大相撲5月場所が東京・両国の国技館で絶賛開催中だ。日本相撲協会は今場所から収容人数の上限を1日あたり9265人と、通常の87%にまで増やし、さぞや大にぎわい……が期待されたものの、ふたを開けてみたら平日の2階席は見事なほどにガラガラ、1階のマス席も空席が目立ち、まだまだ以前のような満員御礼続きには至っていない。
この2年間で人気力士がゴッソリ引退
しかし、コロナ禍に突入した直後の2020年3月、ほかのプロスポーツ(屋内)競技に先駆けて「無観客興行」を開催。無事に15日間を走り抜け、次の5月場所こそ中止に至ったが、その後ずっと厳しい感染対策を敷いて開催を貫いてるだけあり、「コロナ時代の大相撲」の姿を少しずつだが築いてきている。
コロナ時代の大相撲は、ちょうど世代交代の時期と重なった。
この2年間で引退したのは2人の横綱、白鵬と鶴竜にとどまらず、大関だった豪栄道、琴奨菊、それに栃煌山、勢、臥牙丸、豊ノ島、蒼国来、荒鷲などなど。その前の嘉風、安美錦、稀勢の里らもあわせると、2014年ころから始まった大相撲ブームを大いに支えた人気力士がゴッソリ引退したことになる。
それに代わるように照ノ富士が大けがと病気から奇跡の復活を果たして横綱昇進を果たしたものの、足に爆弾を抱えた横綱には「1日でも長く」と、ファンは祈るような気持ちで見つめている。新たに大関となった正代や御嶽海らには猛スピードで昇進していく様子は見えないし、一時テレビのバラエティーをにぎわせた炎鵬は十両に苦戦している。絶対的に強い人がいない。今はそんな大相撲だ。
そこに歯がゆさを感じる相撲ファンもいるようだが、果たして過重な期待はコロナ時代にふさわしいのだろうか? と感じる。プロスポーツなのだから勝って当然。相撲を取る当人も、結果が全てと考えるだろう。
しかし今はまだコロナ禍なのだ。
私たちはマスクをし、手に消毒液を吹きかけ、検温をし、密になりすぎるのを避け、換気に気を付けて暮らす。不自由な暮らしを続ける中で、猛烈に全力を出し切ることは一瞬は可能でも、大相撲のような15日間も続く興行にはなかなか難しいように思う私は甘いだろうか。
日本相撲協会は力士たちに厳しい隔離生活を今も課している。出稽古(ほかの部屋に行っての稽古)は禁止で、場所前にはほとんど自由な外出もままならない。新型コロナウイルス感染対策ガイドラインに違反したとして、大関だった朝乃山は6場所(1年間)の出場停止処分の憂き目に遭い、今場所は西幕下42枚目まで番付を下げて来場所(名古屋)でやっと復帰だ。いろいろなことが異常事態のままで、普通ではない。そもそも、コロナ禍で共同生活を送る相撲部屋の日々のストレスは幾ばくのものだろうか。
そうした中、江戸時代から続いてきた大相撲という興行は危機には危機なりの対応をする。コロナ禍3年目となる今年は、世代交代を生かす新たな大相撲観戦をスタイリングしている。
たとえば初場所から始まった、人気親方たちによるトークイベント。平日の午前中、事前に応募した中から30人程度が抽選で参加できる(入場料は別途1000円)。今場所は初日から毎日、元・琴奨菊、白鵬、鶴竜、安美錦、豊ノ島ら、現役を引退した人気の親方たちが45分~1時間程度のトークを行う。
白鵬が語る、自身の優勝回数45回を超える力士
筆者はラッキーにも2日目の間垣親方(元・横綱白鵬)の日に参加することができたが、国技館内に併設された相撲博物館内に椅子を並べ、目前に親方が! いちばん前の列の席が当たった人たちは女性も男性も「どうしよう?どうしよう?」と胸に手を当てて大騒ぎ。土俵を見つめるのと同じ、もしやそれ以上の大興奮だ。
この日の司会は、コロナ禍でやはり人気が上がった親方たちのYouTubeチャンネル『親方ちゃんねる(親ちゃん)』を仕切るひとりである、音羽山親方(元・天鎧鵬)。
「マスコミが今日は12社も来ています。カメラの前で話すのは苦手なので緊張します」と音羽山親方が言えば、間垣親方が「マスコミ、1回(外に)出そうか?」などと笑って言って観客もドッと笑ってスタート。
音羽山親方が「引退してから健康管理とかどうしていますか?」と尋ねると、
「ダメですねぇ。食事とお酒がおいしくてね、今は。ただ、引退してからはよく眠れています」と笑顔で答える。
そうか、横綱として過ごした14年間、白鵬はよく眠ることが難しく、心からお酒や食事を楽しむにも努力を要する日々を過ごしていたんだなぁと、その過酷な横綱という地位を思った。
今は時間があるときは「家のソファに座ってネットフリックス見るのが楽しみ」なんて言っていたが、一体何を見ているのだろうか。
そして「これから先に(白鵬の優勝記録である)45回、優勝する人は出てくると思いますか?」と聞かれ、
「出てきますよ。大鵬さんに生前、『記録は破られるためにあるんだよ』と言われました。きっとそういう(45回の優勝記録を抜く)男が何年か後に現れます。私はその男と酒を酌み交わしたい」と言った。
45回優勝。1年6場所ぜんぶ優勝しても7年以上かかる。果たしてそんな力士が出てくるのであろうか? とてつもない記録すぎて、白鵬がいかにとてつもない力士だったかを改めて思う。なのに現役中に受けた多大な誹謗中傷、それとは逆に引退してからテレビ中継の解説席に座る白鵬(間垣親方)の的を得た相撲愛にあふれた解説に、「白鵬すごい」の賞賛の声があがるのだから、大衆の心とはなんと身勝手だろうか。
しかし、この力士の癖はこうで、ここが強いところで、ここが弱点でと、今まで誰も指摘できなかった「なるほど」と頷かされる丁寧な解説に、この人が強かったのは当然だと今になって誰もが思わずにおられないでいる。強い人には強い人の理由がちゃんとある。対戦相手をここまで分析できる目、改めて驚嘆して、その偉大さを思い知るのだ。
さて。その間垣親方は「間垣親方と撮影できるマス席」に座る観客との撮影会にも連日臨む。こちらも私、席を買うことが出来て、うれしくも撮影に参加できた(注・推し活に励んだわけです)。2人マス席(1人8000円)で、親方と撮影ができる! 自分のスマホを渡して、相撲協会の担当の方がパシャリと撮ってくれるのだからうれしい。
ちなみに白鵬だけでなく、「鶴竜親方からバラの花を手渡してもらって撮影会」なる、ファンなら倒れてしまいそうな企画も行われている。鶴竜にはバラが似合う。ちなみにこの撮影会付きの席はどちらも秒殺。一瞬で売り切れたそうだ。
食パン、お守り、マカロンを売る国技館はまるで夏フェス
なるほど、「コロナ時代の大相撲」では、現役を引退した親方たちも現役力士と同じぐらいに大活躍する。世代交代して人気力士が大挙して引退したのなら、それを放っておく手はないだろう。
親方たちが順番にレジに着いて接客対応してくれる、公式売店も大人気。公式グッズが飛ぶように売れていく。私も行く度に、なんやかやとついつい買ってしまい、「栃煌山から手渡された!」とか、いちいち興奮して大騒ぎしてしまうから、すっかり協会の思うつぼだ。
またスイーツ親方(芝田山親方/元・大乃国)を中心に、春日山親方(元・勢)らがカラフルなエプロンをしてパンを売るエリアもある。パンですよ、パン。国技館がパン屋になってるんですよ!
さらには相撲博物館では5月場所中は『白鵬展』が行われて、土俵下で実際に白鵬が座っていた座布団に誰もが自由に座れて、これまた自分のスマホを渡すと係の人が撮影をしてくれる。
2階に行けば『親方ちゃんねる』のオリジナルグッズが入つたガチャポンがあったり、そうそう、親方系ではないが、2階のフォトスポットでは、幕内土俵入りの一員の絵に入り込んで撮影ができたり、誰もが参加できて商品が当たるガラポン抽選会があったりで、のんびり席に座って相撲を見てる間もないほど大忙し。
なんだかもう、こうなると大相撲はフェスみたいだ。夏フェス。朝8時台から夕方6時までたっぷり楽しめる大相撲鑑賞はフェスみたいだと前々から思ってはいたものの、今や完璧にフェス状態だ。メインのステージがあり、その裏でトーク・イベントや撮影タイムが行われ、さまざまなお楽しみやお買い物が楽しめる。
間垣親方(白鵬)は親方業を始めたことで「大相撲はいろいろなものがあって成り立ってることがよくわかりました」と言っていた。ただ相撲を見るだけではないいろいろな要素があるからこそ、大相撲は江戸時代から興行として続いている。その形も戦前、戦中、戦後、平成と、少しずつ形を変えてきた。スター力士がいたり、圧倒的に強い人がいたり。もし、そういう存在がいないとしても、序ノ口から幕内まで1日約170番もの相撲が取られる。興奮させてくれる取り組みは、毎日いくつもある。
たとえ推し力士がいなくても、それはそれで十分に楽しい。リアルで見る相撲、ド迫力の勝負が数秒でつく。まさに「映画も倍速、早送りで見る」世代にだってぴったりじゃないのか?
ちなみに、《こんな物まで売るのか?ベスト3》は、「食パン」「お守り(相撲の神さまを祀った神社のもの)」「マカロン」だろうか。力士の顔を入れたスプーンセットっていう昭和なグッズにもバカうけし、何でもありの節操のなさに大相撲という興行のしぶとさを見る思いがしている。
最後に、ぜひこれも書いておきたい。驚嘆すべくは、横綱白鵬を筆頭に、レジを打ったり、トークに出たり、これまでの本業であった相撲を取る以外のことも、各親方たちが嬉々として、実に楽し気にやっているのがすごい。
ああ、大相撲って興行なんだなぁとしみじみ思う。そういう場にほとんど出てこない元力士(親方)もいるが、まぁ、それもそれ。それぞれの役割分担や、やりたくないならやらないでなんとかなっちゃうところも、なんというか、逆に大相撲の多様性とか寛容さと捉えたい。
なお、大相撲5月場所は22日まで東京・両国の国技館で開催中。チケットは日本相撲協会のホームページ、入場券情報から買える。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生、政治など書くテーマは多岐に渡る。主な著書に『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)、『世界のおすもうさん』(岩波書店)、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた。』(左右社)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。