ホルモンの影響で40代後半から増えてくる、女性ならではの心身の不調。「年だから……」と諦めてない?「女性の生理や更年期は、もう隠したり我慢したりする時代ではありません!」そう口をそろえるのは、女性医療のスペシャリストたち。特に閉経の時期は、その過ごし方で残り半分の人生が決まる大切なとき。閉経の前向きな乗り越え方を聞いた。
「年だから…」はもう時代遅れ!
「ここ数年で、ようやくメディアが女性の生理について取り上げるようになり、更年期についてもオープンに語られる時代となりつつあります」
そう言うのは、さまざまな角度から女性の不調にアプローチする産婦人科医の高尾美穂さん。更年期とは、閉経の前後5年間ずつの計10年間のことを指し、閉経のタイミングにより、人それぞれ更年期は異なる。さらに更年期によって生じる不調にも個人差が大きい。
ひと昔前までは、女性特有の不調の解決について、大きな声で語られることは少なかった。女性器周辺は“陰部”や“デリケートゾーン”と呼ばれ、下半身の話題は意識的に避けられてきたが、その価値観に変化が。
「近年では、女性である自分の身体をもっと知ろう・触ろうという意識が高まっています。それに伴い、デリケートゾーンのことを“フェムゾーン”と呼ぶように」
そう語るのは、数多くの女性の下半身トラブルを解決してきた女性泌尿器科医の関口由紀さん。女性の身体のことを、女性自ら発信できる時代になってきたと言う。
これからは40~50代の更年期に当たる世代の女性たちが、会社の管理職としても活躍する時代。女性が自分らしく生きるためにも、更年期の理解は社会の必然だろう。
「年だから」とつらさを我慢するのではなく、風邪をひいたら内科に行くように、つらいときは婦人科に相談を。そう選択した女性の症状が、短期間で驚くほど改善する例も現場では少なくない。
「子宮を取り巻く女性の下半身は、身体の中でも特に大事な部位なのに、きちんとケアしないほうが不自然。フェムゾーンを自分の目や手でチェックする習慣をつければ、トラブルが起きたときもすぐに気づけます」(関口さん)
更年期に伴うフェムゾーンの痛みやかゆみがあれば、恥ずかしがらずに病院に足を運んでほしいと言う。
タブー視されてきた下半身不調に新概念
閉経前後は、尿もれや性交痛など、下半身のトラブルも急激に増えるが、かつては加齢によるしかたのないものとして諦められてきた。しかし近年、そうした下半身トラブルに『GSM』(閉経関連尿路生殖器症候群)という新しい概念が提唱され、治療対象として認められるように。隠さずに適切な治療をすれば、症状は改善が期待できるのだ。
「閉経を挟んだ更年期はいわば身体の急激な曲がり角。自分を休める時間を取り、改めて自分の健康の棚卸しを」(高尾さん)
「更年期の過ごし方は、閉経後の人生に大きく影響します。自分の身体ときちんと向き合って」(関口さん)
人生100年時代、閉経後も人生の時間はまだ半分残っている。「更年期」とは、身体の声に耳を傾けるべきタイミングなのだ。
正しく知っておきたい!3つの違い
【閉経】
月経が完全になくなった状態。医学的には「12か月間月経がない」ことで閉経したとみなす。閉経年齢には個人差があるが、一般的には遅くとも56歳には閉経するとされている。
【更年期】
閉経の前後5年間ずつの合計10年間が、更年期。例えば50歳で閉経した場合、更年期は45歳から55歳の間。閉経してみないと、更年期がいつ始まったかはわからない。
【更年期障害】
更年期はエストロゲンの分泌量が減少することで、さまざまな不調が現れやすくなる。これらの症状を更年期症状といい、治療が必要な特に重い症状を更年期障害と呼ぶ。
part1. 閉経前後の不調、どうする?
月経不順は自分を大事にする時期に入ったサイン。セルフケアを大切に
更年期の訪れを知らせるのが、月経不順。40代を過ぎて規則的だった生理のサイクルが乱れてきたら、更年期のサイン。自分の身体を大事にする時期に入ったということだ。
「閉経前後に心身に現れる不調は200種類以上ともいわれています。多い訴えは、疲れやすさとメンタル不調。怒りっぽくなったり落ち込みやすくなったりします」(高尾さん、以下同)
身体の曲がり角にやってきたなと感じたら、やってほしいのが生活習慣の見直し。食生活、睡眠時間の改善、そして運動習慣を取り入れること。自律神経の活動を促すためには、心拍数を上げる運動が効果的。1日のうち、軽く息が上がる程度の運動を少しでも取り入れたい。
「運動習慣を持っている人のほうが更年期のうつ症状が起こりにくいといわれています。私はエレベーターに乗ったらスクワットするようにしています。もちろん1人のときだけですが(笑)」
セルフケアだけでは改善しないと感じたら、迷わず婦人科へ。更年期の症状の緩和に高い効果を示すのが、ホルモン補充療法(HRT)。足りなくなったエストロゲンを物理的に足す治療法だ。例えば、更年期の症状で多いホットフラッシュは、HRTで大きく改善することが多い。
「女性がイキイキと生きることは、家庭や社会にとってもプラスになる。困っていたら我慢せず、周りの理解を得て」
放置すると危険も!間違えやすい病気に注意
更年期の不調には、ほかの病気と似た症状もあるため、見極めには注意が必要
更年期とよく似た症状を持つ病気のひとつに、甲状腺疾患がある。甲状腺機能はちょうど更年期に差しかかるあたりでトラブルが増えてくる。その症状が更年期によるものなのか、それとも別の病気によるものなのか見分けがつきにくい。
「例えば、甲状腺機能が低下すると、身体のだるさ、冷えなどの症状が出ます。また、甲状腺ホルモンが過剰に分泌するバセドウ病の症状には、ほてり、異常発汗、イライラなど、こちらも更年期症状と重なるものが多いんです」(高尾さん、以下同)
不正出血の原因は子宮がんの場合も
更年期には不正出血もよく見られるが、これは子宮体がんの症状と一致する。ほかにも、メニエール病や高血圧、うつ病など、似た症状が出る病気が多数あり、放置しておくのは危険。
「更年期障害は、ほかのさまざまな病気ではないことを確認してはじめて、診断名がつきます。病気の早期発見のためにも、更年期のトラブルを放置しないことが大切」
更年期障害と間違えやすい病気
不正出血⇔子宮がん
汗が止まらない・やせる⇔甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)
だるい・冷え・薄毛・太る・無気力⇔甲状腺機能低下症(橋本病など)
part2. 閉経後、カラダはどう変わる?
エストロゲンの分泌が減ると骨や血液へ大きな影響が。早めの対策で閉経後の健康を守ろう
気をつけるべきは骨密度と血中脂質
女性ホルモンのエストロゲンには、動脈硬化や脂質代謝の異常、内臓脂肪の蓄積など、生活習慣病の原因となる要素を抑え込む作用や、自律神経を活性化させる働きがあるといわれる。つまり閉経前の女性の身体は、エストロゲンというバリアによって守られているのだ。
ところが閉経後はそのバリアがなくなることによって、さまざまな病気のリスクが上がる。自覚症状はなくとも、身体の変化を意識しよう。
骨
鍛えられない顔の骨から減っていく!
エストロゲンの欠乏と深く関わる病気のひとつが、骨粗鬆症。閉経前後にエストロゲンの分泌が急激に低下すると、骨量が減少、骨密度も低下し、骨折しやすくなってしまう。
「骨密度が低下しやすいのが、閉経してから最初の2年。その中でも、もっとも減りやすいのが顔の骨です。とくに下顎の骨が減りやすい部分です」(関口さん)
鏡を見たとき、昔よりも頬がたるんで老け顔になってきたなと思ったら、それは皮膚が下がっているだけではなく、その下の骨の影響も大きいというわけだ。
閉経後の骨を守るためには、健康な骨を作るための栄養素をとることが重要。カルシウムをはじめ、カルシウムの吸収を助けるビタミンD、カルシウムを骨に定着させるビタミンKなどを食生活に取り入れよう。
血管
目には見えないところで着々と悪化する
閉経して3年ほどたつと、今度は血管の問題も浮上する。
「女性ホルモンの恩恵を受けているうちはその働きにより、脂質異常症や高血圧になるリスクが男性に比べて圧倒的に低い。しかし、閉経を境に女性にも高血圧・生活習慣病が増え、割合的には男性を追い抜きます」(高尾さん)
閉経してエストロゲンが作られなくなると、血液中のコレステロールが余り、やがて血管の内側に張りついて硬くなる。それが動脈硬化を引き起こすのだ。脳梗塞や心筋梗塞などの重い病は、動脈硬化が原因の血栓によって引き起こされる。
ただし、脳梗塞や心筋梗塞が起こるまでは動脈硬化を起こした状態で少なくとも10年はかかる。リスクは確実に上がるが、早期発見して手を打てば、回避できるのだ。毎年の健康診断で血液の状態もチェックすることを忘れずに。
part3. ホルモン治療って怖くない?
近年広まりつつあるHRT。ホルモンを身体に補充するってどんな治療?詳しく解説!
更年期の不調の多くは、卵巣がエストロゲンを作れなくなることが原因で起こる。そこで足りなくなったエストロゲンを物理的に足す治療法が、ホルモン補充療法(以下、HRT)。更年期症状を劇的にやわらげるだけでなく、閉経後の健康維持にも大いに役立つ。
しかし、HRTを受けている人の割合は、欧米では40%を超えているのに対し、日本ではわずか1・7%といわれる。「ホルモンを体内に入れるのは不自然な気がして怖い」という声も多いのだ。
「自然か不自然かという観点では、治療はすべて自然ではありません。ただ、そこを怖がるよりも、必要かどうかで判断することが大切」(高尾さん、以下同)
HRTで実際に補充するエストロゲンは、更年期以降の健康維持に必要とされるわずかな量。最小限のエストロゲンを補うことで、更年期以降の急激な減少のカーブをゆるやかにし、症状を緩和する。HRTを2か月継続した患者のうち、実に9割が効果を感じられる即効性のある治療法なのだ。
ベストタイミングは閉経前から閉経直後
HRTの治療は、医師から処方されたホルモン剤を自分で使う方法が一般的。エストロゲン剤とプロゲステロン剤を組み合わせて使うケースが多い。
処方薬には経口薬や、パッチやジェルなどの経皮薬などのタイプがあり、ライフスタイルによって選択できる。更年期症状の治療を目的とする場合は、ほとんどが健康保険適用となり、診察料などを除いた1か月の薬代の目安は1000~3000円程度。
「HRTの効果を最大限活かすためには、閉経前か閉経後早期に始めるのがベスト。遅くとも閉経後5年以内に始めることが推奨されています」
ただし、年齢や症状、既往歴などによっては血栓症のリスクが高まる可能性もある。
また、休薬期間を取り入れるケースもあるため、医師によく相談のうえ検討を。
穏やかに改善する漢方治療も
自然な治療法を求めるなら、漢方も選択肢のひとつ。
「自分の身体を自分で守るという意識が、閉経後ますます重要になります。HRTでも漢方でも、治療法を自分で選択する意思を持つことが重要です」(関口さん、以下同)
代表的なものは、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、加味逍遙散(かみしょうようさん)の4つ。薬局でも手に入るが、より自分に合った漢方を探すのであれば病院へ。検索サイト『漢方のお医者さん探し』を使えば、漢方薬に詳しい最寄りの病院を見つけることができる。
「漢方のほか、アロママッサージや鍼灸なども、症状を和らげることが期待できます」
part4. 下半身トラブルは恥ずかしいこと?
3大悩みは尿もれ、骨盤臓器脱、性交痛。知らないうちに進行する骨盤臓器脱は要注意
フェムゾーンを保湿してGSMを予防
中高年以降の女性の身体症状、GSM。50代女性の2人に1人に症状が出るといわれる、下半身のトラブルだ。GSMの予防には保湿が重要。
「女性ホルモンが減少すると肌は乾燥しやすくなり、GSMを悪化させる原因に。入浴後にはフェムゾーンに保湿クリームを塗ってセルフケアを」(関口さん、以下同)
また、GSMの特徴的な症状のひとつが尿トラブル。
「尿トラブルの原因のひとつは、骨盤底のゆるみ。出産を経験すると骨盤底は100%傷みますが、GSMが発症することでさらにゆるみ、尿もれなどが起きやすくなります」
さらに70代を過ぎると「骨盤臓器脱」といって、子宮、膀胱、直腸といった骨盤内の臓器が腟口から飛び出る病気になることも。ただしこれらのトラブルは骨盤底筋トレーニングで改善が期待できる。
「腟口、尿道口、肛門をそれぞれ意識して締めるだけ。入浴中や座ったままでもできます。毎日継続して行えば確実に効果は現れるので、ぜひ習慣にしてみてください」
HRTで改善される更年期症状
●腟炎・性交痛
女性ホルモンの分泌が減ると、腟の粘膜が乾燥し薄くなり、性交時の刺激で痛みや出血が起こる
●骨粗鬆症
骨密度が低下し、骨の質が劣化して骨がもろくなる。進行すると骨折の原因にも
●動脈硬化
血液をうまく送り出せなくなり、やがて心筋梗塞や脳梗塞など深刻な病気を引き起こす
●イライラ・気分の落ち込み
閉経後は幸せホルモンといわれるセロトニンの分泌が減り、気分の落ち込み、抑鬱症状が出る
●ホットフラッシュ
上半身ののぼせ、発汗などが起こる。急に顔が熱くなったり、汗が止まらなくなったりする
教えてくれたのは…関口由紀さん ●女性医療クリニックLUNAグループ 理事長。中高年女性の骨盤底・血管・骨・筋肉の総合的な維持管理を提唱。『セックスにさよならは言わないで :悩みをなくす腟ケアの手引』(径書房)ではGSMを徹底解説
https://www.luna-clinic.jp/
高尾美穂さん ●女性のための統合ヘルスクリニック イーク表参道 副院長。医療・ヨガ・スポーツの3つを通じ、専門的な知識をわかりやすく伝える。著書に『いちばん親切な更年期の教科書【閉経完全マニュアル】』(世界文化社)
https://www.mihotakao.jp/
〈取材・文/中村未来〉