新型コロナウイルスのワクチン接種に伴い、市販の解熱剤の売り上げが伸びている。2021年8月の解熱剤の売上高は、前年同時期に比べて7割も増加した。実際、ワクチン接種後の副反応に備えて購入した人も多いだろう。
毎日10錠のんでいた30代女性のケース
ドラッグストアで手軽に入手でき、安全なイメージのある解熱剤だが、実は依存性があり、「なかには劇薬を含む危険なものもある」と話すのは医師の谷口恭さんだ。
「副反応が出た際に服用がすすめられている解熱剤は、正確には『解熱鎮痛剤』と言います。熱を下げたいときのほか、頭痛や生理痛などの痛みを和らげたいときにも使われるため、『痛み止め』とも呼ばれていますが、痛み止めの成分には依存性があり、安易に使ってはいけない薬なのです」(谷口さん、以下同)
解熱鎮痛剤のなかでもトップレベルに危険なのが、ブロモバレリル尿素という劇薬成分が入ったタイプだという。市販薬では『ウット』などがそれに当てはまる。
「ブロモバレリル尿素は依存性がきわめて強く離脱が非常に難しい成分で、自殺に使われることすらある劇薬です。10代から頭痛に悩まされ、ブロモバレリル尿素入り鎮痛剤をのみ続けて手放せなくなり、30代になるころには毎日10錠以上の服用が習慣になった女性の患者さんもいました」
診察室でこの薬の危険性を説明すると、女性は真っ青になったという。
「この女性をはじめ、たいてい最初は決められた用量を内服していますが、次第に増えてやめられなくなっていきます。ほとんどの“被害者”は『依存性があると知っていたら初めから使いませんでした』と言います。この薬は依存のリスクが高いにもかかわらず、安全で身体に優しいイメージの薬として宣伝され、薬局で簡単に手に入ります。本来であればメーカーや薬局があらかじめリスクを説明する義務があるのですが、それが果たされていないことは大きな問題です」
自分が買った解熱鎮痛剤がそのタイプかどうかは、どう見分ければいいのだろうか。
「箱などのパッケージの裏側を確認して、有効成分の欄に『ブロモバレリル尿素』と書かれているか、確認してください。もし表示があったとしても、ワクチンの副反応が出た際に1~2回服用する分にはそれほど大きなリスクはありませんが、強い依存性があることを認識して、必要以上にのむことは絶対にやめてください」
解熱鎮痛剤にはそれぞれリスクあり
では、ブロモバレリル尿素以外の成分なら安全なのか。
「いいえ、すべての痛み止めには基本的に依存性などのリスクがあります。まずは種類ごとの効果とリスクを正しく把握することが大切です」
市販の解熱鎮痛剤は、大きく分けて2種類ある。1つ目は、頭痛、生理痛などの痛みや炎症を引き起こす物質を抑えるエヌセイズというタイプ。解熱や鎮痛の作用に加えて抗炎症作用があり、新型コロナワクチンの副反応を抑えるのにも適しているが、中~長期間服用を続けると胃腸障害や腎障害、血圧上昇、心臓への負担などのリスクも。
また、使用しているうちに痛みに対して神経が敏感になり、弱い痛みでも強い痛みとして感じてしまうようになる「薬の使いすぎによる頭痛」を引き起こすこともあるという。
「私のクリニックでは、頭痛の原因の第3位がこの薬物乱用頭痛です。また、エヌセイズをのむ際に最も注意してほしいのがインフルエンザの場合です。インフルエンザで脳炎や脳症に進行した際にエヌセイズを服用すると、脳の血管を傷つけるおそれがあり、最悪の場合、帰らぬ人になるケースも。特に15歳未満の場合はインフルエンザ脳炎・脳症に移行しやすいので注意が必要です」
解熱鎮痛剤は、発熱や痛みの原因によって服用する種類を見極める必要があるのだ。エヌセイズというタイプの薬には、箱などにアスピリンやイブプロフェンといった有効成分が記されている(左の表の一番上のグループがエヌセイズ)。代表的な市販薬としては『バファリンA』、『イブ』、『ノーシン』、『セデス・ハイ』などがある。
週2日、月10日以上は危険!
「解熱鎮痛剤の2つ目のタイプは、脳に働きかけて解熱と鎮痛に効果をもたらすアセトアミノフェンという成分が入ったもの。胃腸や腎臓への副作用も少なく、エヌセイズよりも安全といわれています。とはいえ薬物乱用頭痛は起こりますので、日常的な服用は避けるべき。またエヌセイズのような抗炎症作用はないため、新型コロナワクチンの副反応を抑える効果はエヌセイズより低い可能性があります」
アセトアミノフェンが入っている市販薬には『タイレノール』、『バファリンルナJ』、『ラックル』などがある。
ワクチンの副反応に備えて解熱鎮痛剤を購入し、余りがいまも自宅にあるという人は、今後の服用に備えて、ぜひ一度パッケージの成分表示を確認してみてほしい。
「今後、熱や痛みが出て服用する場合は、エヌセイズ、アセトアミノフェンどちらのタイプでも、週に2日まで、1か月で考えるなら10日までにしてください。それ以上になると依存症になる危険性が非常に高くなりますので、必要なら必ず医師に相談してください」
教えてくれた人は……谷口恭先生
●太融寺町谷口医院院長。大阪市立大学医学部総合診療センター非常勤講師。大阪市立大学医学部総合診療センターに所属後、太融寺町谷口医院を開院。タイのエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA代表。
<取材・文/井上真規子>