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 人生における夫婦の転機は、前半が子どもの誕生なら後半は間違いなく夫の定年だ。子どもが巣立ち、夫婦ふたりで水いらず……というのが理想だが、現実はそううまくはいかない。

妻のホンネ「定年後も働いてくれ」

 夫が定年になっても妻の負担は減らないどころか、お昼ごはんの支度まで加わってより大変になるのがオチ。趣味に打ち込まれたら打ち込まれたで、お金は出ていくのでそれもまたモヤモヤ……。

 夫がまだ現役という人も、コロナ禍の在宅ワークで夫が1日じゅう家にいるストレスを痛感した人も多いだろう。

 妻の日中の自由は奪われ、「こっちが好きに外出するのもままならないなんて絶対イヤ!」、「とにかく外に出て働いてほしい!」というのがおそらく妻たちの本音なのだ。

 一方、夫側はどう考えているのだろう。そもそも、定年後のシニアでも仕事はあるのだろうか。

 ここで退職後の就業に成功した小室さん(仮名)の実例を紹介しよう。長年勤めた会社を60歳で定年退職したあと、再雇用で同じ会社に2年在籍。その後、62歳で退職を決意した。

「経済的には65歳まで残ったほうが得なことはわかっていましたが、取り組んでいた仕事もひと区切りつき、やりきった感がありました」

 奥さんに相談したところ、 経済的には残ったほうがいいとは知りつつも、「やりたいことがあるなら好きにしていいんじゃない」と言ってくれたという。

「特にやりたいことがあったわけではなかったのですが、妻のその言葉でふんぎりがつきました」

 それから2か月ほどは憧れていた悠々自適の暮らし。のんびりはしたが、長くは続かなかった。

「長年働いていた生活のリズムが崩れ、身体に緊張感がなくなっていくのを感じたんです。このままではまずいと仕事を探し始めました」

 最初は前職で経験のある商品開発や小売りの仕事につきたいと希望していたが、状況は厳しかった。

「シニア向けの仕事はたくさんあっても職種は限定されていると再認識しました。その後、気を取り直して希望職種を変え、ビルやマンションの管理人を中心に応募することにしました」

 希望職種は妥協したが希望条件は譲らず、5か月ほどの求職活動の末、いまは自宅にほど近いビルの管理会社で9~17時まで週5日、バリバリ働いている。

「ほぼ希望どおりの条件で決まりました。今の仕事は自分のペースでできるし、お客様を見ながら仕事ができる充実感もあり、満足しています」

プライドやキャリアより、頭のやわらかさが大事

 小室さんが感じたように、定年後のシニアの求職でぶち当たるのが、自分の希望と現実のギャップだ。それは言い換えれば、自分が感じている自分の価値と、世間が見ているシニアの価値のギャップともいえる。

 シニアの仕事探しを支援している東京しごとセンターのシニアコーナー相談員の内野貴世子さんは、「そこをうまく乗り越えられるかどうかが分かれ目」だという。

「第一線で働いてきたキャリアや、管理職のポストに就いていた経歴があっても、それが必ずしも歓迎されるわけではなく、生かせる職種も多いとはいえません。収入が希望に満たないこともほとんどです。最初は多くの人がその現実にショックを受けます」

 シニア向けの転職サイト、マイナビミドルシニアのマーケティング部・篠崎護さんも、中高年以降の職探しの厳しさを指摘する。

「50歳を越えると希望がかなうのは専門性の高い職種だけ。年収1000万以上の方が55歳で早期退職して200万~300万円減を覚悟して探しても、実際は年収500万円以上も厳しい。60歳以上になるとパートやアルバイトの求人がほとんどです。

 また、せっかく仕事を見つけても奥さまに『そんな仕事……』と言われて就職自体をあきらめる人もいます。でも、働くことでやりがいを感じられたり、健康を維持できている人もいるので、働くことの意味を夫婦で考えるいい機会にしてもらえればと思います」

 シニアに職がないわけではないという。

「いままでの価値観を見直して広く目を向ければ、管理人や警備、清掃など、シニア男性に求人が多い職種も多数あります。偏見を捨て、新しい仕事への意欲を持つこと。

 それには奥さまの理解と協力が後押しとなります。そこがうまくいけば70歳以上でも仕事を継続できる人が多いです」(内野さん)

 夫を働かせるためには妻のほうも、もうひとふんばりせねばならないようだ。

65歳以上で働いている人は加速度的に増加しており、2020年に900万人を突破し、過去最多となった(出典 総務省「労働力調査(基本集計)」2021年度)

シニア男性に多い求人はこの3つ!

【清掃】 時給の目安:1050~1200円

 ビルやマンション、商業施設などの建物の清掃がメイン。特にマンションは共用部分の清掃のみの場合が多く、初心者でも採用されやすいうえ仕事の難易度も低い。清掃する場所で勤務時間は変わり、短時間での仕事も多いので自分の時間を確保したい人にはおすすめ。

【警備員】 時給の目安:1050~1200円

 ひと口に警備といっても、シニア採用の多くはビルや商業施設での「施設警備」と工事現場や催事などでの「誘導警備」で、ほとんど危険性はない。規律を守るまじめさが買われる職種で、チームでの交代勤務が一般的なので同世代の仲間づくりもできそう。

【管理人】 月給の目安:15万~23万円

 ほとんどが分譲マンションや賃貸マンションでの管理業務。業務は多岐にわたるものの、住人とのコミュニケーションをとりながら務めるサービス業なので、人生経験や人柄が重視され、シニアにはぴったりの仕事。平日8時半~17時前後のフルタイムでの雇用も多い。

「最初から希望する人は多くありませんが、採用率は高く、やりがいのある仕事ですよ」(シニアの職探しの専門家・内野貴世子さん)

段階を経て少しずつ意識改革を

 働くことに同意はしても、職探しで挫折されたら妻としてはたまったものではない。夫の働く意欲をかきたて、うまく就職へとつなげるには具体的にやるべきことはなんだろう。東京しごとセンター課長の村野哲寛さんは夫婦での話し合いが大事だという。

「ご本人も就職活動なんて何十年もしたことがないわけですから、戸惑って当然、わからなくて当たり前です。まずはその状態を理解してあげること。そのうえで、ご夫婦で定年後のライフプランを整理し、いつまでいくら収入が欲しいのか、どんな働き方をしたいのかを明確にすることが第一段階です」

 妻側からすれば、「働く」か「働かないか」という二択ではなく、「働くほうがいい」という前提で話が進められると理想的。

 長年働いた夫は「定年後くらいはゆっくりさせてくれ」と思うかもしれないが、そこは、頑張りを十分ねぎらったうえで、働き続けることのよさをアピールしたい。オーバーなくらい感謝や励ましを伝えると、夫もまんざらでもないはず。

 また、自分もパートを続けたり、外で働かないなら家事は快く引き受けたりと、ともに頑張る姿勢を見せるのもポイントだ。

無料の相談やセミナーを最大限利用

 次なるステップは、ハローワークなどが開催している無料のセミナーや講習会に行ってみること。

 例えば「東京しごとセンター」では、55歳以上向けのさまざまなセミナーが無料で開催されている。再就職支援セミナーでは、履歴書の書き方から仕事の探し方など、就職活動の基礎を教えてくれる。

 再就職した人の体験談が聞ける再就職応援セミナーやシニアに求人が多い職種の内容がわかる職場転換セミナーなどもある。

 まずはどんなセミナーでもいいからとにかく行ってみることがいちばん大事。

「ちょっとのぞいてみる、ちょっと話してくる、という気ラクな気持ちで足を運んでほしいですね。本格的な職探しの前に準備運動の感覚で利用すると情報が入ってくるし、視野が広がります。

 人の話を聞いたり話したりしているうちに、自分の希望や考えも固まってくる人が多いですね。奥さまが情報を集めてさりげなく促してみるのも効果的だと思います」(内野さん)

 ひとり家にこもっていると自分の考えに固執し、不安感や孤独感がつのるばかりだが、外に出てみれば自分と同じような境遇の人がたくさんいることがわかる。

活動期間は平均6か月、職種の偏見を捨てるべし

 実際の職探しは最後のステップだ。ここまでの2段階を踏んだうえで始めるのと、いきなり職を探すのとでは雲泥の差。気持ちの準備が整って初めて、実際の求職活動をするのが正解だ。

 公的、民間の就職支援機関を使いながら、応募を繰り返し、職が決まるまでの活動期間は平均6か月程度。それまでにもうすうす気づいてくるものの、改めて理想と現実のギャップに打ちのめされたり、不採用が続いて落ち込むこともあるだろう。妻としてもショックだが、ここではぐっとこらえて決して夫を追い詰めないこと。

「プライドがあって弱音を吐いたり、愚痴を言うのが苦手な男性も多いですが、ひとりで考えすぎて行き詰まるのがいちばんよくない。

 奥さんが受け止めてあげて、よき理解者、相談者になってあげること。人と話すうちにその会話の中で気づきが得られ、また前向きな気持ちで活動に臨めると思います」(村野さん)

 たとえ職が決まっても、ほとんどの場合、希望どおりではないだろうが、たとえ当初のイメージとまったく違うものだとしても落胆することはない。

 それは年月を経て夫が社会に果たす役割が変わっただけのこと。夫の新たな役割を気持ちよく応援したい。結局は妻にとってもそれが得なのだから。

リタイアした夫を気持ちよく働かせる3ステップ

《ステップ1》夫婦で話し合って、働く意味を整理

 まずは、この先のライフプラン、マネープランを夫婦で共有すること。いつまで、どのくらい働くのか、特に経済的に働かなければならない場合は、いつまでにいくら収入が必要なのかを明確にしたい。

 妻としては、傍観者ではなく当事者感覚を持つことが大切。「働いてくれてありがたい」「元気で働けてすごいね」などの声かけで夫のモチベーションアップを。

《ステップ2》何でもいいから、セミナーや講習会に行かせる

 いきなり求職活動を始めるのではなく、まずはゆったりとしたペースでスタート。無料の相談やセミナーなど、なんでもいいから行かせられれば大成功。視野が広がるので、そこから自然に意識改革へとつながるはず。

 この時期は仕事の探し方や職種の仕事内容など、シニアを取り巻く仕事事情が理解できればOK。同じような境遇の仲間や体験者談を知る効果も大きい。

《ステップ3》希望職種を絞って求職活動

シニアの仕事事情がつかめ、自分の希望もはっきりしてきたところで実際の求職活動スタート。就職支援機関は大きく分けて2種類ある。

 ハローワークに代表される公的機関は地域にもよるが、職探しに役立つサービスが充実していて、履歴書の書き方指導や面接対策などの無料セミナーも。民間のいわゆる転職サイトでも、シニア部門が設けられている会社もあり、利用価値大。

〜妻が持つべき心得3か条〜
【1】決して責めない、強制しない
【2】情報提供はさりげなく
【3】協力者、相談者の意識を持つ

〜夫に持たせるべき心得3か条〜
【1】働くことを前向きに捉える
【2】プライドやこだわりを捨てる
【3】社会の役に立つ喜びを感じる

定年後も夫を働かせたい妻たちのホンネ座談会

 仲よし4人の妻たちが定年後の暮らしについてぶっちゃけトーク!

A代さん 56歳 夫は62歳で再就職2年目
F美さん 52歳 夫は58歳で定年間近
K恵さん 49歳 夫は2歳年上で働き盛り
J子さん 44歳 夫は5歳年上で団体職員

A代・このなかで旦那の定年を経験してるのは私だけだよね。

K恵・コロナ禍で旦那がずーっと在宅ワークなんだけど、これが定年後の暮らし?と思ったらゾッとしちゃった。

J子・わかる~! なんで昼間にいるの?って思うよね。私たちがパートに出てるからまだいいけど、1日じゅうずっと夫婦ふたりなんて……。

F美・絶対定年後も働いてもらわないと、だよね。

J子・でもさ、男って定年したら悠々自適が夢って思ってない? そんなの団塊の世代までの話だっつーの。

A代・考え方が古いんだよね。アップデートされてない。

K恵・悠々自適なんて年功序列で順調に昇給して退職金ガッポリもらえた時代の話じゃん。

J子・子どもの教育資金がかかって老後資金まで手が回らないよね。

A代・うちは旦那の定年時に子どもがまだ大学生だったから問答無用で再就職だったけど、活動中はナーバスだったなあ。

F美・すぐ決まった?

A代・3か月。専門職だから早いほうだと思うけど、やっぱり何社も落ちたりするからさ。

K恵・気、使うね~。

A代・私は何も言わないって決めてたけど、いま考えるとバカ明るいくらいの妻を演じたほうがよかったのかも。

J子・めんどくさっ。

F美・うちはあと2年だあ。

A代・絶対話しておいたほうがいいよ。世間話風でいいから「パパどうするつもりなの~」とか、「どんな仕事があるのかしらね~」とか、さりげなく。

K恵・働いていたほうが収入はあるし、若くいられるし、家族には煙たがられないし、いいことばっかよね。

J子・そこ強調するしかないな。

A代・だからさ、私、パートから疲れて帰ってきても嫌な顔しないで、「ああ、この年で働けて幸せだわあ」とか「何もしないと1日って長いね」とか、独り言みたいに会話にはさみ込んだ!

K恵・うまい!

J子・人生長いんだから、お互い働けるうちに適度に働いて、そのお金で楽しむのが健康的で平和だよね。

K恵・何が平和かって、旦那が留守なのがいちばん平和。私たちの老後の幸せのためならひと芝居打つわよ!

(取材・文/野沢恭恵)