SNSの普及により、事件が発生すると「加害者」の個人情報が簡単にネットに流出するようになった。それは「いじめ」問題でも同じ。犯人探しに始まり、正しいかもよくわからない情報が、第三者によって拡散されるーー。いじめ加害者の家族が受けた“社会的制裁”の恐ろしさとは。これまで2000件以上の加害者家族を支援してきたNPO法人『World Open Heart』理事長・阿部恭子さんが伝える。
隠れた被害者は数多くいる
「昔、俺をいじめた奴らは逮捕もされず、のうのうと暮らしているのに……」
犯罪者になってしまった人から、過去に受けたいじめの経験が語られることは稀ではない。不条理な経験による屈辱と傷は、「加害」に転化しうる。
いじめの加害者は複数で、事実を隠蔽されたり、否定されたりすることによって被害者が泣き寝入りを余儀なくされるケースも多々あることから、「隠れた被害者」は数多く存在し、現在もなお、人間不信や社会不信に苦しめられている人々も少なくないはずである。
そんななか、近年はいじめを苦に被害者が自ら命を絶つ事件も起きている。報道が全国化・長期化し、現場となった学校に通う生徒や地域の人々の日常生活にまで多大な影響が及ぶケースもある。
「魔女狩り」のような恐怖
「あの事件があってから、何か目立つことがあると“加害者だった”とか、“いじめに関係していた”とネットで名前を挙げられるんじゃないか不安で……、生徒も保護者たちも息を殺すように生活していました」
宮城県でいじめを苦に生徒が自死する事件が起きた中学に、子どもが通っていた保護者の美和子(仮名・40代)は、当時の雰囲気はまるで中世の「魔女狩り」だったと話す。
「事件の際、ネットの掲示板をチェックしていました。加害者の名前が次々と挙げられていて、そこに書かれた人たちと接触すると、“味方している”とか共犯扱いされていくのです。うちの子は被害者の子も加害者の子たちともまったく面識はないのですが、とにかく巻き込まれないように情報を確認しておいた方がいいと他の保護者に言われて……」
地域に入った報道陣も人々を混乱させていた。
「事件の記事が出るたびに、取材に答えた人は誰なのかという犯人探しも起きました。だんだんと、答えた人は裏切り者だと見放され排除されるようになって、報道陣から声をかけられたらすぐ逃げなさいと子どもに伝えてました」
報道陣を恐れ、地域の人々は外出を控えるようになっていた。また、現場となった学校の生徒への差別も起きた。美和子の娘は、事件が起きた中学校の生徒だということで周りから無視され、通っていた塾を辞めざるを得なくなった。
「習い事を辞めた子たちもいました。どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだろうって」
美和子はため息をつきながら当時の様子を語った。これほどまで地域全体に影響が及ぶ中、実際の加害生徒の家族が肩身の狭い思いをしなければならなかったであろうことは想像に難くない。
「事件が発覚してからはずっとカーテンは閉まっているし、電気もつかないし、きっと家族全員どこかに避難したんだと思いました」
加害生徒宅の隣に住む誠子(仮名・40代)は、生徒の母親とは友人であり、メールを送り無事を確認していたが、返事が返ってくることはなかった。
加害生徒の氏名だけでなく、保護者の氏名や職業までSNSで拡散され、抗議は職場にまで寄せられ、仕事を辞めざるを得なくなってしまった保護者もいた。
「数週間程経った頃、夜に女性が家に訪ねてきたんですが、よく見ると彼女(加害生徒の母親)だったんです。あまりに痩せていて、最初、誰だかわかりませんでした。引越しをするという挨拶でしたが……。その後のことはわかりません」
厳しく躾けた娘が加害者に
現場となった中学校と同じ市内にある小学校に娘・マナ(仮名・10歳)が通う冴子(仮名・30代)は、その日まで、いじめなど他人事だと思いながらニュースを見ていた。
学校から急に呼び出しを受け向かうと、娘からのいじめを理由に不登校になっている児童がいるという。
「頭が真っ白になりました。娘も心当たりはないというんです。あの中学校での事件で学校も神経質になっていて、何かの間違いじゃないかと」
不登校になっていたのは、娘といちばん仲の良いリコ(仮名・10歳)だった。つい最近まで自宅に遊びに来ていたはずなのに、なぜ、こんなことになってしまったのか。
リコの訴えは、マナから度々暴言を吐かれたり、叩かれたりしており、クラスメートの多くがその現場を目撃しているのだという。マナは「暴言」という言葉が理解できず、
「リコちゃんに怒ったりしたことはない?」
と娘に聞くと、
「マラソンが遅い、音楽の練習をしてこない、給食の片づけが遅い」
など、自分のペースに合わないリコちゃんの言動に怒鳴ったり、叩いたこともあると認めた。
冴子はそれを、自分の厳しすぎる躾のせいだと思った。冴子の夫は転勤族で転校を経験しており、かつてのんびりしていた田舎から都市部に転校したとき、娘たちが学校についていけずに苦労した経験があった。
それ以来、どこに行っても遅れを取らないよう、勉強もスポーツも完璧であることばかり求めていた。その甲斐あってマナの成績は良かったが、周りに厳しすぎる娘たちから、友達は離れていくばかりだった。
リコが学校に復帰するにあたり、マナは数日間、ひとり別室で授業を受けることになった。リコの両親は謝罪に応じたことから、まもなく学校側の配慮もあり、マナもこれまでと同じようにリコのいる教室に戻ることができた。ふたりが以前のような関係に戻ることはなかったが、子どもたちは平穏な生活を取り戻していた。
ところが、加害者家族になった冴子の自責の念は深く、長期間、うつ病に悩まされた。
「“事件”になったわけではありませんが、短い期間でも娘が“加害者”と呼ばれたことはショックでした……。“加害者”というと、人ではないみたいで。まさか、娘がそんな立場になるとは思わず、むしろそうならないために厳しく躾てきたのですが」
しばらくの間、冴子は社会的制裁を受けるかもしれないという恐怖に、外出をすることもスマホを見ることさえできなかった。
「“加害者の過去”が娘の未来を永遠に奪ってしまうような気がして、私が死ぬことで世間に許してもらえたらと考えてしまうんです」
「いじめにはいじめを」では解決にならない
加害者やその家族へのバッシングは、事件報道によって一斉に行われるが、目の前で起きているいじめに対して、「やめよう」と声をあげられる人はどれだけいるのだろうか。
もちろん、いじめをする側が悪いということは言うまでもない。ただ、「叩いてよい」という空気が蔓延すると、バッシングは歯止めが効かなくなり、この現象こそがまさにいじめとなってしまう。
暴言・暴力はいかなる相手、場所においても行われてはならず、いじめに対して同調圧力に屈せず、「ノー」と言える勇気を持つことこそ、ひとりひとりに求められている課題ではないだろうか。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて、犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。