業務用マッサージチェア「あんま王」

 スーパー銭湯などの温浴施設でよく見かけるマッサージチェア。今年で発売10年を迎える「あんま王」シリーズは運転音が非常に静かなことから、ネットカフェやコワーキングスペースなどでの活用も増えている。「あんま王」の企画・開発を行う日本メディックの前代表取締役で現会長の城田裕之氏(以下、裕之氏)によると、「あんま王」発案のきっかけは、2011年の会社倒産の危機にあったという。

マッサージチェア「あんま王」の発端

「もともと私はマッサージチェアなどの健康器具を温浴施設などに設置・運営する事業を行っていましたが、仕入れ先メーカーの販売方式の変更などで事業が立ち行かなくなり、民事再生の適用を申請。会社を継続させるためにはこれまでのやり方を変えるべきだと判断し、マッサージチェアを自社開発することにしました

 当時、国内の業務用マッサージチェアは家庭用をベースに製造されたものだったが、使用する現場では不特定多数の人が頻繁に利用するため不具合も多かった。部品の消耗スピードが速く、故障頻度も高い。

 そのため、機械の休止中、導入施設は売り上げが立たないリスクがあり、運営事業者は故障時用の代替機を備えるなどの負担があった。

 前事業の経験から、裕之氏はこうした課題をクリアにし、全国で築いた同業者のネットワークが持つ悩みも解決できる、業務用に特化したマッサージチェアの開発を目指した。

 しかし、一から独自の業務用マッサージチェアを開発するには膨大な時間とコストがかかる。そこで、まずはベースとなる機種を探し、それをもとに開発を進めることにした。

“乗ってみたい!”そう思わせるには

 ところが、ベースとなる機種を持つ協力企業を探すも、“壁”にぶつかった。民事再生の適用直後でメーカーとしての実績がないため、提案を受け入れてくれる企業が見つからなかったのだ。

「ようやく相生電子が協力してくれることになり、同社とともに中国の工場を6社ほど回りました。背中の皮が擦りむけるまで試乗を繰り返しながら、ベースとなる機種を絞り込んでいったのです」(裕之氏)

 さらに裕之氏は国内の同業者から「業務用として選ばれる条件」「設置運用する中での課題」をヒアリング。これらの意見を取り入れ、ベースの機種に「家庭用機器にない大きなサイズ」「乗ってみたいと感じる豪華なフォルム」や「メンテナンスのしやすさ」などの要素を加え、2012年、業務用に特化した初号機「あんま王」が完成。

「もっとも苦労したのは耐久性です。完成後も利用中に支障が出たポイントを1年半かけて微修正。さらに消耗しやすいパーツを簡単に交換できる設計にし、導入施設のメンテナンス費用を抑えるよう工夫しました」(裕之氏)

 その後も「あんま王」シリーズは最新機「あんま王Ⅳ」まで10年間にわたり、業務用に特化した性能を追求。2021年にITコンサルタントの経験を持つ城田充晴氏(以下、充晴氏)が新社長に就任したことで、IoT(インターネットにつなぐことで処理や分析、連携などを可能にすること)の導入にも成功。設置運営や導入する側の負担も大幅に軽減した。

多目的施設とは商業施設、コインランドリー、自動車整備工場など。ここ数年、大型商業施設にはほぼ浸透。その一方で、スポーツ・娯楽施設への導入が急増し特にネットカフェはコロナ禍でも堅調。チェーン1社で全体数の7%を占める(単位%)

 マッサージ機能面では、エアーメカ部分の圧力を細かく調整できるようにし、旧機でマッサージが行き届かなかった部分へのアプローチを追加。

「あんま王Ⅳ」ではフルフェイスシールドを搭載し、プライベート空間を演出。コロナ禍では抗菌・抗ウイルス対策として無光触媒加工を施し、安心して利用できるようにしている。

「マッサージチェアの耐久テストは一般的に1000時間程度のところを『あんま王』は2500時間行い、壊れにくさを実現しています。また修理対応の速さも当社の特長。機械である以上故障は避けられませんが、業務用の場合、故障中=売り上げゼロに直結してしまいますので、翌日か翌々日には復旧する体制を整えています」(充晴氏)

初号機誕生から現在に至るまで、マッサージ機能の進化はもちろん、業務用途機能のイノベーションにも挑戦したいという思いで、管理のしやすさも徹底的に追求している。

 現在、「あんま王」の初号機は廃盤となり、現行モデルは「あんま王Ⅱ」と「あんま王Ⅳ」。そのほか、靴のまま乗ることができるマッサージチェア「快王」は、通常リクライニングすると高さが140㎝になるところを100㎝に抑えられる製品。風営法上、見通しを妨げる設備は設置できないパチンコ店で喜ばれている。腕もみ機能を省いて幅を狭くした「あんま王S」も、コンパクトサイズで狭い場所にも設置でき、喜ばれている。

待ち時間の活用法にマッサージを

 日本メディックでは代理店39社と協力しながら「あんま王」シリーズの設置先を開拓、活用シーンを広げている。

「2012年の『あんま王』発売当初は導入先の8割近くが健康ランドやスーパー銭湯などの温浴施設。またパチンコ店やフィットネスクラブなど娯楽・スポーツ施設への導入も1割ほどありました」(裕之氏)

「あんま王」シリーズ

 2015年ごろから大型ショッピングセンターなど商業施設での導入も少しずつ始まった。2016年以降は大型コインランドリーや自動車整備工場、空港などでも導入。いずれも来場者に待ち時間を有効利用してほしいという施設側の要望によるものだった。

 こうした「スキマ時間」の活用を目的に導入されるケースはその後も急増。2018年には全体の3割近くにのぼり、最近では新幹線の待合室などにも設置されている。さらに2017年からはネットカフェやレジャー施設でプラスアルファのサービスとして設置され、2021年には全体の3割を占めるほどに。また現在はコワーキングスペースでの導入も増加中だ。

 なお「あんま王」シリーズは人の手で行うマッサージ店の店舗に置かれることもあるというから意外だ。

「じっくり手もみしてほしいと思っている人がいるいっぽうで、機械で短時間でマッサージしてもらいたい人もいます。目的が違うのでお客を取り合うこともありません。『あんま王』を置くことで集客につなげていただいています」(充晴氏)

 地域別の導入件数はほぼ人口に比例。利用金額は施設によって異なるが、「あんま王Ⅳ」の場合は12分200〜500円程度。ちなみに「あんま王Ⅳ」30台を導入している沖縄のショッピングモールでは、行列ができるほどの人気で、月間で数百万円を売り上げたという。

東京・六本木にあるショールームに展示されている「あんま王」シリーズ。消耗しやすい箇所は面ファスナーやジッパーで着脱できる設計にし、交換コスト減にも貢献している

 記者も「あんま王Ⅳ」を実際に試してみた。座ると、深く広い座面に身体がふんわり包まれるような安心感。フェイスシールドにより人の視線や雑音も気にならない。背面だけでなく座面も一緒に倒れるリクライニングで、体勢がとても楽。首筋から肩、背中、腰、お尻、脚の付け根、ふくらはぎ、かかと、足の裏まで全身を満遍なくもみほぐし、思わずウトウトしてしまうほどだった。

 日本メディックは今後も「あんま王」シリーズの機能向上を追求しながら、超高齢社会へと進む日本において、マッサージチェアの利用拡大を通して健康増進のサポートを目指していくという。時代に合わせて進化し続けるマッサージチェアの今後が楽しみだ。

<取材・文/野中真規子>