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 大きな事件から、あまり知られていない小さな事件まで。昭和から平成にかけておきた事件を“備忘録”として独自に取材をする『事件備忘録@中の人』による「怖い女」シリーズ第4弾。ここ最近、都内をはじめ各地で「誘拐予告」が相次いでいるが、今回お届けするのは「迷子をよく見つける女」。兵庫県・西宮市で起きた、なんとも不可解な女の行動。幼児連れ去り事件とはーー。

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 幼児を連れ去ったり、危害を加える許されざる事件。そう聞いた時、あなたはどんな犯人像を思い浮かべるだろうか。

 2011年3月、熊本にあるスーパーの障害者トイレで、3歳女児が当時大学生だった男によって殺害された事件。あれから10年以上経過しているが、被害者遺族の手記が公表されたことで改めて事件を忘れてはならないと思った人も多いだろう。

 SNSでも子どもから目を離してはいけないこと、ひと目のある公共の場所でも安心できないことなどが再確認の意味も込めて話題となったが、いずれもその犯人像は男性が前提となったものだった。

 たしかに、過去の幼児連れ去りや殺害に至るような事件の加害者は男性であることがほとんどである。しかし中には女性が加害者だったケースも実はある。

 2006年(平成18年)に西宮で起きた事件がそれである。

何度も迷子を見つける女

 そのショッピングモールでは、他の施設同様、日ごろから迷子が発生していた。

 6月のある日、迷子の一報を受けモール内を捜索していた警備員は、該当の迷子と同じ服装、年恰好の子を抱いた女を発見、女に尋ねたところ「迷子を見つけた」と話した。

 幼児はすぐに保護者に引き渡され一件落着したかに思えたが、その一か月後、またもや迷子を見つけたとして、同じ女が幼児を連れて現れた。警備員は、同じ人間が短期間に迷子ばかり見つけるということに違和感を覚えた。

 実は、6月の迷子騒動の際、幼児の保護者が気になる話をしていたのだ。

 そもそも迷子になったとされる子どもはベビーカーに乗せられていて、勝手に歩き回れない月齢だった。加えて、保護者はその女についてこう話していた。

 「あの女がずっと付近をうろついていた」と。

 警備員から女の不審な点の報告を受けた店側は防犯カメラを確認、するとあの女が迷子を連れてショッピングモールを出て、その後1時間経過してから再びモールに戻ってきていたことが分かった。女はそんな話はしていなかった。そもそも、迷子を見つけたらすぐに近くの店員に声をかけるのではないか。

 女の行動は、まるで自分が母親であるかのように堂々としており、迷子を見つけた人間の行動とはとても思えなかった。

 店側は8月に入って警察に相談、警察は女が現れ不審な行動があれば通報するように指示した。

 そんな中、新たな事件が起きた。

 9月5日、西宮駅近くの公園に女の子が倒れていると通報があった。救急搬送されたのは2歳の女児で、頭部にケガをしていて意識混濁の状態だったが一命はとりとめた。

 女児は例のショッピングモールに母親と来ていたが、母親が知人と話をしているすきに姿が見えなくなっていた。

 警察はショッピングモール及び周辺のその日の防犯カメラ等を確認。すると事件発生直前に“あの女”がモールを訪れていたこと、そして被害女児を抱きかかえるなどしていた様子が目撃されていたことなどから、その女が事件に関与しているとして事情を聴いたところ、女児と接触し、連れて歩いていたことを認めたため逮捕となった。

 女は事件現場とショッピングモールにほど近い場所で一人暮らしをする、当時24歳の看護師だった。

 調べに対し女は、「暗い気持ちを晴らそうと思った」「かわいい子だったので声をかけた」と話していたが、女児がケガをしていたことについては何も知らない、気づかなかったと否認した。

 そして、「女児の様子がおかしくなり、よく見ると頭にこぶが出来ていた。救急車を呼ぶより自分で運んだ方が早いと思ったが、途中で公園のベンチに寝かせて助けを呼びに行った。しかしすぐに人だかりができたので、これで助かったと思った」と供述。誘拐する意図もなく、女児のケガについては無関係と主張した。

 ちなみに、女児を連れまわした理由は「トイレに連れていくため」だった。公共のトイレより、すぐ近くの女の自宅のトイレの方が女児が安心できると思った、という理由だったが、到底納得できるものではない。

かわいい幼児を抱き上げたい“病癖”

 検察は女が悪意を持って女児を連れ去ったとして未成年者誘拐で起訴、当初は見送られるかと思われた保護責任者遺棄と傷害の容疑でも追起訴された。

 争点としては誘拐の故意、傷害罪の成否、そして保護責任者遺棄だったが弁護側は未成年者誘拐と傷害についてはそもそも成立せず、具合の悪くなった女児を公園に寝かせた後も気にかけており保護下を離れたとは言えないとしていずれも無罪を主張した。

 2008年(平成20年)12月、神戸地方裁判所は女に対し、起訴されたすべての罪状を認定、懲役10年の求刑に対し懲役7年を言い渡した。その後、最高裁まで争われたが判決はすべて棄却、2011年(平成23年)5月に懲役7年が確定した。

 女の罪は認定されたが、正確には傷害については、結局なにがどうなってケガを負わせたのかは不確かなまま。誘拐される前の女児の様子、病院での状態などを総合的に見たうえで、そのケガの発生に女が関与していないという合理的な疑いをさしはさむ余地がない、という判断での判決だった。

 加えて、女には以前からある「病癖」があることも分かっていた。

 女は看護師としては助産師の資格も持っており、実習生らからは手本とされるような看護師だったという。しかし、女は看護師になって間もないころから体調不良や精神的に不安定になるなど、悩みを抱えていた。

 うつ病のために休職、通院歴があり、その主治医によれば以前から女は気分が暗くなると衝動的に万引きを行っていたこともあり、過去には検挙されたこともあった。万引きを繰り返したのはその時期服用していた薬の副作用の影響も考えられたため、その薬は処方されなくなっていた。

 その衝動の中に、「かわいい子どもを見ると抱き上げたくなる」というものがあったのだ。

 あの日、自宅に女児を連れ込んだ女は、女児に何をしたのか。女児は硬膜下血腫が生じた状態で搬送されており、命を落としてもおかしくない状況だった。裁判が行われていた時点では女児は完全に回復出来ておらず、その後も障害が残る可能性も指摘されていた。

 それでも女は、最後まで女児のケガだけでなく、悪意を持って連れ去ったことも放置して逃げたことも認めようとはしなかった。女には懲役7年のほか、約1億4400万円の損害賠償請求も女児の両親から起こされており、そのほぼ全額の支払いを命じる判決も出ている。

 幼児の連れ去りや危害を加える事件は、なにも男性による性的な動機だけではない。2010年には足利市内の子ども向け衣料品店で、赤ちゃん連れの親に近づき親し気に話しかけ、赤ちゃんを抱かせてもらいその足をひねって骨折させた女がいた。女が裁判で語った動機は、「幸せそうな家庭への嫉妬心」だった。

 また、西宮の事件では、女について怪しい行動が複数回確認されていたにもかかわらず、警察への相談の際に女の個人情報を伝えていなかった点に問題はなかったか、という見方もあった。

 店側は個人情報保護法にのっとった判断としたが、迷子をよく見つける女がいる、だけではさすがに顧客の情報をおいそれと明かすことは出来なかった。その店側の判断は警察も理解を示しているが、もし、その時点で一歩踏み込んだ判断をしていたら、女児の事件はおきていなかった可能性もあると指摘する声もあった。

 西宮の女は、その動機すらよくわからないままだ。ひとつだけ女が認めていたのは、ただ、かわいい幼児を抱き上げたい、そういう気持ちがあったということだけ。その衝動ははたしてこの先抑えることが可能なのだろうか。

事件備忘録@中の人
 昭和から平成にかけて起きた事件を「備忘録」として独自に取材。裁判資料や当時の報道などから、事件が起きた経緯やそこに見える人間関係、その人物が過ごしてきた人生に迫る。現在進行形の事件の裁判傍聴も。
サイト『事件備忘録』: https://case1112.jp/
ツイッター:@jikencase1112

参考文献
朝日新聞社 平成18年9月7日、9月8日、9月26日大阪朝刊、平成20年5月22日大阪地方版/兵庫、12月24日夕刊
NHKニュース 平成18年9月7日
読売新聞社 平成18年9月7日大阪朝刊、夕刊、9月8日大阪夕刊、平成20年7月7日、9月19日大阪朝刊、12月24日大阪夕刊、平成23年6月25日大阪朝刊
毎日新聞社 平成18年9月7日大阪朝刊、9月9日大阪夕刊、平成18年9月13日朝刊/阪神版
産経新聞社 平成18年10月7日【ニュースを斬る】西宮の女児重傷事件 防犯か個人情報保護か 
大阪朝刊 平成19年11月20日大阪朝刊