期待をするようになっていったんです」
節子は家でテレビを観ることも許されず、食事の手伝いや後片付けをするとすぐに部屋に戻って勉強をしていた。成績は一番でなければ母親は納得しなかった。
節子の父親は、家庭で安らぐことができなくなり、いつのまにかギャンブルにのめり込むようになっていった。
「遊んでたら立派な大人になれないよ、お父さんみたいに駄目な人間になる」
母の言葉に、遊ぶことは悪いことと吹き込まれていた。節子は学校でも優等生で、周囲の大人からはいつも「良くできた子ども」と褒められる存在だった。一方で、融通が利かないところも目立ち、さまざまな場面で人と衝突することも多かったという。
幼いころから他人を頼ることをせず、問題はすべてひとりで解決してきた節子。だが、ヤングケアラーとしての彼女の過去を理解することで、筆者は少しずつ歩み寄ることができた。結果、節子は弟を専門の支援者に委ねることを決断した。
責任感が強い家族ほど、問題を抱え込み、その結果、事態を悪化させてしまう可能性もあるのだ。
支える家族を美化しないこと
家庭における子どものSOSを拾うことは、虐待や貧困という大人が抱える問題を発見し、事件を防ぐことにも繋がる。
だが現代では、家族のための犠牲を美化する風潮は未だに残っている。加害者家族の中にも、今回の事例のように、本人も気付かぬまま自らを犠牲にしてしまっている子どもたちも少なくない。
加害者家族に限らず、親兄弟の面倒をよく見る子どもへの「いい子だね」「えらいね」という何気ない言葉。子どもたちの本音を塞いでしまうことのないよう、気をつけたいところである。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。