コロナ禍でのさまざまな制限もなくなり、街に人の流れが戻ってきた。それと同時に浮き彫りとなってきたのが百貨店や飲食店といったサービス業の女性従業員らに対するセクハラやパワハラ被害だ。中には性被害を受けるケースも……。被害女性たちはその苦しい胸の内を明かしたーー。
性被害の声も
今年2月下旬、百貨店の美容部員がSNS上に投稿した問題提起が話題になった。
《実は美容部員、特にデパートで働く販売員はストーカー被害を受けることがめちゃくちゃ多いんです。もちろん99・99%の男性は自分用またはプレゼント用で買いに来られている方なのですがいったんこういう現状もあるんだなあってことで聞いてください(一部抜粋)》
投稿は大きな反響を呼び、13万以上のいいねを集めた。すると、サービス業、接客業など同じ職業に就く女性からも、顧客から受けた被害を訴える声が相次いだのだ。
販売員だけでなくサービス業の女性たちは本誌にも自らの被害経験を打ち明けた。占い師のららさん(仮名)も過去にあった被害を訴える。
「男性のお客様からストーカー被害も受けました。鑑定中に電話番号を聞いてきたり、手相を見るときや会計時に手を握ってきたり……。帰ろうとしたとき、従業員出口の前で待ち伏せされていたことも何度もありました。高圧的な態度の方や鑑定内容が気に入らないと怒鳴ってくるお客さんにリピートされたときは精神的に参ってしまいました」
心身共に疲れ果てたららさんは店を辞めた。
大型量販店の衣料品売り場で接客を担当する洋子さん(40代・仮名)も冒頭の投稿に共感したひとり。
「私たちのフロアも女性従業員が多い。男性のお客様のほとんどは自分や家族のものを購入しに来店されていますが問題のある方も……」
下着売り場を担当していたとき、何を買うわけでもなく売り場をうろつく男性客に遭遇したことがあった。
「純粋な買い物かわからなくて、モヤモヤしました。それに売り場で盗撮や痴漢被害に遭った女性の同僚もいます」
洋子さんは上司に訴えたが、「警備員の巡回を強化する」と言われただけ。根本的な解決にはならなかったという。
「私は正社員ですが、売り場の従業員の多くは契約社員やパート。嫌なことをされても上に言えば面倒くさいと思われ契約更新されないのでは、とみんな悩んでいます」(洋子さん)
性被害を受けたのは洋子さんの同僚だけではない。飲食店従業員の麻衣さん(仮名・40代)は重い口を開いた。
「私は雇われママで、1人で店を切り盛りしています」
店はカウンター席のみ。週末など忙しいときなどは知り合いに接客を手伝ってもらうこともあるが、基本的に店には麻衣さん1人。
「最初の緊急事態宣言が明けた直後でした。コロナ禍前までとはいきませんでしたが、うちの店にもお客様が戻ってきていたんですが……」
ある日、外出自粛でたまったうっぷんを晴らすようにむちゃな飲み方をしていた男性の常連客がいたという。
「その人は営業時間が終わってもまだ居座っていて……常連さんなのでむげに帰ってくださいとも言えなくて……」
閉店時間から1時間以上がたったので帰宅を促す麻衣さんに男性は無理やり性的な関係を迫ってきた─。
「抵抗し、未遂でした。被害を訴えれば変な噂が広まって他のお客さんにも影響があるかもしれないし、オーナーから退職を促されるかもしれない……誰にも相談できず……」
麻衣さんは泣き寝入りせざるをえなかった。事件後も普段どおりに店頭で接客している。だが、泥酔状態の男性客が閉店時間まで1人で残っているとあの日のことが蘇り、苦しくなると明かす。
背景にあるのは3つの要因と分析
「サービス業、接客業従事者へのセクハラやパワハラなどハラスメントは長年問題になっていましたが、なかなか顕在化してこなかった。ですが、コロナ禍による規制も緩和され、街に人が戻ってきたことやSNSなどを通して当事者たちが声を上げ始めてきたことにより、可視化されたのではないでしょうか」
ジェンダー問題に詳しい近畿大学教授でジャーナリストの奥田祥子さんは前述のハラスメント問題の背景には3つの要因があると分析する。
「1つ目はジェンダー問題。社会は男女共同参画、女性活躍が進み、多様性を受容する重要性が訴えられています。そのため、会社など公的な場所では表向きは女性を差別、蔑視をする男性は減ってきたように思います。ですが、実際には、本音や内に秘めた部分で根強い女性差別や蔑視が残っているとみられます」(奥田さん、以下同)
特に買い物や食事など、プライベートな時間に、つながりが浅い人と接する際に本音の部分が見え隠れするのだという。そのときに女性店員がターゲットになる場合も。
2つ目は職業特性。
「かつては『男は度胸、女は愛嬌』という表現がよく使われていました。それに加え、今も特に飲食や販売など接客を伴うサービス業では女性従業員に対して気遣いや丁寧な対応、柔らかな表情などが求められることが多い。接客マナーはもちろんですが、顧客に対するホスピタリティーが付加価値になるのです。それを履き違えている男性がいるとみられます」
そのためホスピタリティーを好意と勘違いし、必要以上に接触を求めたり、日頃のうっぷんを晴らすため、威圧的な態度を向けることも考えられるという。
「3つ目はアンコンシャス・バイアスです。これは無意識の偏見、無意識の思い込み、のこと。本人が気づいていない偏ったものの見方や認知のゆがみのことを指します。特に中高年男性が陥りやすく、パワハラ、セクハラ、モラハラの行為につながることもあります」
実はこれこそが最も、深刻な問題なのだ。日本の企業の多くは古くから男性主導の権威主義、排他的な組織を育んできた歴史がある。
「故意的な場合もありますが、多くの男性は建前上、女性を下に見たり、悪態をついたりしたらダメ、とわかっているのに、無意識のうちに昔ながらの権威的な男性社会の考え方を引きずってしまうのです。そのため、サービス業や接客業の女性に対して支配者のように振る舞うものと考えられます」
問題はわかっていても対策が取られてこなかった背景には企業側や男性上司にも古い価値観や体質があったからだと奥田さんは指摘。ほかにもSNSなどを通して噂だけが独り歩きするネット社会。プライバシーの問題もあり警備を強化することで顧客を遠ざけるのではないか、と二の足を踏む状況も考えられる。
「これは悪循環です。被害に遭う女性従業員だけでなく、純粋に買い物やサービスを求めてくる男性客自身、被害経験のある女性従業員に警戒されたりするなど、二次被害を被っているのですから」
さらに被害は実は女性従業員にとどまらない。
「男性や多様な性を生きる従業員も被害を受けています。セクハラやストーカーなどの加害者の中には女性顧客が男性従業員にハラスメントを行うこともあり、男女問わず加害者にも被害者にもなりうることを念頭に、サービス業、接客業従事者に対する性別を超え多様な性を踏まえた、差別や蔑視について問題視していかないといけません」
こうした差別的な価値観は親から子へと受け継がれていくおそれもあるという。
「10代、20代の若者も無意識のうちに親の差別的な価値観の影響を受けている場合があります。子どもが加害者になることもあれば、被害者になることもある。そして、被害者になったとき“そういう仕事だから我慢しなさい”と親自身が子どもを突き放してしまう場合まであります。そうなれば子どもたちは誰にも相談できずに1人で抱えてしまう」
だが、逆に問題が噴き出ている今をチャンスとして捉え、状況を変えていくタイミングでもあると奥田さんは訴える。
「冒頭の美容部員の投稿を通して、接客業やサービス業従事者の被害や、女性蔑視、ジェンダーに対して関心が集まり、問題提起されました。これまで多くの女性従業員が傷つき、泣き寝入りしています。多様性重視や女性活躍など表面的には解決に向かっているように見えますが、足元では依然として問題が起きている。これを契機に社会全体として意識を変えるためにひとりひとりが考え直すタイミングなのではないでしょうか」
近畿大学教授・ジャーナリスト
奥田祥子さん
仮面イクメン、無自覚パワハラ、就活セクシズムなど独自の切り口で仕事や私生活での生きづらさを追う。『捨てられる男たち』『「女性活躍」に翻弄される人びと』など著書多数。