『やんごとなき一族』に出演する、左から尾上松也、土屋太鳳、松下洸平

「早く男の子を産め!」

 クセが強い面々が繰り広げるドラマ『やんごとなき一族』(フジテレビ系、木曜22時)が最終回を迎えようとしている。中でも一番のくせ者は石橋凌演じる父の圭一だろう。一族以外は見下し、嫁を人とも思わないその横暴ぶりもさることながら、女児を産んだ佐都(土屋太鳳)に冒頭のように言い放ったのだ。これに対してSNS上では、

《長男教かよ》、《長男(尾上松也)の育て方間違ってる》

 などといった声があがっている。

 今、長男教という言葉が再び注目を集めている。

長男教というのは男児だけを可愛がる家庭のことです。戦前は第1子の男児を可愛がるのを長男教と呼びましたが、今はちょっと違います。娘よりも弟や兄ばかり可愛がる母親、という意味で広がっていますね。『発言小町』や『Yahoo!知恵袋』でも相談が繰り広げられています。

 日本には家父長制度があったことで、昔から男児信仰が強い。名字=家を継ぐという考え方のため、男児が優遇されるという風習がありました。少しずつ薄れつつある傾向だったのですが、少子化が深刻になった影響からなのか、再び長男教が増えているように思います」

 とは、ジェンダー問題に詳しいジャーナリスト。

「長男教の家庭に育った男性は不幸だと思います」

 とズバリ指摘するのは、ストーカー案件を多く抱える弁護士。

「母親が姉や妹よりも息子を優先するものだから基本的に女性を下に見てしまいがち。さらに家族が持ち上げることで根拠のない自信がついてしまい自分を好きにならない女性を敵視し、ストーカーなどの極端な行為に発展することもあります」

 実際に長男教の被害者が被害を告発してくれた。

初対面で覚えた違和感

 都内在住の京子さん(仮名・37歳)は今、ある裁判の真っただ中にいる。原告は京子さん。ある男からのつきまとい行為に悩み、刑事告発したのだ。被害に遭ったのは日本でコロナ感染が広がる直前の2019年の冬。マッチングアプリで出会った緒方(仮名・41歳)という男性に執拗につきまとわれたのだ。

「緒方は写真を見る限りは普通の男性。中肉中背でどこにでもいそうな、むしろ好青年にすら見えました。マッチングしてから2週間くらいたわいないやりとりをメールで続け、1度お会いすることになったんです。そのときに違和感を覚えて……」(京子さん、以下同)

 緒方はデート中に男性優位な考え方を何度も吐露し行動にも表したという。

「例えばレディーファーストではなく、先にぐんぐん歩くとか、会話も自己中で私の話をまったく聞かない。食事のメニューも勝手に決める、など相手のことを所有物みたいに思っているタイプと感じてすぐにお別れしました」

 たった1日で見切りをつけた京子さん。帰宅後アプリ上でも連絡するのをやめました。そこで関係は終わったはずだったが……。

職場にも押しかけてきた

翌日職場に押しかけてきたんです。当時、ショップの店員として売り場に立っていたことも、お店の場所も知られていました。改めて口頭でも付き合えないということを伝え、はっきりとお断りしたんですが、“誤解している”の一点張りで。会話が通じないのでやばい人だと思って、ショップが入っているビルの警備員にも伝えて、守ってもらいました。自宅がばれないようにしばらく気を使っていましたが、あるとき後をつけられていたのか家まで来て……」

 恐怖を感じた京子さんは警察を呼んだものの、被害届を提出しなかったという。その後すぐに緒方の母親からコンタクトがあった。

「手紙が届いたんです。息子がしでかしたことへのお詫びかと思って開いたらまったく別。“息子を好きになってあげてください”と息子のセールスポイントがツラツラと書かれたものでした。

 小学校時代に学級代表に選ばれた、とかそんなこと読まされても。あきれてものが言えなかったです」

 その後、再びつきまとい行為があったことから今度は警察に被害届を提出。現在、裁判中であるが……、

「母親からの上申書を読んでびっくりしました。1回目のときから何にも変わってなくて息子の罪を認めていない。弁護士さんを通して示談にするよう何度も連絡をしてきて、それが叶わないとなると上申書で息子に非がないことを訴える。私に対しては“冷たい女性なので息子が優しい女性に変えてあげようとしていただけ”みたいな主張を平然としていて本当に驚きました」

兄は良くて私はダメ

 千葉県在住の美佳さん(仮名・42歳)は、幼いころから2歳年上の兄・奏太(仮名)を巡って不条理を感じて生きてきたという。

「物心ついたときから母親に“そうちゃんのほうが可愛い”と面と向かって言われていました。“そうちゃんをお兄ちゃんにしてあげたくてあなたを産んだのよ”とも。ことあるごとに兄ばかり贔屓され、私の友人の母親とは付き合わずに兄の学年の母親たちとの社交に必死でした」

 美佳さんにとってはそれが普通のことだった。おかしいと感じたのは、中学生のとき。

「当時中学3年生だった兄・奏太がサッカー部に入っていたんですけど、はっきり言って運動神経も悪いしレギュラーになれなかったんです。そうしたら母親が学校に怒鳴り込みにきて“そうちゃんをレギュラーにしない先生はおかしい”とか大騒ぎされたんです。私は陸上部だったので、校庭でその場面を目の当たりにして恥ずかしくて消えたくなりました。兄は当然のように振る舞っているし、友達には“お母さん怖いね”と言われるし」(美佳さん、以下同)

 万事がそんな調子だったという。

母はとにかく兄を特別な人間にしたい、特別扱いしてほしいという人だったので、学校のPTAや役員なども買って出ていました。私の学年では何もやったことはありません。習い事も兄は毎日のように何かをしていたけれど、私は水泳だけ」

 溺愛されていた兄も徐々にモンスター化していったという。

思いどおりにならないとすぐにキレる。そうすると母親は兄本人を怒るのではなく、兄をキレさせた周囲に怒るんです。例えば兄がリレーの選手になれなかったら悪いのは選んだ担任や足が速いクラスメートに怒りが向く。生まれ持った性格もあるのかもしれないけど、兄のあの性格は確実に家族の育て方のせいだと思う」

両親のすねかじるニートに

『やんごとなき一族』に出演する母親役の木村多江、一族の主人の石橋凌

 美佳さんが大学生のころ、就職氷河期の真っただ中だったが、兄は父親のコネで中小企業に入社できたというが……。

ちょっと上司に怒られただけで辞めてしまった。そこからずっとニートです。小遣いをもらっては出かけたりしているのでひきこもりではないのですが、当然パートナーもいないし高齢の両親のすねをかじっています

 美佳さんは就職と同時に上京し、家を出た。そのままほとんど帰省していないという。

母は“お婿さんをもらいなさい”と何度も言ってきました。兄のことは諦めたのか知りませんが、たとえ私が子どもを授かったとしてもあの家族には一切関わらせたくない」

 美佳さんは独身を貫く予定だという。

 今回インタビューに答えてくれた2人の事例は、

「珍しいことではない」

 と前出の弁護士。

「ストーカー被害者の会というのを定期的に開催しているのですが、ストーカーの家庭環境を調べる限り長男教がとても多い。もしくはその逆で放置されていたケースも。とにかく現実の自分と他者からの評価が乖離していることで悲劇を生んでしまうんです。子どものころの挫折経験は社会で生きていくうえでとても重要なこと。長男教のように、親が特別扱いして子どもがつまずく経験をさせないのは、誰も幸せにしない行為だと気づいてほしい」

 息子をまるで教祖様のようにあがめたてても、誰も“徳”を積まないのだ。