「4月2日から歌舞伎座で始まった四月大歌舞伎の『荒川の佐吉』に松本白鸚さんが出演しました。この舞台では息子の松本幸四郎さんが主役の侠客・佐吉を務め、白鸚さんは彼を見守る親分で準主役という役回りですね」(スポーツ紙記者)
高麗屋の大名跡である初代・白鸚の息子として生まれ、3歳で歌舞伎の舞台に立った彼も今年で80歳を迎える。その芸歴は歌舞伎界では極めて“異端”だった。
「歌舞伎の興行を仕切っていた松竹を離れて東宝に籍を置いていた縁もあり、歌舞伎役者でありながら『ラ・マンチャの男』といったミュージカルやフジテレビ系の『王様のレストラン』、『天才柳沢教授の生活』といったテレビドラマなど、現代劇にも多数出演しました。現代劇を演じる歌舞伎役者の先駆け的な存在ですね」(演劇ライター)
特に『ラ・マンチャの男』は、彼が1969年から続けているライフワークともいえる舞台だった。
「今年2月に、ラストラン公演が行われましたが、新型コロナウイルスの影響により全25公演中、7公演しか上演できませんでした。不完全燃焼になってしまいましたから、四月大歌舞伎の舞台を楽しみにしているファンも多いですよ」(同・演劇ライター)
しかし、長年にわたって彼のファンだという女性は複雑な思いを口にする。
「白鸚さんは四月大歌舞伎で主演ではなく、次の六月大歌舞伎でも、彼の出演する演目の主役は市川染五郎さん……。もっと主役を張ってもいいと思うのですが」
歌舞伎道に専念してほしい
元・松竹の宣伝マンで芸能レポーターの石川敏男氏は、白鸚に寄せられる期待の背景を語ってくれた。
「昨年に弟の中村吉右衛門さんが亡くなり、歌舞伎界は古典の第一人者を失いました。兄の白鸚さんには、芸の継承のためにもより歌舞伎道に専念してほしいという声が強くなっています。長く続けてきた『ラ・マンチャの男』も最終公演を迎えましたから、今後のあり方については、いろいろと思うところがあるのでしょう」
同時にこんな意見も聞こえてくるという。
「白鸚さんのファンはもちろん、お弟子さんやタニマチの方の間では、近く“人間国宝”に認定されるのではないかという気運が高まっているんです。彼の父親である初代・白鸚さんも、弟の吉右衛門さんも選ばれていますからね」(石川氏)
人間国宝とは、重要無形文化財の保持者として認定された人物を指す通称だ。
「無形文化財とは演劇や音楽、工芸技術などといった無形の文化的所産で、日本の歴史上、もしくは芸術上価値の高いものを指します。歌舞伎役者も多く選ばれており、存命の方でいえば尾上菊五郎さんや坂東玉三郎さんなども。また、大きな名跡を継がないような脇役の方でも選ばれることがあります」(前出・スポーツ紙記者)
梨園でも強い存在感を示す白鸚が、これまで選ばれなかったのはなぜなのか。
「人間国宝に選ばれる基準に“1つの分野を極めた人物”というものがあるんです。白鸚さんはミュージカルや現代劇といった伝統芸能以外の分野でも幅広く活躍されていましたから、相性がよくないのかもしれません。とはいえ、父と弟が人間国宝に選ばれている以上、気にしていないといえば嘘になるでしょう」(同・スポーツ紙記者)
認定された場合の影響力は、そうとうに大きいようだ。
「公演の際に“人間国宝”と銘打つだけでも、興行にプラスになります。それに、頭領が認められれば、その一門の弟子たちにも箔がつきますからね。人間国宝は単なる個人の名誉だけでなく、彼に関わる人全員の願いなんです」(石川氏)
「親子3人で人間国宝」の実現度
2012年に玉三郎が、歌舞伎女形として人間国宝に認定された際は、インタビューでこのように語っている。
《自分にふさわしいものではないと思いました。が、後輩のために受けてほしいと言っていただき、後進の指導と歌舞伎の将来のためには、お引き受けせざるを得ない》
白鸚に寄せられる親子3人で人間国宝という期待。その実現度はどれほどのものなのか。歌舞伎評論家の中村達史氏に話を聞くと、
「白鸚さんは、現代劇やミュージカルなどと歌舞伎をあまり区別せずに演じているように見えます。どちらも役にスッと入って、自然に湧き上がってくるものを表現するという芸風です。結果的に白鸚さんのそういったスタイルは、歌舞伎の心理描写を一歩前に進めたと考えています。そのような当代随一の演技力の高さを踏まえると人間国宝はもちろんですが、 “文化勲章”のほうがよりふさわしいのかもしれません」
文化勲章は文化の発展や向上にめざましい功績をあげた者に授与され、人間国宝よりも上位に位置する。役者への勲章としては最高位にあたる。
「こちらは父親の初代・白鸚さんだけでなく、祖父の初代・中村吉右衛門さんも受章した縁があります。人間国宝のように、伝統芸能に専念していなければいけないということはありませんから、歌舞伎の枠を超えて活躍した白鸚さんなら、受章の可能性は十分にあると思います」(中村氏)
長い年月をかけて進んできた芸の道が、大きな栄誉でたたえられる日もそう遠くないのかもしれない。