「『蜩ノ記』( '14年)という小泉(堯史)監督の前作に続き、今回も声をかけていただきまして。小泉監督の作品にはできるだけ出たいと思っているんですが、『峠』(司馬遼太郎)という原作や脚本を読み、大変ハードルの高い、難しい役だと感じました。でも何とか、河井継之助さんの思いを、彼の口から発せられる言葉の数々を丁寧に、大事に伝えたいと思いました」
大政奉還によって、260年余り続いた徳川幕府は終焉を迎え、諸藩は東軍(同盟軍)・西軍(新政府軍)へと分かれ、鳥羽・伏見の戦い、戊辰戦争へと突き進む。しかし長岡藩の家老・河井継之助は、どちらにも属さない“武装中立”を目指し……。
「河井継之助さん自身は、人間としては非常に軽妙で、洒脱で、世界が見えている人。サムライの時代は終わることを十分理解したうえで、新政府軍におもねることなくサムライとして生き続けた。原作の司馬遼太郎さんはサムライを通して、日本人が作った人間の芸術品みたいな人間像を彼に求めたんだと思います」
今、起きている戦争も誰もが身近に感じる
当初は '20年9月の公開が予定されていたが、コロナ禍の影響により3度の延期を経た。
「1年9か月延びましたけども、予定どおり上映されたときと今とでは、お客さんの感じ方はやっぱり違うと思います。本当にリアルに考えさせられる時期の公開になったと思います。
今、遠くで起きている戦争も、誰もが身近に感じている。そして、ちゃんとリアクションをしている日本で、かつてはこんな物語があった。今後、日本をどうしていくのかを考えるきっかけになってくれるといいなと思いますね」
失礼承知でお蔵入りの心配を尋ねてみると、
「それはなかったですね。だって、何億円もかけて作ってるんですから(笑)。僕自身、そういう経験は今までにないですね。昔、ギャラがもらえなかったことはありましたけど(笑)」
若い才能が来るように、そして育つように
1月に66歳を迎えているが、本作でももちろん、その存在感は増すばかり。そんな役所に夢を聞いてみると、熟考ののちこう答えてくれた。
「今、是枝(裕和)さんや西川(美和)監督など、そういう監督さんたちのグループの方たちが、よりよい映画界を作るために活動を始められているんですよ。パワハラだったり、セクハラだったりもありますが、若手を育成するプログラムとか。
やはり僕たち(俳優)やスタッフは何の保証もないじゃないですか。コロナ禍で作品が中止になると、どんどん辞めていってしまう状況がありまして。それを何とか救いたい。映画界に若い才能が来るように、そして育つように。
“日本映画全体の底上げをしていこう”という活動に賛同しまして。これから残り少ない俳優生活の中で、何かそういうことの役に立てればいいな、と。やっぱりね、映画に出たいとか作りたいとか、夢のある若者たちに何とか良い環境を作ってあげたい。すごくそう思いますよね」
日本映画界には役所広司がいる、だから大丈夫―。そう思わせられる力強さとやさしさがあった。
主演俳優としての心得
「主演っていうのは、みんなが主人公をよく見せるために尽力し、支えてくれる。そういう意味では、下手でも努力はしなきゃいけない(笑)」
まさか、下手って演技のことですか?
「うん、下手下手(笑)。共演者を含め、みんなが見せられるように作ってくれているんですよ。そういう意味では、映画は本当にひとりじゃできない。支え合って、助け合って作るものなので。だから“アイツは嫌いだから助けてやらない”って言われないようにしないといけないですね(笑)」
老いを感じることは?
「日々、感じていますよ(笑)。撮影でも日常生活でも“筋力が落ちているな”とか。ジムには時々行っていましたが、コロナ禍になってからは散歩したり、自宅でバイクをこいだり。そっちのほうがマメにやるなと気づきましたね。意外とね、楽しそうだけど結構体力いるんですよ、僕たちの仕事は(笑)。
体力が落ちると気力もなくなりますから。やっぱり、体力はあったほうがいい。そういう意味では、できるだけ老いというものには抵抗しなきゃいけないなと思いますね」
『峠 最後のサムライ』
6月17日(金)公開 出演:役所広司、松たか子、仲代達矢ほか
配給:松竹、アスミック・エース