7月21日に放送される歌番組への出演を最後に、それ以降はコンサートなどを行わず、年内で芸能活動をキッパリ終了すると発表した吉田拓郎。それに先立ち、6月19日に《コンサート活動は年内をもってケジメをつけようと思います》と、同じく“引退”を宣言していたのが加山雄三だった。
「加山さんは、'20年8月に自宅から救急搬送されて入院した際、軽度の脳内出血を起こして、活動を休止しました。リハビリを経て、'21年に復帰。今年はコンサートを行っていましたが《歳をとることで、さまざまなことを続けていくことの大変さを実感している》として、今回の発表になりました」(スポーツ紙記者)
“若大将”の引退発表は芸能界でも波紋を呼んでいるが、彼の地元・茅ケ崎の人々は何を思うのか─。
「加山さんは、まさに茅ケ崎を象徴する人ですよ」
そう話すのは、茅ケ崎を走るJR『相模線』の乗客のひとり。
『相模線』の茅ケ崎駅では、'20年に加山が芸能活動60周年を迎えたことに加え、'21年に『相模線』開業100周年を記念し、加山の曲『海 その愛』を使用した発車メロディーが導入されていた。加山と地元の深いつながりを感じるが、その発車メロディーを聞くことができたのは短期間だったようで……。
「今年3月のダイヤ改正でワンマン運転となり、加山さんの発車メロディーを流せなくなりました。今までは車掌がホームにあるボタンを押してメロディーを流していたのですが、ワンマンだと運転士が車内の発車ブザーとホームのボタンも押すことはできませんので……。半年で終了は残念ですが、仕方ないですね」(茅ケ崎駅の駅員)
モニュメントの制作費は50万円
すでに役割を終えていた加山の“駅メロ”。ただ、茅ケ崎には彼ゆかりのものがほかにも。
'21年4月、加山をモチーフにした“モニュメント”が駅前から海岸に延びる『雄三通り』の交差点に完成した。
「地元の名産である湘南七宝焼の店に頼んで制作しました。加山さんの事務所から写真を提供していただき、『海 その愛』の歌詞も入れて、かかった制作費は50万円くらい。加山さんご本人も見に来てくださいましたよ。番組ロケのついでに寄ってくれて。数分間でしたが、珍しく加山さんが来ていたので、たくさんの人が集まっていました」(東海岸商店会の青年部会長)
七宝焼とは、金属の素地にガラスのうわぐすりを焼き付けて装飾する技法。古くから勲章などに用いられている。
制作に携わった湘南七宝焼の店主は、加山についてこう語る。
「昔は茅ケ崎にいたこともあったせいか、七宝焼はご存じでした。モニュメントの表面をペタペタ触りながら“へぇ、へぇ”とうなずきながら説明を聞いてくれました。“加山さんの映画の海のシーンみたいにキラキラしているんですよ”と伝えたら“不思議だねー”と言っていました」
『加山雄三ミュージアム』は6月末で閉館
愛すべき茅ケ崎で気さくな振る舞いを見せていた加山。引退までに残されたコンサートは、9月の『加山雄三ラストショー』と、12月の豪華客船『飛鳥Ⅱ』での船上ライブの2回。
だが実は、未発表のライブ計画も控えていた。
「8月2日に、茅ヶ崎市民文化会館で加山さんも参加する音楽イベントが行われるんです。これは『茅ヶ崎商工会議所』による主催で、会員だけにチラシが届いています。その協賛金を募って、また新たに記念モニュメントを制作する計画もあります」(商工会議所の会員)
ファンはもちろん、地元の人たちも加山のステージを目に焼きつけておきたいに違いない。さらに、ファンが“モニュメント”を目当てに足を運んでくれることも願って……ということだろう。
ただ一方で、引退を待たずに“幕引き”となる施設もあった。
「西伊豆の堂ヶ島にある『加山雄三ミュージアム』は6月末で閉館することが決まり、展示物は茅ケ崎市が預かることになっているんです」(芸能プロ関係者)
当初は8月末での閉館を予定していたという同施設。ただ海水浴シーズンと重なって、周辺の混雑が予想されることから、閉館を2か月早めることにしたという。
閉館後はどうなるのか、担当者に話を聞くと、
「6月いっぱいで閉館しますが、展示物がどうなるかまではわかりません。施設自体は、そのまま運営グループが引き継ぎます。もともとレストランや土産物売り場が併設されていますので、それらを含めた商業施設になります」
とのこと。
加山ゆかりの貴重な品は、やはり茅ケ崎へ。市役所の担当者に問い合わせると“立候補”について、こう話す。
「加山さんの『ミュージアム』にある展示品は、たしかに市からリクエストしました。茅ケ崎市の象徴みたいな人ですからね。でも、どう使うかは決まっておらず、これから話し合う予定です」
展示する場所などは未定だが、茅ケ崎市民の間ではこんな話が広まっている。
「郷土資料館を新しく建設中なのですが、そこに加山さんなど茅ケ崎ゆかりの人たちの展示物を置くコーナーができるらしいですよ」(地元商店街の店主)
まさに若大将を“文化遺産”にするべく、すでに地元が動き出しているようだ。
年内でライブ活動は引退
加山の今後について、マネージャーに改めて聞いた。
「年内でライブ活動は引退します。テレビなどで歌うこともやめます。人前でのパフォーマンスはしないということです。ただ、未発表の曲もあり、そのレコーディングをする可能性はあるかもしれませんが、今のところ未定です」
かつても全国ツアーをやめると宣言したこともあったが、'18年に愛艇『光進丸』が火災で焼失すると“炎の中から声が聞こえた”としてコンサートを再開した。
「たしかにツアーをやめたことはありました。でも、やるべきことがあるんじゃないか、まだ歌えるということで、コンサートツアーを復活させたのです。それもコロナ禍で4本が中止になりました」(マネージャー、以下同)
実際の体調については、このように語る。
「年齢的に、高音が出なくなってきており、本人の意思で、まだ余力があるうちにやめたいということになりました。“単純に年とったんだよ”とも言っています」
前出の8月に茅ケ崎で行う未発表のライブについては、
「“加山さん、ありがとう”みたいなライブを企画したので出てくれませんか、ということで、その思いに応えるために出演することになりました。でも、協賛金とか新しいモニュメントをつくることについては具体的には知りません」
引退した後は?
「来年以降のスケジュールは、今のところ未定です」
人前には出なくなっても茅ケ崎に来れば、加山の愛した海と、遺されたゆかりの品々が待っている。