日本人の死亡原因第1位である、がん。医療技術の進歩によって生存率は高まり、助かる人が増える一方、高齢化でがんになる人はそれ以上に増え、亡くなる人も後を絶たない。
がん治療は手術、抗がん剤、放射線の3つの治療法が三大療法として知られているが、がんが進行してしまって思うような効果が得られない場合などは、患者自身でそのほかの治療法を探し、頼るケースも増えている。
先ほどの三大療法は保険が適用されるため、自己負担は1〜3割で済むが、そのほかの治療法は基本的に保険が適用されない自由診療となり、全額負担となる。金銭面での負担は大きいが、効果が期待できるものもあり、ひとつの有効な選択肢となっている。
また、海外で行われている最新治療が日本でも承認されて国内で受けられるようになるまでには時間がかかる。自費で渡航し、海外で治療を受けるケースも。2月20日に前立腺がんが再発して亡くなった俳優の西郷輝彦さんもそのひとり。オーストラリアで核医学治療という最先端の治療を受けていたことが話題になった。
三大療法とは違うこうした治療法のなかで、「第4の治療法」と呼ばれて盛んに研究が進められているのが、がん免疫療法だ。私たちの身体に備わった免疫細胞を利用して、がん細胞を強力に攻撃するものだ。
これまでにない方法で免疫を強力に活性化
がん免疫療法といえば、京都大学名誉教授の本庶佑さんが2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞して話題になった免疫チェックポイント阻害薬を使った治療が、効果が広く認められて保険適用になり、多くの治療に使われているが、それ以外の免疫療法も研究が進められている。なかでも、近年注目を集めているのが、今回紹介する「NKT細胞標的治療(RIKEN-NKTTM)」(※)である。
国立の研究機関である理化学研究所と千葉大学によって研究が進められた治療法をベースに、理化学研究所発のベンチャー企業である理研免疫再生医学が開発を進め、2016年から再生医療法の下、自費診療での治療が始まっている。実際に、この治療を受けた2人の患者さんに、がんの経緯と治療の効果のほどを聞いた。
余命宣言も5か月後にがんが消えた
神奈川県在住の田中智美さん(仮名・60歳)は、深夜寝ていたときに、突然、強烈な吐き気に襲われたという。
「眠っていられないほどの吐き気で目が覚め、救急車で病院に運ばれました。するとS状結腸がんが原因で腸閉塞が起きていたのです。手術をするとリンパなどへの転移も判明しましたが、無事すべてのがんを摘出できました。ところが、術後すぐに肝臓と脾臓への転移が見つかり、これ以上有効な治療法はない、抗がん剤で延命するしかないと主治医から言われました」
セカンドオピニオンでも同じ結果を告げられた田中さんだったが、偶然、週刊誌の記事を読み、このNKT細胞標的治療の存在を知ったという。
「免疫療法の存在は知っていましたが、どれがいいかわからずにいました。でもその記事を見て、雑誌で紹介されているなら信用できると思い、記事に載っていた会社に問い合わせました」
当時、田中さんは、吐き気や手足の痺れ、脱毛など抗がん剤の副作用に悩まされていた。つらい思いをして延命するより、抗がん剤を減らしてでも仕事を続けたいと思っていたという。
「抗がん剤を減らす代わりに副作用がほとんどないNKT細胞の治療をすることで、少しでも命が延びたらと思って始めたんです」
すると、予定していた4回の注射が終わる前にすべてのがんが消失したのだ。
「延命のために受けたのですが、がんが消えてしまい、本当に驚きました」
宮城県在住の原田幸三さん(仮名・75歳)は、心臓の手術を受けた半年後の検診で偶然、がんが発覚した。
「術後検診で大腸にがんがあることがわかりました。しかも、肝臓にも転移していました。医者から、大腸のがん細胞は手術で摘出できるけど、肝臓は数が多いので手術は難しい。抗がん剤治療を行うが、抗がん剤だけでは、がんは消えないだろうと告げられました」
命の危険を感じた原田さんは別の治療を探したという。
「すると息子がこの治療法を教えてくれたので、迷わず選択しました」
治療後に行った手術で摘出した肝臓のがん細胞を調べると、死滅していたという。
「摘出されたがん細胞は生きていることがほとんどで、死滅しているのは珍しいのだそうです。NKT細胞による効果を実感した瞬間でした。それ以降は抗がん剤治療も受けず、がんは再発していません。いまは元気はつらつです」
余命5か月の患者が3年弱生きたケースも
この2人が高い治療効果を得たのは偶然ではない。この治療法のベースになったNKT細胞を使った治療法は、実際の臨床試験でも効果が出ているのだ。理研免疫再生医学・代表取締役の徳岡治衛さんに話を聞いた。
「免疫療法は昔からあり、種類もさまざまですが、免疫システムは複雑で未解明のことも多く、科学的根拠が十分でない治療が多いのも事実です。このNKT細胞標的治療は、予後が悪いといわれるタイプの肺がんが進行・再発した患者さん17人に対して臨床試験を行ったところ、一定の結果が出たのです」
この17人は手術や抗がん剤などの治療を終えており、そのままだと、想定される生存期間の中央値は5か月程度ととても短い。従来の抗がん剤とは異なる新しいタイプの薬(分子標的薬)を使った場合でも、7~15か月程度だ。
ところが、この治療を行った17人は18・6か月。そのなかでも狙った免疫細胞が特に活性化した10人を見てみると31・9か月で、従来の治療法と比べると約6倍に延びたのだ。
この10人の結果をわかりやすくたとえると、余命5か月と宣告された末期状態の患者さんが3年弱生きることができたということだ。
「厳密にいうと、この臨床試験のものとは細胞培養方法の一部を変えたりと多少の違いがありますが、現在行っている治療とこの臨床試験の治療の基本的なメカニズムは同じです」(徳岡さん)
がん専門医で、昨年からこの治療法を取り入れ、田中さんや原田さんの主治医も務める、ソラリアクリニック東京の古賀祥嗣院長にNKT細胞について説明してもらった。
「がん細胞を攻撃するのに重要な免疫細胞には主に、生まれながらに攻撃性を備えているNK細胞と、外敵を記憶して後天的に攻撃性を得るT細胞があります。NKT細胞は、NK細胞とT細胞両方を同時に活性化できる細胞で、自らがん細胞に攻撃を行うだけでなく、リーダーとしてほかの免疫細胞たちに指示も出して活性化させる、プレーイングマネージャーのような存在。数が少ないため大した働きをしないと思われて、これまでは注目されてきませんでしたが、近年の研究によってがん細胞に対して非常に有効な働きをする免疫細胞だとわかったのです。いまのところ、この治療法は、免疫細胞を利用するがん免疫療法の“決定版”といっても過言ではないでしょう」
このNKT細胞を活性化させる成分を自分の血液中の免疫細胞から作って身体に戻すことで、今までにない強い力でがん細胞を攻撃するという。
費用は平均で約326万円と高額だが…
現在は厚生労働省が認定した委員会の審査を経て認められた17の医療機関(※)で治療が行われていて、費用は病院や病状によっても異なる。平均すると約326万円(税別)と高額だが、標準的な治療だけでは改善が難しい場合など、選択する患者さんが増えているという。先ほどの田中さんと原田さんに金額について率直に聞いた。
「決して安い金額ではありませんが、副作用がほとんどなく、長期間効果が持続すると聞いて迷うことはありませんでした。がん保険がおりたことも後押しになりましたね。結果的に命拾いすることができ、一切悔いはありません」(田中さん)
「費用は高額ですが命には代えられないと思い、決断しました。全員に効果があるかはわかりませんが、多くの人にこの治療を知ってもらいたいと願っています」(原田さん)
高い金額を払って受けるなら少しでも効いてほしい。どういう患者さんにおすすめなのか、古賀院長に聞いた。
「このNKT細胞標的治療はあくまで第4の治療であり、抗がん剤などと併用して行うことが基本です。末期で手の施しようがなくなってからでは効果は期待できません。おふたりのように併用して治療を行うことで、効果が高まるのです。これまで当院では7人の患者さんにこの治療を行い、全員にがん細胞縮小などの効果が見られました。ただ、7人とも抗がん剤と併用して行ったため、この免疫療法の効果かどうかは明確にはわかりません。しかし、副作用がほとんどなく、抗がん剤で下がりやすい免疫力や体力のバックアップにもつながるため、メリットはあると考えています」
第4の治療が思わぬ命拾いにつながることもある。2人に1人はがんになる時代。まだがんになっていない人も、知っておくといざというときにきっと役立つはずだ。
がん専門医・古賀祥嗣先生
医学博士。日本再生医療認定医など。'89年、産業医科大学卒業。泌尿器科悪性腫瘍、透析、腎移植専門。江戸川病院副院長を務めながら、NKT細胞標的治療を行うため、'21年ソラリアクリニック東京院長に就任。がん患者さんをサポートするため、休日返上で免疫治療を行う。