コロナ禍で深刻化している孤独死。なかでも孤立しがちな高齢者の割合は高い。一般社団法人日本少額短期保険協会によると、2015年4月から2021年3月の間に起きた孤独死について、調査対象5045件のうち60代以上の事例は約6割を占める。高齢の両親と遠く離れて暮らす子どもにとって、人ごとではない数字だろう。
『父がひとりで死んでいた』(日経BP)の著者である如月サラさんも、離れて住む84歳の父親を孤独死で亡くした。受け入れがたい現実、そのきっかけは、コロナ禍と母親の認知症発症だった。
「死後1週間」の父親が発見されて
「快活だった母が、親しい友人の死を境に人が変わったように沈みがちになり、かけてくる電話の様子もおかしくなっていったのです」(如月さん、以下同)
ただごとではないと感じた如月さんは、2020年の夏、コロナ禍の中を熊本に帰省。食事もとらず入浴もしていない母の変わり果てた姿を見て、認知症を確信し専門病院の受診を予約した。
「このとき父は『僕から見ると何も変わったところはない』と母の受診を頑なに反対しました。そこから父との溝が深くなっていきました」
その後母親は、認知症の受診の前に熱中症で倒れて病院に搬送されてしまう。自宅に残されたのは父親ひとり。
「コロナ禍で帰省も制限される中、母の入院に納得していない父との距離は次第に広がっていきました。また、母の入院を機に、父にヘルパーなどの支援サービスに頼ることをすすめたところ、ここでも激しく拒否されて口論に」
父親は25年前に歯肉がんを患って、下あごを取り去る手術をしていた。話が聞き取りにくいため、父親との連絡手段は主に携帯電話のメール。電話で話すと口論になりやすかったこともあり、声を聞いて様子を確認する機会はしだいになくなっていった。
予期せぬ事態は突然やってきた。2021年1月、半年間ひとり暮らしだった父親が実家で亡くなっているのが見つかる。近くに住む叔母から「お父さんが倒れている」と連絡がきて東京から駆けつけるも、発見されたとき、すでに死後1週間がたっていた。
なんの心の準備もなく、父親の死に直面した如月さん。
「母のことが気にかかっていて、父親に目を向ける余裕がありませんでした。母の要介護認定が出たら、父のこともちゃんと考えようと思っていたのに、間に合わなかった」
そう後悔をにじませる。
「きょうだいも夫もいない私は、残された母の介護や、実家の片づけをひとりで背負わなくてはいけない。何をどうしたらいいのか、気持ちが追いついていかなかった」
空き家になった途端に加速度的に傷む
途方に暮れる中、最初の問題は実家に取り残されて餓死寸前だった4匹の老猫の行き先。保護団体や老猫ホームを当たるも、ハードルが高く断念し、2匹の飼い猫がいる自宅に連れ帰るほかなかった。
東京と熊本を行き来しながら空き家になった実家の整理を始めたが、物の多さにまたも呆然とする如月さん。古いステレオやテレビ、服など、捨てることを嫌った父親の持ち物が、大量に残されていた。
廃棄するにも持ち込み場所や日にちが限られているため、一向に片づけは進まない。父親が亡くなった寝室に足を踏み入れれば、『たったひとりで死なせてしまった』ことへの自責の念に苛まれ、片づけの手が止まった。
「救いだったのは、預金通帳類の保管場所を父親から聞かされていたこと。そういう点は几帳面な人でした」
実家を維持するだけで、固定資産税や電気代、水道代などがかかる。ガスとNHKは解約し、2台あった車は1台を残して1台は廃車に。
「今までは、人の住まない家にも手がかかるなんて考えもしなかった。けれど、空き家になった途端、家は加速度的に傷んでいくのです」
如月さんは今も月に1回、実家に1週間滞在して、部屋の換気や施設に入った母親のお見舞いなどを続けている。最悪の事態になる前に、父親との距離を縮めておけばよかったと振り返る如月さん。
「こまめに連絡をとって、健康状態やいつもと違う様子はないかを確認することが、親の見守りにつながります」
地域によっては、新聞や宅配飲料の配達時に高齢者の見守りをしてくれるサービスも。また、“うちはまだ先の話”と思っている人に如月さんが強くすすめるのは、地域包括支援センターの下調べ。
「地域ごとに設置され、高齢者サポートに関するさまざまな相談が無料でできる。実家の最寄りの地域包括支援センターの場所や連絡先だけでも、確認しておくといい」
父が亡くなって1年。後悔、悲しみ、そしてひとりで抱える問題の大きさに立ち止まりながらも乗り越えてきた。
「『捨てるなら僕が死んでからにして』と言っていた父に『死んだから捨てるよ』と語りかけながら片づけています」
親のXデーの準備できていますか?
親の身の回りについて、どんな心構えや備えが必要? 最悪の事態の前に確認を!
・見守りサービスを利用する
・親の家の近くの地域包括支援センターを調べる
・実家が空いたらどうするか考える
・通帳などの保管場所を共有する
・不用品の片づけを促す、手伝う
・こまめに連絡をとり健康状態や言動をチェックする
・ペットがいれば引き取り先を考える元気な姿を記録する
「生きているうちにやっておきたかった」4つの備え
如月さんが自身の経験で痛感したという「生前の備え」を教えてもらった
持ち物 片づけのサポート
加齢によって体力や判断力が低下するため、片づけどころか日々のゴミ出しも困難になり、不用品がため込まれてしまうケースも多い。「父の場合は、古新聞や牛乳パックなどの資源ゴミを捨てにいくことができず、家に大量に残されていました」。子どもが「手伝うよ」と言葉がけをして、家の片づけを少しずつ進めよう。自治体によっては、電話で大型のゴミを玄関先まで取りに来てくれるサービスもあるので、上手に利用したい。
家 空き家をどうするか情報収集
親の家が空き家になったら、どんな制度が利用できるのか調べておく。例えば、ひとり暮らしの親が亡くなって、空き家となった家を処分するときに使える特例措置。これを使うと、譲渡益から3000万円が特別控除される。「適用には条件があるので注意。空き家になってから一度でも人に家を貸すと適用されなくなってしまいます。適用期限があり内容が改正されることもあるので、常に最新の情報を入手して」
心 死後の支えになる思い出づくり
親の死による後悔や悲しみから立ち直ろうとするとき、人には「救い」が必要だ。そのひとつが、親の思い出だと如月さんは言う。「元気なときの姿を動画にとっておけばよかったと悔やみました。動いている姿をまた見たくても、記憶の中でしか再現できずつらかった」。写真も思い出の1つだが、ぬくもりや息づかいも感じられる動画は、心を慰める力が大きい。親とのお出かけや食事風景などをスマホで録画したり、ビデオ通話を録画しておくのもいい。
財産 通帳類の保管場所確認
親の預金通帳や印鑑、保険証券などの保管場所は、親に聞きにくい情報。しかし、万が一のときに家中探し回るのは大変な労力がいる。「私の本(『父がひとりで死んでいた』)を読んだ親世代の方から、この本をきっかけに保管場所を子どもに伝えたとコメントをもらいました。親のほうもきっかけがないと言い出しにくい」。コロナ禍の今なら「いつ何があるかわからないから、念のために教えておいて」と頼めば、親も受け入れやすい。
教えてくれたのは如月サラさん
エディター、エッセイスト。大学卒業後、出版社にて女性誌の編集者として勤務。50歳で退職し大学院修士課程に入学。中年期女性のアイデンティティーについて研究しながら執筆活動を開始。著書『父がひとりで死んでいた』に自らの経験をつづる。
取材・文/松澤ゆかり 撮影/鈴木智哉(如月さん) 写真提供/如月さん(イメージを除く)