ウクライナのゼレンスキー大統領。国民を鼓舞する発言が注目される

 2月24日、ロシアが隣国ウクライナに武力侵攻を開始。3月11日までに3回の停戦協定が行われたが具体的な進展はなかった。民間人への攻撃も激しさを増し、多くのウクライナ人が住み慣れた土地を追われ、日常を奪われ子どもたちも犠牲になっている。

 世界中から戦争反対と早期終結を求める声があがり、ロシア、プーチン大統領への非難が高まる。

ロシアの侵攻を止められなかったワケ

「プーチン氏が目指すのは“大ロシア復活と栄光復帰”。かねて、ソ連崩壊は間違いだった、旧ソ連の国々を取り戻したいと訴えていました」

 そう話すのは軍事ジャーナリストの黒井文太郎さん。

軍事ジャーナリスト黒井文太郎さん

 理不尽な開戦理由を掲げ、武力で他国を侵略するロシアを国際社会は止めることはできなかったのだろうか。

「米ソ冷戦終結後、アメリカは“世界の警察”として有事の際に国連安保理を通して武力介入してきました。ですが、イラク戦争で多くの犠牲を出したこともあり、2010年代初期にアメリカはその役割から降りた。それ以降、紛争を和解に導き、秩序をコントロールする国がなくなった」(黒井さん、以下同)

 よくも悪くもアメリカの軍事力が抑止力になっていた。それが機能しなくなったことで世界の均衡が崩れたのだ。最初に行動に移したのがプーチン氏だった。

「'14年のクリミア侵攻などでアメリカが軍事介入しなかったことをプーチン氏はチャンスと捉え、野望を叶えるための行動に出たのです」

 国際安全保障に詳しい立命館大学の宮脇昇教授(国際政治学)も欧米など、民主主義の国が弱くなったと指摘する。

国際政治学者 宮脇昇教授

「1990年代のロシアは非常に自由な国でした。しかし、プーチン氏が大統領になってから国家権力が強くなり、情報統制が行われるようになって同国の民主主義も弱くなっていった。'10年から'12年にかけて中東、北アフリカの各国で『アラブの春』と呼ばれる民主化運動が起きました。ですが、その後失敗に終わりました。ミャンマーやタイでも軍事クーデターが起きています

 今回の戦争を通し、私たちの生活は大きく変わろうとしている。宮脇教授が説明する。

「'14年ごろからの国際社会の状況を『第二次冷戦』と考えています。情報も経済も戦争状態です。さらに今回のロシア・ウクライナの武力侵攻をきっかけに世界の国々は再び西側と東側に二分される冷戦に戻っていくでしょう」

戦争は各地で起きている現状

世界に目を向けると日本の周りには戦争、内戦状態、国境でのにらみ合いなどが続く地域がいくつもある(一部抜粋)。その原因は何か、調べ知ることも大切

 前出の黒井さんも危機感を募らせる。

「国際連合の本来の目的であるはずの戦争を止めるというメカニズムが完全に破綻しています。東西冷戦の様相を持ちながら力あるものが勝つといった第二次世界大戦時代に戻ってしまう危険があります。非民主主義が連携して領土的野心や人権抑圧を推し進め中南米やアフリカなど各地で起きる紛争に国連が動けないことを誰も止められない」

 世界に目を向けたとき、火種がくすぶり続けている国や地域はいくつもある。

 戦争は日本の周辺諸国で起きていないだけで、イラク戦争以降も各地で起きている。

「ロシア・グルジア戦争や昨年はアゼルバイジャンとアルメニアの戦争もありました。今回のように戦争が私たちの肌感覚に近くなってきた背景にはSNSを通し、情報が入ってきて戦争がリアルタイムで伝わってくるようになったからです」(宮脇教授)

 では次に危険な地域はどこか。識者に聞いてみると─。

 最も危険性が高いのが中国と台湾の台湾海峡問題だ。

 黒井さんは「実はここ1か月くらいでガラッと状況が変わりました」と前置きをしたうえで説明する。

「ロシアのウクライナ侵攻前は台湾海峡や南シナ海の情勢は非常に危うかった。中国をどう封じるかというのがアメリカを含め各国にとっての大きな問題でした」

 前述の理由からアメリカの抑止力が効かないとなれば中国が実力行使に出る可能性は十分に考えられた。

 中国はロシアとタッグを組み、連合としてアメリカらと対峙するというシナリオを考えていたとみられる。

「今回のウクライナ侵攻でその動きは一時的に止まったと推測できます。ロシアは大義名分もなく犯罪的に侵攻をしたことで世界中から非難を浴びています。これでは中国の習近平国家主席もかばいきれない。今ロシアと手を組めば自分たちも世界中から非難されるだろう、と」(黒井さん)

在日米軍基地が攻撃される可能性も

 一方、宮脇教授の見解は、

「ウクライナの行く末に左右されます。もし、ロシアの思いどおりかつ被害が少ない状態で戦争が終結すれば、中国が動く可能性は高まる」

 侵攻が失敗に終わり、軍がクリミアを残して撤退することになれば、台湾海峡問題について中国も慎重にならざるをえなくなる。

「ベトナム戦争でアメリカが撤退した後や、ソ連のアフガニスタン侵攻の失敗後のような状況になりうるからです。戦争を起こさない、という意味ではいいと思います。今回、国際世論の感情を動かしたのはSNSでした。発信者にはロシア兵もおり、現場の兵隊がリアルタイムで情報を発信するというありえないことが起きている。情報漏れや人道被害が流れれば戦意も下がる。同じような事態が今後、ほかの国でも起きる可能性はあります」(宮脇教授)

 もっとも台湾海峡の有事が起きれば日本も無関係ではいられなくなるのだ。

「日本には在日米軍がいますので台湾有事は、同時に日本の有事です。在日米軍が台湾を支援すれば日本が戦争に直接加担しなくても沖縄や日本国内の米軍基地は攻撃されるでしょう。攻撃を受ければ日本有事なので、自衛隊が防衛出動します」(黒井さん、以下同)

ロシア、北朝鮮の脅威と第三次世界大戦

 7日、習近平氏は中国軍を海外に派遣して活動させる根拠法の整備を進める意向を示した。

「ロシアも脅威です。戦闘機や潜水艦といったロシア軍による牽制は増えると思います。日本だけでなく、ヨーロッパも国境が接する北欧でロシア軍が牽制する頻度が増えました。日本とロシアは敵対していないと思っていてもロシアから見た日本は敵国です」

 現にロシア政府は日本を「非友好国」に指定している。

「もし戦争にNATO軍が介入すればロシアとの第三次世界大戦になるかもしれない。日本は直接、戦闘に参加しなくても援助はするでしょう。在日米軍も戦争準備態勢に入ります。そうなると東アジアも緊張感は高まります。ロシアは遠くない国なんです」(宮脇教授)

 もうひとつの脅威は北朝鮮。

「北朝鮮は何をやっても国連安保理が機能しないのはわかっていますからミサイルは撃つでしょうし、核実験もやると思います。ICBM(大陸間弾道ミサイル)の実験もするでしょう」(黒井さん)

中東・アフリカの深刻な情勢

 そしてより深刻になっていくのは中東問題だ。危険視されているのはイラン。出方次第ではイスラエルと戦争になるリスクも指摘される。特定非営利活動法人アクセプト・インターナショナルの代表理事でテロリストとの交渉や中東・アフリカ事情に詳しい永井陽右さんも指摘する。

NPO法人アクセプト・インターナショナル永井陽右代表理事
 

「イランがサポートしているとみられるイエメンのフーシ派は国連安保理でテロ組織と認定されました。サウジアラビアやアラブ首長国連邦に対してドローンを使ったり、ミサイルなどで攻撃しており、状況は緊迫しています」

 そしてアフリカの情勢はかなり深刻なのだ。

特に内戦が続くエチオピアも状況は改善されていません。そしてサハラ砂漠あたりの国々は現地の武装勢力により国内の治安は悪化し、死者数も増えています。ソマリアやモザンビーク、コンゴでもイスラム過激派によるテロや攻撃が依然として続いています。アフリカの紛争地の多くは軍事面でも欧米諸国の支援があってどうにか武装勢力に対処できている状況ですが、この2年間は新型コロナの影響で欧米の支援予算が減少したりもしています」(永井さん、以下同)

 例えばソマリア。現在アフリカ連合の部隊が治安維持を行っており、例えば給料などをEUが負担しているが、継続は簡単ではない。

「ロシア・ウクライナを優先し、アフリカへの予算が後回しになれば部隊が縮小・撤退する可能性だってあります。専門家筋はアフリカ連合の部隊が完全撤退したら、昨年8月にアメリカが完全撤退後にタリバンがアフガニスタンを取ったようなことがソマリアでも起こるのではないかとかなり懸念されています」

 今後は国家間の戦争もテロとの戦争も両方が残っていく、と専門家らは懸念する。

「今後、世界的に原油や物資の価格が高騰するので紛争地や経済が脆弱なところにはより顕著に影響が及ぼされます。さらに生活が困窮し、経済がガタガタになり、不満からの問題が起こりえます」

 そこから武装勢力やテロリスト集団が生まれる可能性も十分に考えられる。

「難民の問題も当然出てきます。ウクライナからの避難民やロシア人も難民になる可能性は高い。避難民と難民それぞれへの支援について、日本として何ができるのか議論も必要です。そして今、国際社会が問われているのは武力に対して、武力でない形でどう対応し、戦争を止めることができるかなんです。それができなければ人類は1つ前の時代に戻る」

 これまで人類の歴史では武力に武力で対抗した結果、多くの血が流され続けてきた。

「SNSやデモなどで戦争反対を訴えることも必要です。ただ、そこではこうした惨状に至るまでの歴史や背景、そしてそれらをめぐる欧米や国際社会の対応などについても、しっかりと考える必要があります。感情的にならず、冷静になってそれを考えることが大切だと思うのです。そしてどんな未来を進みたいか、ひとりひとりが考える必要が今こそあります。絶望せず、私たちは人類が望む明るい未来に向かっていければと思います

 21世紀も戦争の世紀にしないためにも、改めて向き合っていかなければならない。

話してくれた人は…
●NPO法人アクセプト・インターナショナル 永井陽右代表理事
ソマリアやイエメンを中心にアフリカ、中東問題に詳しい。専門はテロ、紛争解決、人道的交渉、平和構築。テロリストとの交渉や脱過激化、武力解除などにも尽力する。

●NPO軍事ジャーナリスト 黒井文太郎さん
モスクワ、ニューヨーク、カイロを拠点に紛争地帯にて多くの取材経験を持つ。専門は日本の外交、安全保障や国際紛争やテロの研究。メディアの出演も多数。

●NPO国際政治学者 宮脇昇教授
立命館大学政策科学部教授。専門は安全保障論。ヨーロッパ問題に詳しく、日露戦争などの研究も行う。著書に『戦争と民主主義の国際政治学』(日本経済評論社)などがある。