蛇口酒は呑兵衛にはたまらない!?居酒屋、自宅で注ぎ放題!

「テーブルに設置されているコックから、自分でじかにハイボールを注げるって楽しいじゃないですか。自分の好みの量を、好きなタイミングで飲むことができるから、オーダーするわずらわしさもない。マイペースで飲食を楽しめるから楽しいし、ストレスが少ない」

 こう話すのは、都内在住の40代男性。各席に設置してあるコックからハイボールやレモンサワーが飲み放題の“卓上サワー”店舗に、週1で通っており、その魅力を話す。

蛇口酒の魅力

 実はいま、卓上にある蛇口やコックから、直接ハイボール、レモンサワーなどの酒類を注ぐことができる飲み放題(注ぎ放題)の飲食店の集客数が伸びている。

 '19年7月に千葉県柏市に1号店を出店した『大衆ジンギスカン酒場 ラムちゃん』は、コロナ禍にもかかわらず、首都圏に11店舗('22年5月時点)を構えるまでに拡大。また、卓上からレモンサワーを注ぎ放題の『仙台ホルモン焼肉酒場 ときわ亭』は、'19年12月に1号店の横浜店を皮切りに、現在、50店舗以上を展開するまでに急成長している。

 ほかにも、蛇口をひねるとキンミヤ焼酎が出てくる海鮮居酒屋『とらや』ホルモン食べ放題と卓上にチューハイサーバーが設置されている『レモホル酒場』、「さとバル」というサービスを利用すると、ドリンクバーのようにセルフ式でレモンサワーや生ビールが楽しめるファミレス『和食さと』など、蛇口やコックから自分で注ぐ、「蛇口酒・コック酒」と呼ばれるサービスが急増しているのだ。

キリンビールが展開する、定額制のホームサーバー(写真はHPより)

 こうした傾向は外食だけではない。コロナ禍による巣ごもり需要の増加を受けて、自宅にいながらにして飲食店のような生ビールを楽しむことができるキリンビールのサブスクリプション(定額制)サービス『キリン ホームタップ』は、会員数が 10 万人を突破。アサヒビールも、同様のサービスである『ドラフターズ』を開始し、こちらは『アサヒ エクストラコールド』が自宅で飲めるという付加価値を与えることで差別化を図っている。

飲みスタイルの変化

※画像はイメージです

 外食、内食ともに「蛇口酒・コック酒」が盛況。自分で注いで、自分で楽しむ─。そんなパーソナライズされた飲みのスタイルが広がりつつある。

「コロナに入る直前くらいから、飲食店はただお腹を満たすためだけの場所ではなくなってきていると感じていました。焼き肉業態は、自分で焼いて召し上がっていただくという形式でしたが、これからはよりお客様が体験を求めていくだろうと。卓上にハイボールの出るサーバーを設置することで、一層楽しんでいただけると思いました」

 と話すのは、外食における「蛇口酒・コック酒」の先駆的存在である『大衆ジンギスカン酒場 ラムちゃん』を経営する、一家ダイニングプロジェクト広報部・片岡有紀子さん。同店は、全卓に『サントリーウイスキー角瓶』を使用した超高圧炭酸ハイボールサーバー(お店ではタワーと呼んでいる)が設置されており、手前に引くとハイボールが、奥に倒すと超高圧炭酸が注出する仕組みになっている。『レモンサワーの素』を頼めば、レモンサワーも自分で作ることが可能だ。価格は、60分1人550円(税込み)。この価格帯での注ぎ放題に注目が集まっている。

大衆ジンギスカン酒場 ラムちゃん(写真はHPより)

 ハイボールを選んだのにもワケがあるという。

「若者を中心に、“お酒離れ”や“ビール離れ”という状況が進んでいました。また、健康志向の高まりもありました。高タンパクのラム肉に、低糖質であるハイボールをじかに注げるお店なら、健康志向の方にもマッチしますし、体験としても楽しんでいただけるのではないかという狙いがありました」(片岡さん)

 といっても、60分550円という価格設定は衝撃的ですらある。同店のラム肉は、臭みもなくやわらかく食べやすいため、1人ジンギスカンを楽しむ人も多い。ラム肉との相性もよく、「みなさん、4~5杯は飲まれます」と片岡さんが話すように、ぐびぐびとハイボールを飲んでしまうこと必至だ。冒頭の男性は、「8杯は余裕っすね!」と目を輝かせていた。ぶっちゃけ、飲まれすぎると店側は困らないのか?

「たしかに飲まれすぎると……(苦笑)。ですが、提供しているお肉に自信を持っていますので、飲み放題ではない部分を含め、工夫次第で利益を出せるようにしています」(片岡さん)

気になる原価率は?人件費を抑えられる

レモンサワー

「ハイボールやレモンサワーは、お店で提供するアルコールの中でも原価率が低く、飲み放題との相性がいい」

 と話すのは、調達・購買業務コンサルタントで、未来調達研究所所属の坂口孝則さん。

「アサヒビールを基準とした数字ですが、生ビールの場合、19リットルで価格は約1万円。チューハイは、19リットルで約6300円。ハイボールは、10リットルで約5500円です」

 店舗によってジョッキ容量やお酒と炭酸の配分は変わるだろうが─、と断りを入れたうえで、

「生ビールを、一般的といわれる350mlに換算すると、ジョッキ単価は184円。お店での販売価格を550円とした場合、原価率は33%です。一方、チューハイ、ハイボールは、ジョッキ容量を250mlとすると、前者のジョッキ単価は83円後者は138円です。同じく販売価格を同じ550円に設定すると、それぞれの原価率は15%、25%になります」(坂口さん)

 もちろん、価格や時間といった飲み放題の設定次第によって原価率は変わってくる。だが、ビールと比べると、1杯当たりの原価率は安価であり、卓上サワーの飲み放題が増えている一因になっていることは間違いない。

アサヒビールが展開する、定額制のホームサーバーは定着するか?(写真はHPより)

 ちなみに、ホームタップのようなサブスクサービスの原価はどうなっているのか? 同じくアサヒビールの『ドラフターズ』を例に解説する。同サービスは、月額税込み7980円(月額基本料金:2990円+ビール料金2リットル2本:4990円)だ。

「4リットルを350mlのグラスで飲む場合、ジョッキ単価は698円ですから、飲食店よりも割高といえるでしょう。追加注文をしてプラス3リットル、つまり計7リットルを飲む計算だと、先の550円まで下げられます。ただ、コロナによって家計の外食費は約3割減少しました。その3割の行方が、“宅飲み”といった自分時間の豊かさの創出に流れていると思います」(坂口さん)

 たしかに割高かもしれないが、自炊すれば食費のコストを抑えられるなど、アイデア次第でぜいたくな食卓を演出できる。そうしたニューノーマルの生活志向が、内食における蛇口酒人気を支えているといえそうだ。

『ラムちゃん』のような「蛇口酒・コック酒」飲食店が人気の背景は、まだある。前出・片岡さんが教える。

「コロナ禍、アフターコロナの中で、店のスタッフとの接触をなるべく避けたいというお客様も少なくありません。卓上サーバーの設置に加え、QRコードを読み込んでスマホ上からもオーダーを可能にするなど、接触の機会を減らす工夫を進めた結果、スタッフを呼んでオーダーを追加する、グラスの交換といった作業が減少しました」

 消費者がセルフで楽しめる時間を増やすことで、結果的に人件費を抑えることにつながる。また、こうした店舗のスタッフは、接客の対応に余裕があり“感じ”がいいという評判も。四方からオーダーの声をかけられ忙殺されれば、イライラしてしまう。だが、蛇口酒がある店ならば、ドリンクのオーダーは激減する。スタッフの働き方に変化が生じるのは明らかだろう。

 それぞれのテーブルにサーバーを設置して客にセルフで注がせるサービスは、セット注文や小皿での提供が多い焼き肉業態と相性がよく、

「スタッフの数も抑えやすい」

 と、坂口さんは指摘する。コロナによる飲食店の苦戦は、まだ続くだろう。だが、「蛇口酒・コック酒」が人気を集めているように、アイデアひとつで話題店になることだってある。

「その店に行く口実ですよね。“自分でハイボールを注げるお店があるから行ってみようよ”という具合に、口実があることが望ましい。今後の外食産業というのは、口実を作ることがポイントだと思います」(坂口さん)

 わざわざ外食する理由があるかどうか─。これまで以上に自宅ではできないことを提供しなくてはいけない飲食店は、コロナによって新しい局面を迎えている。

さかぐち・たかのり
 未来調達研究所株式会社所属。調達・購買、原価企画を担当し、バイヤーとして200社以上のコスト削減、原価企画を担当した仕入れ等の専門家。日本テレビ系『スッキリ』等、出演中。著書『調達・購買の教科書』など多数

<取材・文/我妻アヅ子>