爆発で噴煙を上げる福島第一原発。『最悪のシナリオ』の懸念もあった

 ロシアがウクライナの原発を次々と攻撃したことで、世界中に衝撃が広がっている。ロシアによる侵攻が始まってすぐの2月24日、1986年に大事故を起こしたチョルノービリ(チェルノブイリ)原発が制圧され、3月4日にはヨーロッパ最大のサポリージャ原発が占拠された。稼働中の原発への攻撃は史上初。戦時下で原発が標的にされる危険性が浮き彫りになった。

 こうしたリスクは全国に59基の原発がひしめく日本も無関係ではない。その実態を「日本の原子力防災は“焼夷弾にバケツリレー”の状態です」と話し、警鐘を鳴らすのは『環境経済研究所』所長の上岡直見さんだ。

 日本で原発が攻撃されたら、どんな被害になるのか。上岡さんは、攻撃によるダメージの収束ができず、原子炉を覆う格納容器が破損した場合のシミュレーションを実施。その結果を放射能汚染地域の区分を表した『チェルノブイリ基準』(立ち入り禁止・強制移住・避難権利)に当てはめ、解説してくれた。

国民が自分で危険を知ることができない状況

 シミュレーションによると、東京電力・柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市)が攻撃された場合、新潟県の一部が立ち入り禁止となり、群馬県、埼玉県、長野県、東京都まで強制移住地域となる。また、日本原子力発電・東海第二原発(茨城県東海村)の場合でも、茨城の一部は立ち入り禁止に。東京都をはじめ埼玉県、神奈川県、群馬県など関東一円は強制移住地域になる。

 原発事故の避難計画は原発から30キロ圏内しか作られていないが、武力攻撃で被害を受ける地域は300キロをゆうに超える。

 はたして住民は逃げられるのか。新潟県の原発避難に特化した委員会に所属する上岡さんは、その点も熟知している。

「首都圏では1000万人単位の避難になりますから、まず動けないでしょう」

 公共交通機関の混乱、車の渋滞などで動けなくなるのは必至。退避に数か月はかかるのではないかと上岡さんは言う。こうした避難計画のずさんさは以前から懸念されている。2021年3月の東海第二原発差し止め訴訟の水戸地裁判決では、避難計画に実効性がないことが指摘され、運転が差し止められた。

 避難に時間がかかり、滞在時間が長くなると必然的に人々の被ばく量は増える。つまり当然、命のリスクがある。東海第二原発が攻撃を受け格納容器の破損に至ると、長い潜伏期間を経てがんで亡くなるケースも含めて、死者数の推計は約37万人に及ぶ。また、柏崎刈羽原発で同様の事態が起きた場合、死者数は約6万人と試算している。

 甚大な被害をもたらす可能性があるにもかかわらず、

「原子力規制庁が行う原発の安全審査で、戦争の武力攻撃は対象とされず、議論もされていません。原発への武装攻撃や大事故の際の被害予測は、外務省や旧科学技術庁で行われていたにもかかわらず、公表されなかった。国民が自分で危険を知り、判断することができない状況にあります」

東海第二原発が攻撃された場合の被害シミュレーション。『環境経済研究所』所長の上岡直見さんが過去に実績のある方法で試算し、分析を行った。関東一円が強制移住の対象になり、東海地方にまで広く影響が及ぶ。※図は上岡さん提供

 原発が武力攻撃の標的にされた場合、「原発周辺の補助設備が破壊される危険があります」と上岡さん。ミサイルで原発の本体を1度に破壊することは難しい。だが、電源などを攻撃し、福島第一原発と同様の事故を引き起こすおそれが考えられるという。

「原発では通常、起きたトラブルを点検・補修して大事故を防いでいます。しかし、外国の武装勢力に占有されていたら補修ができません。(電源喪失後に)非常用発電機が動いていても、燃料補給すらできない可能性があります。職員の交代もできません」

物議を呼ぶ「核シェアリング」

 実際、ロシア軍に一時占拠されたチョルノービリ原発では、作業員が3週間交代できないまま管理を続けた。問題はまだある。

「原発よりも、発電に使用した核燃料を貯蔵する使用済み燃料プールのほうが脆弱です。冷却できなくなると、大惨事になります。現に福島第一原発事故の際、4号機の燃料プールの水が蒸発してなくなり、核燃料が損傷し、大量の放射性物質が放出されるおそれがありました。首都圏までもが避難をしなくてはならない『最悪のシナリオ』が想定されていたほどです」

 菅直人総理(当時)から依頼を受け、原子力委員会の近藤駿介委員長らが作成した『最悪のシナリオ』では、福島第一原発から半径250キロまで汚染が広がると分析していた。北は盛岡、南は房総半島の中腹、新潟の佐渡も含まれ、首都圏もすっぽり収まる。シナリオどおりにならなかったのは偶然でしかない。

 一方、ロシア軍の制圧が続くウクライナのサポリージャ原発では、戦車や歩兵部隊の携行兵器による至近距離からの破壊・損傷を受けた。

『原子力資料情報室』で事務局長を務める松久保肇さんが原発構内にあるカメラの映像などを分析したところ、ロシア軍は同原発1号機から400メートルの至近距離で攻撃していた。加えて、訓練棟の火災のほか、ロシアの攻撃で送電線が破壊されたことも明らかに。福島第一原発事故の際も送電線が断絶している。松久保さんは、「原発は攻撃や戦争に耐えられるものではない」と強調する。

 戦争の長期化が懸念され世界の緊張が高まる中、『核シェアリング』の議論が浮上している。『核シェアリング』とは日本にアメリカの核兵器が配備されること。安倍晋三元総理が報道番組で言及し、波紋を呼んだ。しかし、ロシアが原発を制圧した目的は“ウクライナが原発の核物質を軍事的に使用することを警戒したため”という見方も示されている。上岡さんは「原発があること自体、相手側から軍事利用の意図があるとみなされ、攻撃の口実を与える可能性があります」と危惧する。核抑止力どころの話ではない。

 今回、ロシア軍に制圧されたチョルノービリ原発は、1986年に起きた事故の被害が今も残り、放射線量の高い30キロ圏内は立ち入り禁止が継続されている。ところがロシア軍は、“(放射線量が高いため松の木が赤くなったことに由来する)「赤い森」を防護具なしで通過する「自殺行為」を行った”と英通信社・ロイターは報じた。「事故を聞いたことがない人もいた」という証言もある。原発事故の伝承や危険性の教育がなければ、次世代に新たな被害を及ぼしかねない。

 同じことは日本にも言えるだろう。福島第一原発事故はどういうものだったのか。戦争やテロといった有事の際、原発にはどのようなリスクがあるのか。世代を超えて知り、伝えていく必要がある。


取材・文/吉田千亜 フリーライター。1977年生まれ。福島第一原発事故で引き起こされたさまざまな問題や、その被害者を精力的に取材している。『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11』(岩波書店)で講談社ノンフィクション賞を受賞