「事故で亡くなられた方のご葬儀に、加害者が弁護士を連れて突然、弔問にいらっしゃるケースは少なくありません。事故によっては被害者側にも過失がある場合もありますが、亡くなられてしまうと100%被害者になりますから、大抵は門前払い。そこで感情を露わにされるご遺族の方も多いです。そうした場面を目の当たりにするのは、とてもつらいものがありますね」
生きとし生けるものはすべて、いつかは死を迎える。自分が亡くなったときには、しめやかに、厳かに、かつ温もりを感じられる葬儀が執り行われてほしい――。
そう願いたいものだが、時に葬儀の場では人間の生々しい感情や欲望が噴出してしまうこともある。某県の葬儀会社に勤務するSさん(40代・女性)に話を聞くと、一番キツイと感じるのは、故人が子どもの葬儀だという。
「お子様というのは、年齢が若いという意味ではありません。たとえば、喪主様の親御様が80代で故人様が60代というのは近年、よくみられるケースです。お式の間は冷静に振る舞っていても、ご出棺のときに感極まってお棺にすがりつく方もいらっしゃいます。いくつになってもお子様を見送ることはつらいことなのだと痛感しています」
穏やかな葬儀だけではない
同じくらいキツイのが、突然、お別れが訪れたケースだそうだ。
「クモ膜下出血や心筋梗塞といった病気のほか、自殺や事故、事件など突然のお別れを迎えられる遺族の方も少なくありません。
ご遺体の状態によっては、黒いビニール製の納体袋に納められた状態で、警察とともに葬儀社に運ばれてくるケースもあります。
実は、自殺で亡くなられた故人様のご遺族様は冷静な方が多いんです。以前、服薬自殺をされた20代の女性のご葬儀を担当した際には、お父様は動揺して泣き崩れていたのですが、お母様は毅然とされていました。おそらく、『もしかしたら、こういうことが起きるかもしれない』と心のどこかで覚悟をされていたのだと思います」
一方で、事故で亡くなった故人の遺族は、“パニック状態”であることが多いという。
「私はそうしたご遺族様に少しでも落ち着いていただけるよう、『お身内の方へのご連絡はお済みでしょうか?』とお声がけをして連絡をとってもらったりなど、簡単なお仕事をしてもらうようにしています。やるべきことがあると、人は案外、落ち着くものなんです」
自殺で亡くなられた故人の葬儀では、次のような予想外の展開が待ち受けていたことも。
「その故人様は30代の男性で配偶者がいらっしゃったんです。でも、喪主は故人様のお父様が務められました。配偶者の方がいらっしゃる場合は配偶者が喪主を務めるのが一般的ですから、そうではない場合は家族間の問題が潜んでいる可能性が高いんですね。実際、その故人様の配偶者の方はお通夜にも告別式にもいらっしゃいませんでした。
喪主を務めたお父様は非常に冷静でいらっしゃったのですが、告別式の最後の喪主のあいさつ中に突然、『息子が死んだのは嫁のせいだ!』といった話をはじめてしまったんです」
だが、葬儀社としては止めに入ることはできず、見守ることしかできないのだとか。
「喪主様は葬儀社にご依頼をされたお客様ですから、私たちスタッフは喪主様のご意向に従う形で動きます。ですから、こうした場合でも喪主様をお止めすることはできないんです。
このときは当然、会場中がざわつき、ほかのご遺族様が止めに入りました。それでも喪主様の話は終わらず、騒然とした雰囲気のままご出棺となりました」
菊は白のみ、遺影はモノクロ
多くの葬儀に携わる中で、Sさんは世知辛い思いをすることもあるという。
「生活保護を受けていた故人様の葬儀は、葬儀料を税金でまかなうことになるので条件がすごく厳しいんです。細かい点は行政によって違うと思うのですが、私が住む地域では、お花もお棺もすべてが最低ランクです。お花は本数が決まっていて、色のついたお花を使うことはできずすべて白い菊。
一番世知辛いのは、遺影がモノクロだという点です。100円、200円もあればカラー写真にできるのですが、すべて最低ランクなのでカラー写真はNGなんです」
葬儀の際にはトラブルが生じることもあり、特に料金に関しての問題が多いそうだ。
「初七日が過ぎたら葬儀料金の請求書をお送りするのですが、バックレてしまうお客様もいらっしゃいます。
一昔前は二世帯、三世帯で同居するのが一般的でしたから、請求書は故人様のお宅にお届けすることが多かったんです。でも、今は故人様とご家族様が離れて暮らしていることがほとんどです。
たとえば、喪主様が独身でひとり暮らしをしていた場合、引っ越しをされてしまったら終わりです。申込書にはご住所などを書いてもらいますが、うその住所を書かれることもあります。こうした事情によって葬儀料金が未収になることも少なくはありません」
最近は低価格でこじんまりとした葬儀をうたうサービスが増えているが、実は思わぬ落とし穴が。
「こじんまりとした葬儀をうたっているのは、葬儀会社ではなく仲介業者なんです。仲介業者はマージンを抜いて、提携している葬儀会社に実務を引き渡します。うちの会社でもそうした葬儀を執り行うことがあるのですが、トラブルが生じることもあります」
というのも、実際の葬儀と遺族がイメージする葬儀にはかなりの差があることが多く、それがトラブルの原因になることも。
「たとえば、10万円以下の葬儀というのは、一番小さなお部屋で故人様をお預かりして一晩過ごしていただき、翌日、朝一番で火葬場に搬送する、いわゆる直葬というものです。お寺さんなどの宗教家が立ち会うこともなければ、お通夜も告別式もありません。ご遺族様は仲介業者から、そうした説明を受けているはずなんです。
にもかかわらず、ご住職がいらしてお経をあげたり、お通夜や告別式が営まれると思っていらっしゃるご遺族様は少なくなく、その場で怒り出す方も珍しくはありません。激昂したご遺族様から、『葬儀社の社員として宗教家がいない葬儀を葬式と呼べるのか、その見識を問う!』と追及されたこともあります」
葬儀社のスタッフとしての本音はどうなのだろうか。
「『10万円以下でそこまでできるわけないじゃん』というのが正直なところです。
そもそも、葬儀会社が代金として請求する金額の中には、お寺さんのお布施代やお車代は入っていないんです。お布施代やお車代にかかる何十万円という金額は、葬儀代金とは別にご遺族様が用意されるものなんです。
こうした事情をお分かりになっていないと、『10万円で全部込み込みでいける!』と解釈し、仲介業者が展開するこじんまりとした葬儀に申し込みをしてしまうんです。特に最近は葬儀の新しいサービスが次々と出現しているので、余計に混乱してしまうのだと思います」
葬儀は一度きりのもの。やり直しがきかないだけに安易に金額だけで判断せず、葬儀の内容をしっかりと吟味する姿勢と余裕が大切なのかもしれない。
熊谷あづさ
ライター。猫健康管理士。1971年宮城県生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、会社員を経てライターに転身。週刊誌や月刊誌、健康誌を中心に医療・健康、食、本、人物インタビューなどの取材・執筆を手がける。著書に『ニャン生訓』(集英社インターナショナル)。ブログ:「書きもの屋さん」、Twitter:@kumagai_azusa、Instagram:@kumagai.azusa