「いま、消防隊が入ったところ!」
アパート1階のその部屋はもくもくと白煙を吐き続け、放水を受けてもおさまる気配がない。先に火事に気づいた住民が別の住民に状況を知らせる。
遠巻きに周辺住民らが消火活動を見守る中、防護服の消防隊員が部屋のドアを開けると勢いよく火が吹き出す。
「怖い〜」と女性の声。
周辺宅にまで煙が押し寄せ、
「洗濯物が……」
と気にする住民も。
目撃者が撮影した動画には、不安そうな表情をしている多くの住民が映っていた。
東京都東村山市の2階建てアパートで火災があったのは2月28日午後5時すぎのこと。出火元とみられる1階の部屋の壁など約10平方メートルを焼き、駆け付けた東京消防庁によって約2時間半後に消しとめられた。同じアパートで暮らすほかの住人にケガがなかったのが幸いだった。
アパートの退去期限日に放火
「1週間後に放火の疑いで逮捕されたのは出火元の部屋に住む中年男。火災発生直後とみられる時間帯、男性の声で“部屋の中でビニールなどが燃えている”と匿名の119番通報があった。通報内容が外部から把握しにくい情報のため、この男が自分で通報した可能性がある」(社会部記者)
警視庁が3月7日、現住建造物放火の疑いで逮捕したのは無職・田原春貴之容疑者(49)。取り調べに対し、
「長年ため込んでいたゴミを燃やしてしまおうと思い、部屋に火をつけました」
と容疑を認めている。
火災当日はアパートの退去期限だった。
部屋から掻き出されたゴミの山
ゴミを処分する目的で自宅に火を放つとは前代未聞。冒頭とは別の目撃者が提供してくれた動画を確認すると、アパート裏手の窓ガラスを割って室内に入ろうとする消防隊員がゴミの山に行く手を阻まれていた。2本爪の熊手のような器具でゴミの詰まったビニール袋を掻き出し、消火活動にあたっていた。部屋からいくら掻き出しても、室外に放り投げても、ゴミが減る様子はなかった。
「消防隊員は火を消したあとも燃え残った大量のゴミを屋外に出し、くすぶっていないか確認していた。マスクをしていてもアパート近くでは煙のにおいがすごかったし、生ゴミを燃やしたような悪臭もあった。室内を焼却炉がわりにしたかったのかもしれないけど、結果的にゴミを片付けたのは消防隊だよ。ご苦労さまと言いたい」(近所の男性)
複数の周辺住民によると、部屋から掻き出されたゴミの山はアパート敷地内に積み上げられ、数日間は片付かなかった。ペットボトル飲料の空ボトルが目立ち、溶けて固まったとみられるビニール片や衣服の燃え残りがあったという。
「1部屋にあったとはとても信じられない量だった。室内で動けるスペースなんてほとんどなかったはず」(近所の女性)
部屋は洋室約6帖で風呂、トイレ付きの1K。単身者用の狭い間取りだからゴミに埋もれて生活していたようなものだ。近隣住民からは田原春容疑者についてこんな証言も。
「部屋のドアを開けているのを見たことがあり、暖簾のような目隠しの向こうに大量のゴミがあった。新聞とか雑誌なんかの束も見えたので火災前からゴミ屋敷だと気づいていた」(別の近所の女性)
「容疑者らしき男性が部屋の前に出て、とくに何をするでもなく敷地内に佇んでいるのを何度か見た。決まって部屋のドアは開いていた」(近隣の男性)
アパート前をよく通るという40代主婦はこう話す。
「ドアを開けていたのは部屋の換気だと思う。少し酸っぱいような臭いを感じたことがあるし、ずっと開けっぱなしにしているのが不自然だったから。臭いがひどくて眠れないレベルだったのではないか」
窓のカーテンは常に閉まっていた。
しかし、室外にゴミを積むようなことはなかったため、周辺住民の多くは火災前までゴミ屋敷と気付かなかった。
細かすぎる性格だった容疑者
関係者によると、田原春容疑者は独身で数か月前まで新聞配達員だった。仕事上のミスが原因で退職する流れとなり、契約していたアパートも出ることに。
どんな人物なのか。かつて同僚だった男性は「よくしゃべる人でしたね」と話す。
「しゃべるんだけど、愚痴というか陰口が多いので辟易する同僚もいました。ほかの人は気にしていない些細なことに文句をつけ、ターゲットになった人がいないところでネガティブ・キャンペーンをして評価を下げようとするんです。そのくせ、本人の前では“わかりました!”とニコニコしたり」(同・元同僚の男性)
後輩への説教もちょくちょくあり、細かい部分を突いたという。これも本人に直接言わず、陰でダメ出しすることがあった。
「ただ、仕事ぶりはまじめでした。神経質な部分もあるので、自宅をゴミ屋敷にするとは思えませんでした。パチンコが好きで休日はよく行っていましたが、恋人や親しい友人はいなかったようですし、部屋を片付ける時間は充分あったはずですから」(同・元同僚の男性)
地域のゴミ出しのルールは、燃えるゴミが月曜日と木曜日。ビンと缶は火曜日。プラスチックは金曜日。古紙・段ボール・古着は隔週水曜日で、いずれも午前8時までに出す決まり。ゴミ集積所は容疑者宅から徒歩数秒の目の前にあり、不便は感じられない。
退去日は約2か月前から決まっており、猶予期間もたっぷりあった。
ほかの入居者を巻き込んでもおかしくない室内放火によって、天井は真っ黒焦げになり、ビニールなどのゴミが燃える悪臭に「有毒ガスは出ていないか」と心配する近隣住民も。隠していた大量ゴミは白日のもとにさらされた。
タバコを吸わなかったという容疑者だが、現場からは使い捨てライターが見つかっているという。
何がしたかったのか――。ゴミを自分で片付けなかったことだけは間違いない。