これまで善人役が大半だった大泉洋(49)が憎まれ役を演じている。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(日曜午後8時)での源頼朝役のことだ。
「♯全部大泉のせい」がトレンド入り
頼朝はプライドが高く、自分勝手で女好き。おまけに冷淡で、自分のために尽くした上総広常(佐藤浩市)や敵意のない木曽義仲(青木崇高)を討ち取り、自分の長女・大姫(落井実結子)と婚約させた義仲の息子・義高(市川染五郎)まで容赦なく殺す。
これでは視聴者も黙っていない。広常が絶命した第15話(4月17日)の放送終了後には「♯全部大泉のせい」がツイッターでトレンド入り。大泉は国民的嫌われ者になってしまった。
もっとも、大泉自身はしたり顔だったはず。歴史上で屈指のダークヒーローである頼朝は愛されてはいけないのだ。
大泉は現在、フジテレビの月9『元彼の遺言状』にも準主演で登場中。こちらは慣れた善人役である。気の良い推理作家志望の青年・篠田敬太郎に扮している。
一方でNHKの看板音楽番組『SONGS』の進行役も務め、一昨年と昨年の『NHK紅白歌合戦』では白組司会と司会をそれぞれ任せられた。エンタメ界のど真ん中にいる。
けれど名が全国的に知られるようになってから、そう長くない。在京キー局の連続ドラマへの初レギュラー出演は2005年のこと。既に31歳になっていた。
作品はフジ『救命病棟24時 第3シリーズ』。役柄は人柄の良い看護師・佐倉亮太だった。とぼけた味わいがウケ、たちまち茶の間の人気者となり、翌2006年にはフジの2夜連続のスペシャルドラマ『おかしなふたり』で主人公の桜木直役に起用される。やはりお人好しキャラだった。
その後も日本テレビ『ハケンの品格』(2007年)や同『赤鼻のセンセイ』(2009年)などで好人物を演じ続けた。素のイメージに近いから、やりやすかったはずだ。
ところが今では天下の嫌われ者に扮している。俳優として「専門店」から「総合百貨店」に変貌した。17年間で大泉が大きく飛躍したことが分かる。
受験失敗からの転機
大泉の原点は北海道札幌市。父親は盲学校教師、母親も中学校教師という教育者一家に生まれた。のびのびと育てられ、大泉曰く「保育園児のころから大人が笑ってくれるのが好きだった」(『週刊文春』2014年10月16日号)。当時から故・渥美清さんのモノマネをやっていたと言うから、生まれついてのエンターテイナーなのだろう。
その後も周囲を笑わせるのが得意で、小中高と人気者であり続けた。だが大学受験で挫折し、一気に暗くなる。早稲田大に進んだ兄に負けまいと都内の有名大に挑んだものの、3年続けて願いがかなわなかったのだ。大泉の母親が「もう、死ぬんじゃないか」と振り返るくらい落ち込んでいたという(新潮社『まるごと1冊大泉洋』)。
もっとも、受験失敗によって幸運の女神がほほえんだのだから人生は分からない。2浪後に入った北海学園大の演劇研究会で安田顕(48)、戸次重幸(48)らと出会い、同研究会の5人で演劇ユニット「TEAM NACS」を結成する。優れた仲間たちから刺激を受けたことにより、大泉の才能は磨かれた。
その存在は地元テレビ局に知られるようになり、ローカル番組に出演するように。都内の大学に進んでいたら、こうはいかない。在京キー局はいくら面白かろうが男子大学生はまず起用しない。
大学3年生だった1996年には深夜番組『水曜どうでしょう』(北海道テレビ)のレギュラーになる。これが大当たりした。TOKYO MXなど全国の放送局で流されることになった。
大泉とスタッフら計4人が国内外を巡るというシンプルな番組なのだが、旅の疲れもあって、ガチの大ゲンカになったり、無謀にもベトナムのハノイからホーチミンまでの約1800キロを原付バイクで縦断したり、在京キー局ではあり得ないハチャメチャぶりがウケた。
番組成功の断トツの功労者は大泉だ。番組内で痔を患っていることを告白するなどサービス精神を片時も忘れなかった。さすがは根っからのエンターテイナー。大学卒業前に道内では知らぬ者がいないほどの人気者になる。
そうなると在京キー局も放っておかず、1999年には『パパパパPUFFY』(テレビ朝日)に登場する。異色の道のりで全国区のスターへの道を歩き始めた。
盟友も仕事仲間も妻も“引き寄せた”
現在の頼朝役は『鎌倉殿の13人』が成功するかどうかを左右する極めて重い役柄。主人公・北条義時(小栗旬)に匹敵する大事な存在だ。そんな役柄を作者の三谷幸喜氏(60)が大泉に託したのは、2人の間に強い信頼関係があるからにほかならない。
三谷氏は早くから大泉に注目した。2011年には自分の作・演出の舞台「ベッジ・パードン」に、野村萬斎(56)、深津絵里(49)に次ぐ3番手で起用した。それまで大泉はよその舞台に立ったことがなく、超が付くほど大抜擢だった。
三谷氏にとって、東京の俳優養成所などで型通りに演技を学んだ俳優にはない奔放さが、大泉の魅力だったのではないか。
一方で大泉の側は大学時代から三谷氏の大ファンだった。「(三谷作品の)世界観がすごくわかるんです」(『週刊朝日』2011年9月16日号)と、2人はたちまち相思相愛の関係となる。
三谷氏はその後も映画『清須会議』(2013年)の羽柴秀吉役や大河ドラマ『真田丸』(2016年)の真田信之役などで大泉を起用。全幅の信頼を寄せる。
『鎌倉殿の13人』の頼朝の部分の脚本も三谷氏が大泉に演じさせることを想定してのアテ書きだろう。例えば第4話で頼朝がろくに知りもしない武士たちに対し、「ワシが一番頼りにしているのはおまえだ」とささやいて味方にしたのは、調子の良いキャラを得意とする大泉ならでは。
第12話の頼朝と亀(江口のりこ)との不倫騒動も三谷氏が書き、飄々としたところのある大泉が演じてなかったら、かなり後味の悪い話になっていたはず。また、善玉のイメージしかないと言っていい大泉に悪玉を任せたからこそ、見る側には新鮮に映っている。
大泉には磁力がある。ガツガツしていないのに自分にとって大切な存在になる人を次々と引き寄せる。安田や戸次、北海道のテレビ局スタッフ、三谷氏。妻もそう。『救命病棟24時』のプロデューサーとして自分に声を掛けてきた元フジ社員の中島久美子さん(52)である。
もちろん磁力があるのは大泉自身に大きな魅力があるからだ。
高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)
1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立