4月5日、米経済誌フォーブス恒例の世界長者番付が発表され、どよめきが起きました。4年連続首位のアマゾン・ドット・コムの創業者、ジェフ・ベゾフ氏に代わって、トップに立ったのが、あの米電気自動車(EV)大手テスラの最高経営責任者(CEO)イーロン・マスク氏です。
その余韻も冷めやらぬ4月25日、またしてもイーロン・マスク氏がセンセーションを起こしました。世界的SNSのツイッター社が、同氏の総額440億ドルとされる買収提案を受け入れたのです。5月13日、マスク氏は買収を保留にしたと報じられているものの、同氏は今年もサプライズを連発し、世界を席捲しています。
実はイーロン・マスク氏は世界を不安の渦に巻き込んでいるロシアによるウクライナ侵攻に大きく影響を与えています。
イーロン・マスク氏がCEOを務めるスペースエックス社が提供する通信システム、スターリンクがウクライナ市民たちの大きなネットインフラになっているのです。
スターリンクは、比較的小型のアンテナやルーターを設置するだけで、そちらが宇宙空間の衛星と通信するため、瞬時に広域にネット環境を提供することができます。
ウクライナのフョードロフ副首相は2月下旬、ロシアによるサイバー攻撃と通信網の破壊を受け、イーロン・マスク氏に対しツイッターで応援を要請しました。マスク氏がこれに応じ、わずか10時間半後に同地でのサービスを開始したのです。
また、スターリンクがウクライナ軍のドローンと連携することで、戦場でも「革命」といえるほどの変化をもたらしています。
ドローンが偵察や、砲撃の際の位置確認で大きな威力を発揮し、ウクライナ軍の大善戦の要因の一つになっているのです。
開戦以来、10人前後のロシア軍の将官が戦死したとされ、その多さが話題になっていますが、西側諸国に支援されたウクライナの通信傍受やドローン偵察・砲撃の正確さが、ピンポイントでの“大物狙い撃ち”を容易にしているといわれています。
ウクライナ“戦場SNS”のリアル
また、この戦争は“SNS戦争”といえると思います。
主にウクライナの兵士が、その“戦果”をSNSに日々アップしています。
ジャベリンと呼ばれる対戦車砲を打ち、それが戦車に命中する様子、そして丸焦げになったロシア軍の戦車の前で「私が倒しました」とばかりに記念撮影、あるいは撃破した戦車内や車両内部の残留品を調べるシーンの動画、そのような画像と動画が山ほど配信されています。それらにはフェイクやプロパガンダも混じっているかもしれませんが、マスク氏が提供したスターリンクがあるからこそ戦場から直で発信できるわけです。
それらの多くは、ウクライナ軍のいくつもの部隊のYouTubeチャンネルや「テレグラム」(ロシア発祥のSNS)、兵士個人のTikTokなどで発信され、それらが欧米の“戦争ウォッチャー”らによってまとめられ、ツイッターやフェイスブックに日々流れてきます。その中にはロシア兵士の遺体の写真も含まれているのです。
またウクライナ軍も今日はロシア軍の戦車何台、戦闘機何台、ヘリ何機を撃破した、などの成果を日々数字で発表しています。
私が衝撃を受けたのは、ウクライナ軍のドローンがロシア側の陣地に爆弾を落とす動画です。爆弾を運ぶドローンが動画も撮影しており、実に鮮明です。落とした爆弾がロシア軍の陣地で爆発し、兵士たちが逃げ惑っています。しかしある兵士は爆発で足を負傷したようで、数歩歩いてその場に座り込んでしまいます。そしてその兵士の痛がる様子がアップで写されます。そんな動画に軽快な音楽がついていたりもします。
またもう一つは、ウクライナ軍の兵士が戦死したロシア兵の携帯から、その妻に連絡を入れているというものです。「あなたの夫は○○で戦死しました。仲間たちは遺体を回収せずに撤退してしまいました。それについては軍に問い合わせてみてください。さようなら」といった内容を話しているのだそうです。
衝撃という言葉では表せない、狂気に近い戦争のリアルのようなものの塊といえる動画でした。
マスク氏ツイッター買収でトランプ前大統領は
ツイッター社買収の激震は、次回のアメリカ大統領選に影響すると言っても過言ではありません。2021年1月のアメリカ連邦議会襲撃事件に大きく影響を与えたことを理由に、永久凍結されたドナルド・トランプ前大統領のアカウントがマスク氏の買収で復活すると見られているからです。
バラク・オバマ候補が2008年、「CHANGE!」「Yes, We can.」のツイートで一大ムーブメントを起こしたように、アメリカ大統領選ではSNSでの発信が死活問題です。マスク氏は「トランプ氏はツイッターに戻るべき」とツイートしています。
ところが当のトランプ氏は一顧だにせず、「ツイッターアカウントが回復されても戻らない。新SNSのTRUTH Socialを主導して発信する」と大方の予想を裏切りました。
国際政治アナリストの上郷ほたる氏はこう分析しています。「トランプ氏は内心、ジョー・バイデン大統領が属するアメリカ民主党や経済界とマスク氏の繋がりを訝しんでいます。いざ再利用したは良いが糠喜びで、肝心の大統領選間近に不慮の言論統制を敷かれはしまいか。そのリスクを勘案すれば、労力を掛けてでも自前のSNSを開設した方が賢明だと、現時点では算盤を弾いています」
私の前回の原稿、「ウクライナ侵攻、追い込まれたロシア・プーチン大統領がトランプ前アメリカ大統領にすがる日」(4月7日公開)では、トランプ氏が今回の戦争の調停に乗り出す可能性を指摘しましたが、現在は機が熟する、つまり西側諸国の和平への機運を見定めている状況のようです。
安倍晋三元総理は「私は27回もウラジミール・プーチン大統領と交渉を重ねてきた。NATOや米国からマンデート(委任)が与えられれば交渉はやぶさかでない。しかし、それがないと意味を成さない」と語ります。トランプ氏も同じスタンスでしょう。
国民生活を脅かす超円安、岸田総理は食い止められるか
そうこうしてる間に、為替相場が日本経済に影響をもたらし始めています。4月末に1ドルは130円を越え、20年振りに急激な円安が進んでいます。財務官僚でもあった鈴木馨祐元財務副大臣は、「ウクライナ侵攻によるエネルギーコストの高騰に続き、穀物の価格も上昇すれば、悪い円安になり得る。金融政策では限界があり、経済を加熱させるには人やカネを流動化させる構造改革しか解は無い」と警鐘を鳴らしています。
不動産業界の最前線で汗を流す、リシェスホールディングス代表取締役の井出博之氏は「超円安で、中国人が日本の不動産を買い漁れる状況に拍車が掛かった。逆に、日本人の不動産オーナーは、物価高騰で内装代が跳ね上がり、手離さざるを得なくなってくる。2極化で大変なことが起きています」と危機感を露わにしています。
この超円安とウクライナ侵攻による原油高・穀物高での物価高騰は国民生活への脅威であり、今は「経済有事」といえるでしょう。
今月23日、岸田総理は一連の首脳外交の総仕上げとして、初の来日となったバイデン大統領と日米首脳会談を行います。対ロシア戦線、米FRB(連邦準備制度理事会)の利上げによる超円安が俎上に上ります。例えば、日米による円買いの協調介入のプランを策定する、あるいは共同会見で示唆するなど、この経済有事で岸田総理が何らかの成果を挙げることができるか注目されます。