呪術の専門家は「実は怖いものじゃありません」と話す『呪い』。本来は切実な願いを叶える最後の手段なのだが、最近では相手を呪う理由にもネット社会の『闇』が垣間見えるという。
恋愛成就など前向きな“呪い”もある
『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載中の芥見下々さんの人気漫画『呪術廻戦』。電子版を含むコミックスの発行はシリーズ累計6500万部を突破、劇場版アニメ『呪術廻戦0』も好評で、興行収入は130億円を突破するなど大ヒットを記録している。
「以前は30代以降の方の相談が中心だったのですが、作品の影響なのか20代の依頼や呪いに関する問い合わせが2、3年ほど前から増えているんです」
そう話すのは日本呪術協会の如月純一郎さん。同協会は50年以上の歴史がある『呪術師』の集団だ。現在は全国で20名ほどの呪術師が所属する。
呪術は縄文時代より存在しており、平安時代以降、陰陽師や修験道の世界で確立されていった。有名なのが飛鳥時代の呪術者『役小角』や平安時代の陰陽師『安倍晴明』。『呪術師』は現実にも存在しているのだ。
「かつては国の専属の『呪術師』たちが国難を防ぎ、政や物事の吉凶を占ったり、疫病を鎮めるために術を使っていました。協会の会員も含め、現在ではその役割を担う多くが僧侶や神職についている人です。通常の寺社仏閣で行う祈祷とは別で、そこでは祈れない願いを成就させるために呪術を用いるんです」(如月さん、以下同)
一般的な寺社仏閣ではできない祈祷、それが『呪術』で、俗にいう『呪い』だ。
「日本は多神教の国。八百万のたくさんの神様がいらっしゃいます。参拝する寺社仏閣にもそれぞれ仏様や神様がいますが、かつて神様がひとりで大勢のお願いを聞き、それを叶えるのは大変ではないか、という考え方がありました。それが呪術の始まりです」
呪術とは願いを叶えやすくするために複数の神様に同時に託す術をいう。
「漫画や映画などの影響で悪いやつを懲らしめたり、憎い相手に恨みを込めるなどの怖い印象が独り歩きしています。ですが、実際は違います。呪いはよいこともお願いできるんです」
恋愛成就や病気を治したり、就職や結婚など、切なる願いを叶えるために祈祷するのも呪いのひとつ。
「縁切りがイメージする呪いといちばん近いでしょう。悪縁を切る、という意味には人に限らず、病気、災いなど自分と誰かの縁や悪い事象を切ることでもあるんです。ただ、例えば夫と不倫相手の仲を切ってほしい、と願うように他人と他人の縁を切りたい願いや相手を懲らしめたい願いの場合、神社やお寺の神様はなかなか聞いてくださらないこともあります。そこで呪いでは自然界にいる神様に願い、その神様が“その人のためになるなら”と引き受けてくれるんです」
呪い=怖い、という印象が広まったのは江戸時代といわれている。中でもインパクトが強かった呪いが藁人形を用いた丑の刻参りだった。
丑の刻参りとは憎む相手に厄災が生じることを願って藁人形に呪いをかける儀式。
丑の刻は午前1時~3時のことで、この時間は『鬼の方位』。白装束姿で顔におしろい、口には紅をひき、頭には鉄輪にろうそくをともし、鉄下駄を履き首から鏡を下げる。人に見られぬように呪いの言葉を述べながら人形に呪いの五寸釘を打ち付ける。これを7日間続けると呪いが成就すると伝えられている。
「米はかねて、尊いものとされてきました。残った藁も同様に尊いものとして考えられ、それで人の形を作ることで人の魂が宿ると考えられ、藁人形が生まれたんです」
特に江戸時代、当時の農民たちは地主ら権力者への不満や恨みを込めて藁人形を作り、儀式を行ったという。
「丑の刻参りを行う人は多く、役人たちもなかなか取り締まれなかった。丑の刻参りをやめさせるため、呪いにまつわる怖い内容を広めたのが原点だそう。それが気に入らない相手を攻撃する道具、怖い、という印象だけが現代まで残っているんです」
同協会では40年ほど前から藁人形の通信販売も行う。
「依頼者の代行で丑の刻参りをしていますが、実際に自分でも丑の刻参りをしたい、という人もいます」
SNSの普及で安易に呪いに頼る人が急増
藁人形を買い求めるリピーターもいて、半年に1回のペースで購入する人も。
「セットで1万円ですが、藁人形のほか、内容はその人のお願いの内容によって変えています。どんなお願いをしたいのか、相談しながら決めさせてもらいます。かつては自分で呪いの言葉を唱えながら藁人形を作りました。人形には魂が宿りますから、作る工程が大事です」
呪いの成就には個人差があるという。
「大切なのは気持ち。丑の刻参りは作法もありますが、本当の作法どおりではとてもお参りはできません。どんなに難しくてもやる、という願いかどうかが問われているんです。最低限できることをし、願いへの強い気持ちがある人だけ臨んでください、というのが呪いです」
そのため、丑の刻参りは神社に行かなくても自宅でリモートでしても問題はないそう。
「作法を間違えると怖い目に遭うと思っている方も多いと聞きますが、それはありません。人を助けてくれるのが神様。失礼はダメですが一生懸命祈る人に対して、作法で怒るような心の狭さは持たないんですよ」
これまでは顔見知りからされて困っていることの最後の解決手段とし、追い詰められた人が駆け込んでくることが多かった。最近ではネット社会によるものが目立ち、如月さんら呪術師たちも困惑する事態が増えている。
「この子が嫌いだから、とかSNS上で見たこともない人を呪ってほしいとか、そんな呪いの依頼が後を絶ちません。顔が見えない相手でも、悪意や気に入らないことがあったら安易に呪いに頼ろうとしている人が増えていると思います。特に若い人は呪いをゲームのように簡単に考えている人が多い印象です」
中には一方的にメールで呪い代行を依頼してくるケースも増えている。
さらにはネット上で誹謗中傷を受けている被害者からの相談も相次いでいる。
「特定されないことをいいことにネット上で誹謗中傷を繰り返す人もいますよね。本来は名前や顔写真などが呪いの儀式には必要なのですが誹謗中傷を繰り返す、相手のハンドルネームやアドレスだけでお参りすることもあります」
如月さんは呪いの依頼を通し、ネットの世界には特に悪意があふれていることを実感していると警鐘を鳴らす。
同協会では呪いの代行依頼や藁人形購入希望者からの問い合わせがあると必ずなぜ呪いを行うのか、話をする。
「もう30年、40年の付き合いになる人もたくさんいます。相談内容によっては呪い代行を断ったり、藁人形の販売をしないこともあります。呪いの前に自分が変わることも必要です。どんなに頑張ってもできないことを最後にお願いするのが呪いです」
お話を聞いたのは
日本呪術協会(www.noroi.net)50年以上の歴史がある呪術師の集団。会員は全国におり、現在は20名ほど。藁人形の販売や丑の刻参り、呪いの代行のほか各種祈祷や相談などにも応じてくれる。