監督・榊英雄、園子温、俳優・木下ほうか、プロデューサー・梅川治男……日本映画界で名を馳せてきた男性たちの性加害報道が相次いでいる。
これをきっかけに、映画界のハラスメント体質自体が問題視され、『万引き家族』などで知られる是枝裕和ら映画監督の有志らが、「私たちは映画監督の立場を利用したあらゆる暴力に反対します」とする声明を発表するなど、業界内からも意識改革が叫ばれている。こうした流れの中、以前では、“美談”として語られていた監督から俳優へのスパルタ演技指導も、今後は「ハラスメントではないか?」という厳しい目が向けられそうだ。
「じゃあ、脱げ」「じゃあ、踊れ」
一連の性加害報道の始まりは、3月10日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が、「性被害」を題材にした映画『蜜月』の監督である榊の性行為強要問題を取り上げたことだった。
「この記事が世間で波紋を広げる中、SNSでは、日本映画界のパワハラ問題にもメスを入れるべきという論調が高まりました。具体的に名前が挙がった監督の一人が、井浦新と成田凌の出演映画『ニワトリ☆フェニックス』の公開を4月15日に控えていた、かなた狼監督です。
成田が、前作『ニワトリ☆スター』公開時に、『A-Studio』(TBS系)で明かしたところによると、役作りのためのワークショップを行う中、かなた監督からの『恥ずかしいことはあるか?』という質問に、『別にないです』と答えると、『じゃあ、脱げ』『じゃあ、踊れ』と指示され、全裸でAKB48の『ポニーテールとシュシュ』を披露することになったそう。
あまりの厳しい指導に『それ(ワークショップ)を2回、3回目に行く中で、車中でおしっこをもらしました。監督に会いたくなさすぎて』とも語っていたんです。成田は『宝物のような作品ですけど』と、出演を後悔しているわけではないとフォローしたものの、SNS上ではあまりにも非人道的な指導であると、物議を醸しました」(芸能ライター)
このように、日本映画界では、俳優本人の口から、“監督によるスパルタ演技指導”のエピソードが語られることは珍しくないが、「あらためて振り返ってみると、俳優側からパワハラで告発されていてもおかしくないというもの、少なくとも、今の時代では、世間から問題視されるものが散見されます」(同・前)という。
かなた監督以外にも、すでにSNS上では、さまざまな監督の名前が取りざたされている。特に目立つのが、CM業界の第一線で活躍し、映画界に進出した中島哲也監督。これまで中島監督は、『下妻物語』(2004年)、『告白』(2010年)、『渇き。』(2014年)など、数多くの話題作を世に送り出してきたが、『嫌われ松子の一生』(2006年)の主演・中谷美紀が明かした彼の撮影中の言動は「想像を絶するものがある」(映画ライター)という。
「下手くそ!」と罵られて
「中谷は同作で、数奇な運命に翻弄される主人公を演じましたが、2015年放送の『A-Studio』で語った撮影現場のエピソードは、映画の内容以上にショッキングなものでした。なんでも撮影中、中島監督から怒鳴られ続けた中谷は、睡眠時間が1日1時間の日が続いたこともあり、『「辞めろ」とか「殺してやる」とか毎日言われていたので、途中で本当に嫌になってしまって、涙が止まらなくなって』撮影を放棄したというんです。
ほかにも、中谷は公開当時から、撮影時のエピソードを各所で披露しており、撮影放棄のきっかけになったのは、監督の『あんたの感情なんてどうでもいいから』という言葉だったこと、また『顔が気持ち悪い』と罵声を浴びせられたことなども、つまびらかに語っていました。それでも中谷はのちに、中島監督に再会した際、同作の撮影期間について『今では豊かな日々だったと思います』と述べ、『思い出深い……何かの折に思い出す作品ですし、一生、私の原点になる作品だと思います』と断言しています」(同・前)
また『渇き。』で、謎の失踪を遂げた女子高生役を演じ、スクリーンデビューを飾った小松菜奈も、中島監督の現場で涙を流したことを明かしている。
「小松は、ウェブメディア『cakes』のインタビューで、中島監督から何度も『下手くそ!』と叱られていたと語り、『あまりに何度もダメ出しが入ったので、「どうしたら私に加奈子が演じられるんだろう?」っていう感情がガーッとこみ上げてきて、思わず現場で泣いちゃいましたね』と振り返っていました。ただ小松本人は、中島監督のことを『すごく優しい方だった』と受け止めているそうです」(同・前)
『フラガール』(2006年)、『悪人』(2010年)、『怒り』(2016年)などで知られる李相日監督もまた、俳優への厳しい演出が疑問視されている。『怒り』で、当時未成年の広瀬すずは、沖縄の米兵に乱暴される女子高生という難役に挑んだが、李監督からの言葉に「恐怖」を感じたことを、2021年11月放送の『情熱大陸』(TBS系)で語っていた。
「同作のラストシーンを撮影した際、1~2回でOKが出たものの、李監督の顔は『全然OKじゃなくて』、その後、誰もいないところに呼ばれ、「すごく冷静なトーンで『この映画壊す気?』って言われた」といいます。広瀬はその時の感情を『もはや悔しいというより恐怖でした』と表現していました。しかし、そうした厳しい指導も、『全てが愛情』と、ウェブメディア『シネマトゥデイ』のインタビューで総括しています」(雑誌編集者)
『許されざる者』(2013年)に、渡辺謙扮する主人公・釜田十兵衛とともに賞金首を追う青年を演じた柳楽優弥は、李監督からOKが出ず、1カットに100テイクを重ねることもあったと、2021年放送の『A-Studio+』で告白している。
Netflixはハラスメント研修を
「渡辺ほか、柄本明や佐藤浩市といった大御所俳優の前で、何十、何百テイクもやったという柳楽は、『結構やっぱ怖かったですし、俺、このまま死ぬのかな(と思った)』『緊張して震えてるのか、寒くて震えてるのか、わからないぐらい』と、かなり精神的に追い詰められていたようです。それでも柳楽は、ウェブメディア『MOVIE WALKER PRESS』のインタビューで、『厳しくしてもらえる現場にいられることが幸せだと強く思いました』と語り、李監督に感謝しているといいます」(同・前)
中谷、小松、広瀬、柳楽の例からもわかるように、「俳優が語る監督の鬼指導エピソードは、“何度も怒鳴られ、けなされても、必死になって食らいついていくことで、役者として一皮むけることができた……”というパターンが定番」(同・前)だという。
「しかし、そのような美談によって、監督からの言動に苦しめられた俳優やスタッフの声がかき消されてしまう危険性もある。仕事中に罵声を浴びせられたり、『死ぬのかな』とまで追いつめられるというのは、やはり一般社会から見たら、あまりにも異様な光景といえるのではないでしょうか。
最近では、Netflixが、現場でのハラスメント行為を防止するため、全ての関係者に『リスペクト・トレーニング』という研修を課すようになっています。ハラスメントに関する基本的な考え方を学ぶだけでなく、参加者が意見交換を行いながら、『何が問題となるのか』を共有していくという取り組み。今後、『リスペクト・トレーニング』を取り入れる作品は増えていくものとみられます」(前出・映画ライター)
日本映画界は、ハラスメント体質から脱却できるのか……今こそ、膿を出し切るタイミングなのかもしれない。