4月上旬、元モーニング娘。のメンバーでタレントの保田圭(41)はブログで、息子が背負っていたウルトラマンのリュックを電車内に忘れたと報告。中には、限定販売のソフビ(人形)が何体も入っていた。全部買い直すことを想像し、一時は肩を落としたが、遺失物センターに無事届けられていたと事の顚末を綴った。
《あ、ありました! 落とし物がきちんと持ち主に戻る日本って素晴らしいなぁ…心がほっこりしました》
東京都内の落とし物を保管する警視庁の『遺失物センター』所長・五十嵐祐紀子さんは、イギリスやアメリカ、スイスなどの海外メディアも取材に訪れたことがあると話す。
「“何でも届ける日本人ってすごい!”と驚かれます。片方だけの手袋が届けられたり、現金が戻ってきたり、日本の届ける文化は信じ難いようです」
元SMAPの中居正広もびっくりの返還率
3月、警視庁は落とし物をした際に届け出る『遺失届』のオンライン申請を開始した。遺失者がなくしたものの種類や特徴、日時や場所などを入力して申請すると、担当者が情報をもとに検索をかけ、該当するものが見つかれば、連絡が入る。
警視庁遺失物センターによると、'21年に届け出のあった都内の拾得物は約281万7000件。せっかく届けられても、落とした人は諦めてしまうケースが多いのか、持ち主に返されたのは約48万件で、2割弱だ。新型コロナウイルス感染拡大前の拾得物件数は、年々増加し続け、'18年と'19年は400万件を超えていた。
しかし、'20年以降は外出自粛や訪日外国人の減少で激減。それでも、昨年は東京都だけで1日平均7718件が届けられている。
拾得物の上位ランキング1位は証明書類(免許証、パスポート、クレジットカードなど)、2位は有価証券類(定期券、ICカード、商品券、電子マネーカードなど)、3位は財布類、4位は傘類、5位は衣類・履物類(コート、マフラーなど)だ。
数か月前、元SMAPの中居正広は自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組でなくした財布が警察署に届けられていたことを明かし、「すごいっすね、落とした財布届くんすね……」としみじみ語っていた。
落とし物によって返還率に大きな差が
昨年、届けられた現金の総額は約33億8000万円。そのうち持ち主に返還された現金は約25億円だったが、物によって返還率には大きな差がある。
「昨年、現金の落とし物の最高額は2000万円で、持ち主に返されています。スマホなどの返還率は約80%、クレジットカードや運転免許証などは約75%の高い割合です。一方、衣類は約5%、傘に至っては約1%しか持ち主が現れませんでした」(五十嵐さん、以下同)
また、コロナ禍で意外な落とし物が目立つようになったという。
「小包などの箱物です。巣ごもり需要で“置き配”が増えたせいか、誤配された荷物が交番に持ち込まれることが多いようです」
珍しい落とし物について、さらに尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「例えば、入れ歯、松葉杖、似顔絵、盆栽など、人が持ち歩けるものは何でも届けられる可能性があります」
「落とし物」なのか、「捨てた物」なのか、判断が難しいものもあるという。
「椅子や、スーツケースなど大きいものが届くと、これを忘れる人がいるのかな?と不思議に思うこともありますが、“捜している人がいるかもしれない”との認識で受理しています」
また、意外に知られていないのがペットも遺失物として扱われていることだ。
「年間で約2100匹くらいの犬猫が届けられ、約8割が飼い主に返されています。ペットがいなくなった場合には、交番や警察署に遺失届を早めに提出し、あわせて都道府県等の動物愛護センターや保健所にも連絡してください」
東京都が落とし物から得た金額は6億超え!
通常、落とし物は、拾得者(拾った人)または駅、デパートなどの施設管理者を経て交番や警察署に届けられる。東京都内の落とし物は、警察署で約2週間保管され、持ち主に返還されないものは、遺失物センターに移管。警察に届いてから3か月たっても持ち主が見つからない場合、所有権は拾得者に移る。拾得者が権利を放棄すれば、最終的に各都道府県のものとなる。
個人情報に関わるものや売却できないものは廃棄されるが、一部のものは売られ、代金は都道府県のものになるのだ。
昨年、東京都の帰属になった現金の落とし物は約4億1000万円、物品の売却代金は約2億6000万円だった。落とし物で都が得た金額は約6億7000万円にものぼる。
五十嵐所長に遺失物センターの地下倉庫を案内してもらった。鉄道会社別に色分けした大きな布袋に、受理した日付ごとに、落とし物を入れ、棚に収納しているという。
大手学習塾の札が付いた合格祈願の破魔矢、未開封の突っ張り棒などが袋の口から顔をのぞかせ、思わず持ち主の姿を想像してしまう。
膨大な数の落とし物を捜し当て、持ち主に返す。気が遠くなりそうな業務だ。特に傘には苦労するという。
「似たような傘がいっぱいあります。ある日、電話で“傘をなくした”と問い合わせがあって、何とか捜して返還しました。後日、“あの傘は母にもらった大事なものだったんです”と感謝の手紙をいただきました。そうやって喜んでもらえるのは、励みになります。どんなものでも、その人にとって大事なもの、思い出の品物がありますから」
5月初旬、千葉県にあるショッピングモールの一角で『鉄道忘れ物 掘り出し市』が開催されていた。
傘、メガネ、サングラス、雑貨、バッグを安価で販売している。使用感はあるが、高級ブランドのグッチのキーケースが2500円、イヴ・サンローランの傘が1500円、人気アウトドアブランドのスノーピークの折りたたみ傘は1900円と、どれも元値の半額以下だ。
熱心に傘を選ぶ女性客もいた。掘り出し物もあるが、何か手放しに安値を喜べない空気が漂う。忘れられた「モノ」たちの哀しみだろうか……。そんなことを思いながら、筆者はなくしていた折りたたみ傘の傘袋だけを10円で買った。
宇多田ヒカルも夢中、落とし物の哀愁……
歌手の宇多田ヒカルは、「落とし物の撮影」に夢中だと、あるテレビ番組で明かし、魅力をこう語った。
「本来たどるべきはずだった運命からこぼれ落ちて、予期せぬ出来事を甘受せざるをえない、誰にも目もくれられずにいるものが好き」
最初に見つけたのは、歩道で見つけたアダルトDVD。「何で落としたんだろう?」と妄想が膨らみ、以来、「面白いもの、かわいそうだと思うもの」を撮影するらしい。
グラフィックデザイナー兼イラストレーターの藤田泰実さん(39)も、路上で撮影した落とし物から物語を妄想し、写真に添えている。きっかけは、6年ほど前に大宮駅前で見つけた醤油の小袋6パックだった。
「醤油パックなんて1、2個あれば十分でしょ。なのに6つなんて随分欲張ったものだなと。でも、全部落としちゃって。昔話の欲張りじいさんみたいな人物を思い浮かべました」(藤田さん)
「後釜」と名付けた写真も切ない物語を妄想させた。公園の標識にかけられた帽子を撮影すると、同じ型の帽子をかぶり散歩する人が偶然、奥に写り込んだのだ。
「拾ってもらおうと思って主人を待っていたのに、主人は『後釜』を見つけてしまっていた……というドラマが浮かんだんですね」
SNSでは、落とし物の写真を「拡散希望」としてアップした後で警察に届ける人も増えている。日本ではなくしたものと再会できる可能性が高いのだ。
前出の遺失物センター所長・五十嵐さんに『遺失届』を出す際の注意点を伺った。
「例えばアニメキャラクターの絵があるとか、傷や汚れがあるとか、細かい情報が決め手になって発見されることがよくあります。遺失物センターで働く職員は、ブランドやキャラクターなどに非常に詳しくなります。諦めずに、遺失届に細かい情報を記載してほしいです」
新しいものを買い直す前に、「届ける文化」を信じ、行方を捜してほしい。これもまたサステナブルな行動であり、再会できれば、愛着もひとしおだろう─。
<取材・文/小泉カツミ>