子どもの性被害は表に出ない「暗数」が多い(※写真はイメージです)

 子どもを狙う事件が後を絶たない。13歳未満への強制わいせつなどの認知件数は去年1年で748件だが氷山の一角とみる専門家もいる。性犯罪は身内からが6割。深刻なダメージは生涯続く。

芸能人も…子ども時代に遭遇した性暴力

 人気バンドSEKAI NO OWARI(セカオワ)のメンバー、Saori(35歳)が6歳のときに受けた性被害を自身のインスタグラムで告白したのは、今年3月。

「知らない男性に『ズボンのチャックを一緒に閉めてくれないか』と声をかけられた」

 男性が困っていると思って家の陰にふたりで行き、言われたとおりにチャックを閉めたという。荒い息づかいをおかしいと感じはしたが、幼心には「普通の人助け」。間違ったことをしたのかもと気づいてすごく怖くなったが、「話したらきっと怒られる」という不安から、親には言えなかった。

「自分と同じような経験がある人は一体どのくらいいるだろう」という問いかけに対して「私にも似たようなことがあった!」という声がネットにあふれ、タレントの高橋真麻(40歳)やアンミカ(50歳)も「実は……」と幼少期の体験をカミングアウトした。

 日本性科学情報センター「子どもと家族の心と健康 調査報告書」によると、日本では女子は2・5人に1人、男子でも10人に1人が18歳までになんらかの性被害の経験がある。しかし実際に児童相談所へ被害の相談に来るのは年間でも約1700件ほど。

「県ごとに配置されている『性犯罪・性暴力当事者のためのワンストップ支援センター』に来る人の約3割が18歳未満で被害を受けています」

 そう語るのは性被害者ケアに詳しく公認心理師でもある、日本福祉大学の長江美代子教授。

 ワンストップ支援センターでは、専門のトレーニングを受けたスタッフが対応し、警察と連携して捜査関連の支援、医療的支援、心理的支援、法的支援といった総合的な支援を1か所で提供している。さらに、相談・カウンセリングにより心身の治療や生活支援など、被害後のケアにもつないでいる。

 長江教授によると、半数以上の人は被害に遭ってから72時間以内に相談に来るが、3割近くが被害から1年以上、なかには10~40年の時がたってから、という人も。

 ようやくここ数年、性暴力撲滅を訴える「フラワーデモ」や「#MeToo運動」が日本各地で広まり、これまでより被害者の声が届き始めているが、実際に性被害の告白をするとなると大きな精神的苦痛を伴う。例えば女優の橋本愛(26歳)は自身が過去に受けた被害を告発する難しさについて、こうコメントした。

《言えないんです。言葉を発そうとすると、たとえば口に汚物を塗りたくられたような感覚に。記憶を思い返すだけで、人の糞を無理やり口に、体内に捩じ込まれたような感覚に。とまで言えば、どこか体感として伝わるでしょうか》

 小学生のときに被害を受けた都内の会社員A子さん(50代)も「当時を振り返ると、いまだに混乱する」と話す。

「あれは祖母の家でのこと。親戚の集まりがあり、ひとりで和室で遊んでいたのですが、叔父がやってきて“○○子(私の名前)も最近、身体が大きくなったな”、と後ろから抱きかかえられ、持ち上げられた。そのとき、胸をなでられました。首筋に吐息がかかり……かわいがってくれていたのに、なぜと」

 主婦のB子さん(50代)のケースは、相手が担任教師だった。

「身体検査で心音を聴くチェックがあった日。上半身、裸になりベッドに寝ていたのですが、当時50代の担任教師がいきなり検査の部屋に入ってきました。私は小学5年生。なめるような目で見下ろされ、顔が近づいてきて。たぶん1分程度のことだったと思うのに、今も忘れることができません」

 B子さんはさらに、高校生のときの帰宅途中に「コートの下が全裸の男に追いかけまわされる」「停車中の車に声をかけられ、中をのぞいたら男が下半身を丸出しにしていた」といった被害にも。「大人になってから“昔、こんなことあったんだよね”と軽く話すと似たような経験をしてきた女性が、けっこう多いことに驚きました」と語る。

 4割以上もの女子が性被害に遭っているが、その実態は十分に把握されていないのが現状。子どものときに受けた性被害は複雑で深刻な問題として心の底に残ってしまう。

性被害が表に出てこないワケ

「自分が被害に遭っているという自覚がなく、大人になって思い返してから、あれは性暴力だったと気づくケースが多いのです」(長江教授、以下同)

 幼いうちはなんとなく違和感や不快感を感じながらも、自分が何をされているのか理解できていない。身近な人間と遊びやじゃれあいの延長線上で被害に遭ってしまう場合も多い。

 加害者に、脅しに似た口止めを強要されていることもまれではない。家族や親戚、教師、よく知っている大人などの顔見知りから性被害を受けている場合には「誰にも言っちゃだめだよ」「秘密にしておかないと、将来お嫁さんになれないよ」などと子どもの素直さを利用し、言いくるめられることもある。

 たとえ恐怖を感じても、手向かえば殴られたり怒鳴られたり、痛いことをされたりするかもしれないというさらなる恐怖から、言われたとおりに従うことしかできなくなる。

「自分が何か言えば、周りが大騒ぎになるかもしれない、親がすごく悲しい思いをしてしまう、と平穏な日常が崩れさってしまうことを恐れます。しかも物心がつき始めるとその感覚はより大きくなり、恥ずかしい、心配をかけたくないという気持ちから、経験したことにフタをしてしまうのです」

 この心の危険信号を放置すると、自分でも気づかない間に「トラウマ」となる。

「魂の殺人」性被害の残酷な影響

 暴力の根本は「相手を貶めて力ずくで支配する」。中でも相手の自尊心を踏みにじり、人権を否定し尽くしてしまうのが「性暴力」だ。被害を受けた人間は、恥や恐怖でどん底に突き落とされ、まるで生きたまま殺されるかのような苦痛を味わう。性暴力が「魂の殺人」と言われるゆえんだ。

 不可抗力の最大限の恐怖によってできた心の傷は、日常や人生にさまざまな影響を及ぼしていく。

 例えば「依存症」リスク。酒やタバコ、薬物、ギャンブル、摂食障害、窃盗、自傷行為など、ボロボロになった心は何かにしがみつこうとする。

「幼少期に繰り返し性被害に遭ったことで、トラウマによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)になる人が非常に多いんです」

 アメリカで行われた調査によると、性暴力被害者の約5割がPTSDを発症するともいわれている。落ち着きがなくなる、気分の変動が激しくなる、怒りっぽくなる、さらには人が怖くなり信用することができなくなる─その結果、うまくコミュニケーションがとれず、周囲から孤立してしまう。また、発達障害や統合失調症、うつ病といった精神疾患と似たような症状が現れるケースも。

「幼い性被害者は、大人になっても社会生活を普通に送れなくなるほど追い込まれます。このトラウマは、専門家の治療を受けずに回復するのは困難で、時間がたてば消えて忘れる、というレベルのものではありません。ただ記憶を消しているだけの不安定な状態を続けます」

 実際に支援センターに相談に来る人の中には、性的トラウマによる影響で自分でも気づかないまま日常生活に支障を来し、「なぜ自分だけ普通のことができないのだろう」と長い間悩み続けていることも多い。

 現在では、トラウマに対し科学的根拠を示した確実な治療法が確立されている。被害者、そして周囲が変化や症状に気づき、専門家のもとで早めに治療することで、複雑化を防ぐことができる。

「二次被害」を招く心ないひと言

 世間にはびこる大きな誤解が、さらに被害者を傷つける。

 例えば「強姦神話」。これは性暴力を受けた原因は被害者の側にもあると責め立てる傾向のこと。「嫌なら抵抗できたはずだ」「挑発的な服を着ていたせいだ」「性被害に遭うのは被害者にも非がある」というような偏見が世の中には蔓延。

 まるで犯罪者に肩入れするようななんとも無情なこうした偏見は、さらなる「二次被害」を招く。性被害者は自分を責め、被害に遭ったことをさらに明かしづらくなる。もし被害者が子どもなら、この刃はより鋭く胸の奥に突き刺さる。

「変質者に声をかけられたのは自分のせいだ」「あのとき犯人に嫌だと言えていたら、逃げられたかもしれない」と被害に遭った自分のほうを責めてしまう。自分より何倍も力のある大人にその場を支配され、動くことはおろか、声を出すことすらもできなくなるのが当然で、被害者にはたった1ミリも非がないのは明らかなのに……。

 警視庁のまとめによると、近年ではSNSをきっかけに性被害に遭う小学性が急増。性犯罪リスクは昔とは比べものにならないほど。

「身近な子どもの異変に気づいたら、あれこれ事情を聞くようなことはせず、早めに専門家や専門機関の力を借りてケアを。周りの人の初期の対応が大切なのです」

 身近に潜む性被害。この現実に社会全体でしっかり向き合い、トラウマへの理解を深めることこそ光をともす道筋なのだ。

【子どもが性被害……大人の心得】

・二次被害を招く言葉を言わない

「そんな時間まで何してたんだ」「どうしてついていったの?」「だから言っただろう」というような子どもを責めるような発言は絶対にNG!

・「あなたは悪くない」と伝える

 性被害を打ち明けるのは、とても勇気のいること。落ち着いて子どもの話を受け止め、心に寄り添うことが大切。「勇気を出して打ち明けてくれてありがとう」との言葉を添えて。

・根掘り葉掘り聞きすぎない

 専門家ではない人が、心配のあまり何度も聞きすぎると、子どもの記憶が混乱してしまい、さらに傷口を広げてしまう可能性がある。

・できるかぎり証拠を残す

 接触のある被害直後の場合は、お風呂やシャワーは厳禁。そのままの状態で警察に行き、加害者の体液や服の繊維などの証拠を採取してもらう。

・早めに専門家へ

 性的暴行などのケースは72時間以内であれば、妊娠を防ぐための「緊急避妊薬」が使用できるので早めに産婦人科へ。さらに、深い傷を負った心のケアのためにも専門家に相談を。

長江美代子さん

お話を伺ったのは
長江美代子さん


公認心理師。日本福祉大学教授で精神看護学・国際看護学を担当。2016年、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院との協働により「性暴力救援センター日赤なごや なごみ」の立ち上げ、運営に携わっている。

取材・文/オフィス三銃士