「私の住む地域では、葬儀業界のヒエラルキーにおいてはお寺様が最上位で、私たち葬儀会社のスタッフは最下層なんです。お寺様のご機嫌を損ねることのないよう、社内には『飲み物はコーヒーはNG』とか、『糖尿病なのでお菓子はダメ』とか、『人間的に最悪』とか、県内すべてのお寺様に関する情報が書かれた極秘資料があるほどです」
葬儀という言葉からは、厳粛でしめやかな雰囲気が想像されるが、その裏側では人間味あふれたドラマが展開されることもあるらしい。前回(※)、葬儀のリアルを聞いた某県の葬儀会社に勤務するSさん(40代・女性)は次のように語る。
(※ 前回の記事『「生活保護者の遺影はモノクロ」「告別式で嫁を罵倒」葬儀社が見た葬式の“リアル” 』を参照)
「同じ苗字の故人が2人」の意
「私が勤務している葬儀会社は県内に複数の斎場があります。葬儀は急に予定が入るものなので、各斎場の状況を把握できるよう、毎日、全斎場の予定表が送られてくるんです。
ある時、何気なく予定表を見たところ、同じ斎場の同じ時間帯に同じ苗字の故人様の葬儀予定が書かれていました」
同会場で同じ苗字の複数人の葬儀が営まれる場合は、無理心中や心中のケースが多いという。だが、先の事例には予想外のエピソードが隠されていた。
「同じ苗字の故人様は80代のご夫婦で、別々の病院に入院されていたそうなんです。ご主人様がお亡くなりになった30分後に奥様も息を引き取られたということで、ご一緒に葬儀を執り行うことになりました」
喪主となる子どもにとって、これほどの“子ども孝行”はないそうだ。
「もしも、お亡くなりになるタイミングが3日ずれたら、ご葬儀は別々に営まれます。そうなると、祭壇や式場使用料、控室利用料など、高額な出費が倍かかることになるんです。でも、ご夫婦一緒の葬儀ならそうした出費は1回分で済みます。
もちろん、ご夫婦そろってのご出棺で、火葬も同じ時間帯です。誰もがいつかは死ぬわけですから、このご夫婦はある意味、とても幸福な最期を迎えられたのだなぁとうらやましく思いました」
納体袋を開けると白いバラが…
ハートフルなエピソードは続く。
「夏場に孤独死をされた高齢男性の故人様のご葬儀に携わったときのことです。孤独死の場合は警察の検視の後にご遺体をお迎えに行くのですが、暑い時期でご遺体の状況があまりよくなく、黒いビニール製の納体袋で安置されることになりました」
喪主となるその故人の子どもは県外在住だったため、専門のスタッフが電話で葬儀内容などの受注を受けた。その際、故人を最期に入浴させて着物を着せる「湯灌(ゆかん)」のサービスを請け負ったという。
「おそらくそのスタッフは、いつもの流れで湯灌の有無をお尋ねしたのでしょう。遠方にいらっしゃるご遺族様もまだ故人様と対面されていないので、ご遺体の状況がわからないまま湯灌の申し込みをされたのだと思います。本来は、納体袋にお入りになっているという時点で湯灌は難しいのですが、すでに湯灌師さんへの発注がかかっていました」
その遺体は腐敗が進んでいた。結局、遺体の状況を確認した湯灌師の判断によって、湯灌は行われないことになったが……。
「ご遺族の方には状況を納得していただき、納体袋のままお棺に納めて最後のお別れとなりました。でも、ご遺族の方はやっぱりお顔を見たかったのでしょう。お棺の中に手を入れて納体袋の顔の部分を開けてしまったんです」
その時、目に入ったのは白いバラの花だった。
「湯灌師さんたちは、湯灌時に使う不織布をバラの形に折って敷き詰めて、お顔の部分を隠してくださっていたんです。こうしておけば、お顔を見たくて開けてしまったとしてもご遺族様は状況を察してくださるだろう。そう気遣ってくださったのだと思います。
湯灌をしていないので湯灌師さんに代金は支払っていませんし、私たち葬儀社のスタッフは白いバラのことを誰も知りませんでした。同じ葬儀に携わる仕事をする者として、湯灌師さんのプロ意識の高さと思いやりの深さに感動した出来事でした」
このように思わず心が温まるような場面に遭遇することも多々あるというが、葬儀場といえば気になるのが心霊現象。仕事で怪談のような怖い思いをしたことはあるのだろうか。不謹慎な質問にもSさんは快く答えてくれた。
「私自身、以前から不思議な経験をすることが多かったんです。たとえば、前から歩いてきた人に挨拶をしても無視されてしまい、『チッ』と思って振り向くといなかったりとか、同じ場所に複数人がいるときに私だけが見えている人がいたりとか」
仕事に関しては、この1年ほどの間で2回ほど、不思議な出来事が。一度目は真冬のことだった。
「私は斎場に配属されているので、ご葬儀がない日でも出勤してさまざまな業務を行っています。その日は斎場に何の予定も入っておらず、出勤は私ひとりでした。冬なので退社時間の午後5時は真っ暗でした。電気を消して暗い中を帰ろうとしたとき、突然、背後でリーンとおりんが鳴ったんです。恐怖心はなかったのですが、振り向いたらいけないような気がしてそのままササッと帰りました」
二度目は最近の体験だそうだ。それは葬儀を営んだ翌日のことだった。
「朝、斎場に出勤して式場の扉を開けた瞬間、椅子に座っている高齢のご婦人の後ろ姿が見えたんです。色はなく全身が灰色でした。『えっ?』と思った瞬間、フッと消えてしまいました。前日のご葬儀の故人様とは違う方だったのですが、もしかしたら故人様のご友人だったのかもしれません」
Sさんが接する葬儀関係者の多くも、数々の心霊現象を経験しているらしい。中でも斎場に出入りする掃除業者のほうが、そうした不思議現象に遭遇することが多いように思うと話す。
「以前、ご遺族様が使われた控え室を掃除している最中に、業者さんが悲鳴をあげて飛び出してきたことがあります。話を聞くと、掃除をしている様子をいるはずのない子どもがのぞいていたそうです。実は、その控え室を使ったご遺族様は、お子様の葬儀をなさったんです」
こうした心霊現象は枚挙にいとまがないそうだ。
「私の場合、突然の出来事にびっくりすることはありますが、怖いとは思わないんですね。というのも、私が遭遇したこの世のものではない方は、ご遺族様が幽霊でもいいから会いたいと思っている故人様かもしれないからです。ほかの葬儀関係者の方々も『なにか忘れ物でもしたのかな』とやり過ごして、あまり気にしないようにしているようです」
火がついたままお骨が運ばれてきて…
一方で、時には、コメディーさながらの状況に直面することもあるという。これは火葬場でのエピソード。
「ご葬儀というのはタイムスケジュールがすべて決まっています。特に、出棺のお時間は厳守しなければなりません。火葬場は予約制ですから、出棺が遅れると火葬も遅れ、火葬場の予定が狂ってしまうんです。出棺の時間が延びると間違いなく火葬場の職員さんに怒られます」
その出来事は、出棺が20分遅れたときに起こった。
「その日の最終火葬に20分も遅刻してしまったので、当然、職員さんが帰る時間は遅くなります。職員さんも早く帰宅したかったのでしょう。普段は荼毘に付された後、お骨はある程度冷まされた状態で収骨するのですが、その時はボワ~ッと火がついたまま台車で運ばれてきて、私たちスタッフは目がテンになりました。ご遺族様は火葬場の職員さんに急かされるまま、『熱っ!』と声をあげながらお骨上げをなさっていました」
今回のエピソードは肩の力を抜いて読めるものばかりだが、前回ご紹介したように実際の葬儀では苦労も多い。それでもSさんは、現在の仕事は天職だと話す。
「ご葬儀の間はひどく取り乱すご遺族様もいらっしゃいますが、火葬を終えられると落ち着いた様子になって、私たちスタッフに『お世話になりました』と頭を下げて帰っていかれるんです。そうした時に流れる温もりのある空気を感じるたびに、この仕事を続けていきたいって思うんです」
熊谷あづさ
ライター。猫健康管理士。1971年宮城県生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、会社員を経てライターに転身。週刊誌や月刊誌、健康誌を中心に医療・健康、食、本、人物インタビューなどの取材・執筆を手がける。著書に『ニャン生訓』(集英社インターナショナル)。ブログ:「書きもの屋さん」、Twitter:@kumagai_azusa、Instagram:@kumagai.azusa