カブは皮をつけたまま調理するとジューシーに仕上がる、アスパラガスをゆでる際の塩分は2%がいいなど、試作を繰り返すことでロジカルにおいしさを追求する料理家・樋口直哉さん。今回は新刊『もっとおいしく作れたら』から一部抜粋、家庭料理の定番、本当においしい完璧な肉じゃがを紹介します。
肉じゃがは歴史の浅い料理。牛肉、あるいは豚肉とじゃがいもをしょう油で甘からく炊いた料理に「肉じゃが」という名前がついたのは、1970年代とされる。それからあっという間に家庭料理の定番になったのだから驚きだ。
ふつうのつくり方は〈肉と玉ねぎ、じゃがいも、ニンジンを炒め、出汁、しょう油、みりん、砂糖などを加えて、火が通るまで煮込む〉というものだろう。
実は肉じゃがを上手に作るのは難しい
肉じゃがを上手につくるのは難しい。豚のバラ肉や牛のスネ肉のような長く煮込んでおいしい部位ならともかく、肉じゃがに用いる切り落とし肉のような薄切り肉は、長く煮込んだらパサパサになってしまう。
しかし、じゃがいもはある程度、長く煮なければやわらかくならないし、味も染み込まない。長く煮込みすぎると外側が煮崩れてしまう。
解決策は北海道のじゃがいも農家から教わった。
「じゃがいもを大きな乱切りにしたら時間がかかるだけだから、輪切りにすればいいのよ。そうすればすぐ火が通るから」
なるほど、と手を打った。じゃがいもの繊維は縦に走っているので、輪切りにすれば口の中でほろりと崩れ、食感もよくなる。加熱時間の短縮もともなって一挙両得だ。
まず牛脂で玉ねぎを炒める。牛脂を使うことで香りは十分に出る。玉ねぎがしんなりしてきたら出汁とみりん、しょう油の割下とじゃがいもを加える。沸いてきたら弱火に落とすことを忘れずに。
彩りのために加えることの多いニンジンは思い切って省いた。硬いニンジンをやわらかくするまで煮ると、イモが煮崩れるからだ。
最後に牛肉を入れさっと火を通し、あとは火を止めて余熱で仕上げる。もちろん、牛肉はちょっといいものを使うとやわらかく仕上がる。
ここまでつくっていて、ふと気づいた。肉じゃがはじゃがいもを入れたすき焼きなのだな、と。日常のざっかけない(ざっくばらんな)料理に思われているけれど、肉じゃがは本来、ちょっとぜいたくな料理なのだ。
余談になるが、試作を繰り返して気づいたのは、鍋の違いによってじゃがいもの食感が変わること。同じいもを使っても昔ながらのアルミの雪平鍋を使うとホクホクに仕上がり、ストウブやル・クルーゼのような鋳物の鍋を使うとしっとりとする。
肉じゃがはやや煮崩れたところに良さが
煮崩れにくいのは雪平鍋だ。とはいえ、肉じゃがはやや煮崩れたところにその良さがある気もする。煮込みすぎた料理には懐かしさがあるからだ。完璧な肉じゃがを目指すことがそもそもの間違いなのかもしれない。
つくった人の数だけ正解があって、その瞬間のおいしさがある。そして、どんなおいしさも食べた人を少しだけしあわせにする。
■材料(2〜4人分)
牛切り落とし肉 150g
牛脂 20g
じゃがいも 500〜600g
玉ねぎ 1個(150〜200g)
出汁 500ml(かつおと昆布の合わせ出汁など)
しょう油 大さじ4
みりん 80ml
仕上げのしょう油 大さじ1/2
絹さや 適量
■つくり方
1 じゃがいもは皮をむき、1.5cm厚の輪切りに。皮をむいた玉ねぎは半分に切ってから、繊維を断つように7mm厚のスライスにする。
2 鍋に牛脂(スーパーでもらえるもの)を入れ、弱火にかける。じくじくと脂が染み出し、かすかに色づいてきたら、玉ねぎを加えて軽く炒める。
3 玉ねぎがしんなりしてきたら、しょう油を入れる。香りが出たところでみりん、出汁を注ぎ、じゃがいもを加えて、強火にする。
4 沸騰してきたら弱火に落として、10分間煮る。じゃがいもに串がささることを確かめたら(硬い場合はもう数分煮る)、牛肉と仕上げのしょう油大さじ1/2を加え、さらに3分間煮て、火を止める。その後、10分間、余熱で火を通す。別に塩ゆでしておいた絹さやを添える。
樋口 直哉(ひぐち・なおや) Naoya Higuchi
作家・料理家 1981年東京都生まれ。服部栄養専門学校卒業。2005年『さよなら アメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞しデビュー。著書に小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)、『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)、『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA)などがある。