1882年3月20日に開園し、今年で140周年を迎える東京都恩賜上野動物公園。通称、上野動物園。都心にありながら、約300種3000点の動物を飼育し、日本でトップクラスの規模を誇る動物園だ。
季節を問わず、家族連れやカップルでにぎわう動物園だが、あの動物たちはいくらで買いつけている? エサ代は? など知らないことも数多い。そこで、動物園の素朴なギモンを、体感型動物園・iZooの園長で『動物の値段』の著者でもある白輪剛史さんに直撃取材! ただ見ているだけではわからない動物園の裏側に迫ります。
人気者パンダをめぐる上野動物園の“懐事情”
上野動物園といえば、いちばん人気は、やはりパンダ。1972年に国交正常化を記念して中国から贈られた、カンカンとランランのときから園の“主役”として注目を集め続けている。
昨年の6月、シャオシャオとレイレイの双子を産んだシンシン。父親のリーリーとともに、実は中国から“借りている”状態なのだ。
「そのお礼として、中国の野生動物保護基金に寄付金を送っています。“寄付”という名目になっていますが、実質はレンタル料ですね(笑)」(白輪さん、以下同)
上野動物園を運営する、東京動物園協会が公開している資料を見ると、その額は2頭で年間95万ドル(約1億900万円)。エサとなる竹の購入額は、'20年には約5460万円!
「メインのエサは竹ですが、ほかにもとうもろこし団子や柿といった果物などいろいろ与えていますので、これ以外にもかかっています」
ただ、パンダが食べ残した竹はアジアゾウのエサにも利用されていて、ほぼムダなく消費されているとか。ちなみに、動物園全体のエサ代が年間で1億5000万円ほどなので、パンダは動物園屈指の大飯喰らいということになる。
また'18年には、ジャイアントパンダ飼育時の賠償責任保険として、1549万円が計上されている。これだけの掛け金だと、万が一の場合にいくら支払われるのだろう……。まあ、園の“スター”なのでそこは別格ということ!?
高騰する動物の国際市場価格アップの原因はあの国!?
“貸与”されているパンダ以外のお値段はどうなっているのだろう? 上野動物園でいちばん高価な動物は、約3700万円でホッキョクグマやインドサイ、オカピなど。この値段について白輪さんは「安いほうですよ」と話しつつ、こう続ける。
「今、ホッキョクグマを購入しようとしたら1億円超えを覚悟しないとムリです。上野動物園さんが購入したのは2012年ですが、僕がその前年に販売したときは6000万円で売りました。
以前は数百万円が相場だったのですが、ここ数年で高騰してきて……。つい最近ですが、ホッキョクグマが欲しいと探したら、1億3000万円と言われました。ここまでくると買えません」
価格が高騰している原因は「新興国での動物園の建造ラッシュがある」と白輪さん。
「中東や旧ソ連から独立したジョージアなどで水族館や動物園のブームがきているんです。そこが潤沢な資金を持っていて買っています。その中でも特に中国の力が強いですね。圧倒的な資金力で買い占めてしまうんです。
今はコロナ禍で輸入が規制されて動物の買いつけも止まっていますが、コロナ前の“中国神話”が市場にはまだあり、コロナが収まれば中国に高値で売れると見られていて、値段が高止まりしたままになっているんです。
民間の動物園より公営の上野動物園さんは安く購入できるとは思いますが、それにしても激安で買えましたね。逆にそこで買っていなければ手に入れられなかったと思いますよ。今の動物の売買における国際市場で、日本の資金力では太刀打ちできません」
買えないのなら増やす苦肉の策で乗り切る!?
悲しいことに、世界と比べて資金力で負けている日本。新しい動物を手に入れるために“背に腹は代えられない”と、ある方法がとられているという。
「動物園同士が“互助会”みたいになって、“ウチで生まれた子どもをそちらの園に”というブリーディングローンという方式をとっています」
例えば、3年計画で繁殖させることを条件に動物の個体を違う動物園から借りてきて、生まれた第1子をそこの施設で引き取る。第2子を借りてきた動物園に譲渡する、というやりとりをするという。
上野動物園でも'20年にはレッサーパンダを山口県周南市徳山動物園から借受し、別の個体を長野市茶臼山動物園と交換している。しかし、公開されている資料には「借受」のほかに「預かり」という文字も。このふたつ、一体何が違うのか?
「借受は期間を区切って戻すという約束があります。預かりは、“余剰個体”といって、増えてしまって飼育できるキャパを超えてしまったので、そちらでお願いできませんか? という扱いですね」
動物からしてみれば迷惑な話だが、あの人気動物が余剰個体のおかげで安く売買されているのだ。それは─、
「ライオンです。輸入で購入するとなると1頭で250万円くらいしますが、日本で繁殖した個体であれば、50万円前後で手に入ります」
動物園でも人気の動物なのに、そんなに安値とはかなり意外だ。
「よく子ライオンを抱いて記念撮影とかやっていますよね。その場で必要となる子ライオンの需要があるわけです。そういった要因もあり、繁殖させていくと個体としてどんどん増えていきます。なので安く流通できるんです。
言ってしまうと動物の値段は“言い値”なんです。欲しいと思って探していると高くなります。でも、待っていると、余剰になった個体が出てきて“タダでもいいよ”となる場合もある」
変わりゆく時代の中で考えるこれからの動物園
動物園の目的のひとつとして、種の保護や保全というものがある。増えすぎた個体を“余剰”と呼ぶことに、違和感を覚える人もいるだろう。特に最近では、動物愛護の立場から、動物を展示している動物園は虐待じゃないのか、という声も上がっている。
「そういった批判的な声は確かにあります。でも僕は、動物園は必要なものだと思っています。ネットやテレビ、本などで動物の姿を知ることはできても、本当の姿は見えません。
あと、自然の中で保護や保全をといっても人間が開発していく中で、動物のすむ環境がなくなってきているんです」
密猟で数を減らしたり、自然開発で追いやられる動物は時おり報じられる。
「例えば、かつてトラが10万頭いたのに今は1万頭になってしまいましたと。なので保護をして保全して増やしたとします。でも、どこにそのトラを放すのですか? もといた場所に人間が住んでいたら、立ち退きしてもらうんですか?
そういう状況を知ってもらうためにも、動物園は必要だと思います。ゾウを見て“こんなに大きな生き物がいなくなってしまう世界は異常”と思い、そんな世界をどうにかしようと考えるきっかけになればいいですし。
ただ、動物園が乱立したのは事実で、いろいろな動物がまんべんなくいる動物園は、それほど多くは必要ないと思います。
ゾウならゾウ、ライオンならライオンに特化した施設のほうが、保全や保護といった部分で動物のためになるのではないでしょうか。“なんでもいる”という施設は、上野動物園さんに頑張ってもらいたいですね(笑)」
<取材・文/蒔田 稔>