写真左から船越英一郎、市原悦子、古谷一行

 殺人犯が捕まるまでの緊張感や、複雑な人間模様に思わず見入ってしまうサスペンスドラマ。近年では『科捜研の女』(テレビ朝日系)や『相棒』(テレビ朝日系)など、人気シリーズ化しているドラマも多く、幅広い世代を楽しませ続けている。そんななか、近年放送されているサスペンスドラマのタイトルでは、かつて定番だった「京都」「湯けむり」「みちのく」といった言葉があまり使われなくなっていることにお気づきだろうか。

「日本のサスペンスドラマといえば、京都や温泉地などで殺人が起こり、途中でお色気シーンが盛り込まれ、最後は崖のシーンで事件解決……といった展開を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。それらのイメージはテレビ朝日系の『土曜ワイド劇場』などの2時間ドラマの影響が大きいのだと思います。こういったドラマのタイトルに“京都”や“湯けむり”“みちのく”といった旅情を醸す言葉が頻出していたのは、視聴者のニーズに対応しようとする制作側の戦略があったようです」

 そう語るのは、阪南大学教授の大野茂さん。1977年に『土曜ワイド劇場』が、1981年に『火曜サスペンス劇場』が始まって以降、数々のサスペンスドラマが生み出されてきたなかで、どのようにして“旅情サスペンス”は定着していったのだろうか。

気軽に旅行できない主婦に“旅情を味わってもらいたい”

テレビ朝日系で『土曜ワイド劇場』の枠が生まれるにあたり、ドラマ内に旅やグルメを盛り込んでいくという方針は、実は当初の企画書にも書かれていました。

 メインターゲット層は20~35歳の女性で、なかなか気軽に旅行をできない主婦層にドラマを通して旅情を味わってもらおうという狙いがあったんです。観光地でロケをしたときには地名のテロップが入りますし、ご当地グルメや温泉シーンを度々映し出すのも、そういった理由があったのだと考えられます」(大野さん、以下同)

 映画や連続ドラマに比べ、2時間ドラマの撮影にはその時々の世相や流行を盛り込みやすい。各地の秘湯や小京都など、トレンドの観光地を積極的に取り入れていこうという方針もあり、タイトルにそれらの文言が入ってくるのは必然のことだった。

「2時間ドラマのタイトルに“京都”という文字が初めて出てきたのは、1979年4月に放送された『京都殺人案内』。藤田まことさん主演のドラマでした。その後も京都をロケ地にしたサスペンスドラマは頻繁に制作されていて、特に人気の高い山村美紗さんのサスペンスなども、京都を舞台にしたものが多いですね」

藤田まこと

 京都がサスペンスドラマの舞台になる理由はさまざま。人気の観光地であることはもちろんだが、街全体が美術セットのようなもので、季節を問わずどこを撮っても絵になることも理由のひとつだ。

また、松竹や東映の撮影所があり、街の人も昔から映画の撮影などに慣れています。人気俳優たちが殺人事件のロケをしていたとしても、誰もさほど気にせず、ロケ場所の撮影許可も取りやすい傾向に。さらには、2時間ドラマは関西のテレビ局が制作する場合も多く、予算的にも近場の京都が選ばれやすかったという背景もあるのだと思います

 一方で、「みちのく」や「温泉」がロケ地に選ばれるのはまた別の事情があるという。

旅情サスペンスには情報番組としての要素も入っていた

「1982年には東北新幹線が大宮―盛岡間で開通し、世間では温泉ブームも起こります。そういった世相とシンクロするように、ドラマにも“みちのく”“温泉”という要素が頻繁に入ってくるようになりました。1981年には『松本清張の山峡の章 みちのく偽装心中』というドラマが放送されていますね」

 また、温泉ブームを受け、1982年には古谷一行と木の実ナナが主演の『混浴露天風呂連続殺人』という大ヒットシリーズもスタートした。

同シリーズは、露天風呂で女性が胸を一切隠さずに登場するサービスショットもあり、男性視聴者からの人気も高かったようです。“湯けむり”という単語については1984年に放送された田中邦衛さん主演のドラマ『幽霊同窓会 少女誘拐!真犯人は同級生? 岩風呂の湯けむりに白い肌が…』が初出ですね

 女性の裸の露出も、当時の地上波ではさほど珍しくはなかった。お色気シーンを盛り込みやすい温泉ロケは、チャンネルを変えさせない戦略である“時間またぎ”にも使われるなど、2時間ドラマとの相性は抜群だったようだ。

特に土曜21時からの『土曜ワイド劇場』は、晩酌をしながら野球中継を見ていたお父さん世代を取り込みたいという思惑もありました。その層を狙って、土ワイのドラマでは頻繁に“温泉”“湯けむり”“美女”といったワードが使われ、ときには“ヌードギャル”“美乳ギャル”といった言葉がタイトルに入ることもあったようです

 その戦略は功を奏した。関西地区での“2時間ドラマ”史上最高視聴率を叩き出したのは、1986年の『混浴風呂連続殺人 湯けむりに消えた女三人旅 田沢湖から乳頭温泉へ』で、36・3%を記録している。

タイトルで世相が丸わかり!?2時間サスペンスドラマのタイトル一覧

「'80年代は愛人バンクやダブル不倫といったものが社会現象になっていて、そういった痴情のもつれによる殺人を描く舞台としても、温泉や観光地は親和性が高かったようです。インターネットがなかった時代、情報番組としての要素も入った旅情サスペンスは、こうして日本のテレビシーンに定着していきました

 ところが、時代が変われば視聴者のニーズも変化する。サスペンスドラマにも旅情と色気だけではなく、さまざまな多様性が求められる時代が訪れることとなった。

「もともと、『火曜サスペンス劇場』は家事を一段落させてくつろぐ主婦層がメインターゲット。当初から女性がより感情移入できるような人間ドラマを得意としていました。男女雇用機会均等法が成立した1985年ごろには、社会に呼応するように『女検事・霞夕子』『女弁護士・高林鮎子』『女監察医・室生亜季子』といった働く女性を強調したシリーズもののドラマを生み出し、見事にヒットさせています」

 '90年代に入ると、2時間ドラマ主演俳優の世代交代が起こってくる。1978年に始まった人気シリーズ『女弁護士 朝吹里矢子』は1994年に十朱幸代から財前直見にバトンタッチし、『女検事・霞夕子』も、桃井かおりから鷲尾いさ子に受け継がれた。

財前直見 '66年1月10日生まれ。代表作に『お金がない!』『お水の花道』(ともにフジテレビ系)。'16年に終活ライフケアプランナーを取得

「主演が美男美女や正統派のスターばかりではなくなっていったのもこの時期です。1993年の『刑事鬼貫八郎』では、強面で知られる大地康雄さんが主演を務めたり、1994年の『取調室』ではいかりや長介さんが抜擢されたりと、個性派俳優たちによって新たな主人公像が生み出されるようになりました」

リアリティーを追求する『科捜研の女』の誕生

 また、各局で2時間ドラマが大量生産されるようになると、作品の差別化がますます求められ、主人公の設定もさらなるニッチ化が加速した。

「1989年には浜木綿子さんが武術の達人の尼さんに扮する『尼さん探偵』、1997年には地井武男さんが演じる寿司職人が事件を解決する『江戸ッ子探偵殺人案内』、2000年には神田正輝さんが無類のラーメン好きの刑事役を務める『ラーメン刑事』など、ユニークすぎるキャラクターが続々と登場しています」

神田正輝

 2000年に始まった『おばさん会長・紫の犯罪清掃日記! ゴミは殺しを知っている』では、ゴミ清掃員役の中村玉緒とさとう珠緒の“たまおコンビ”が事件の捜査に挑む。「捜査権あるの!?」と思わずツッコんでしまうような迷作が生まれる一方で、さらなるリアリティーを追い求める方向にも進化している。

「1996年に始まった『警視庁鑑識班』は、警視庁の鑑識課が舞台。名探偵が鮮やかに事件を解決するような華やかさはなく、地を這うような証拠集めやDNA鑑定が続きます。取材にも力を入れ、細部まで徹底して作り込んだ結果、実際の警察署で新人警官の研修用資料に使用されたという逸話もあるほど、リアリズムにこだわった作品です」

 1999年には法医研究員の姿を描く『科捜研の女』がスタートするなど、リアリティーを追求する流れは現在の連続ドラマにも続いている。

『科捜研の女』初の映画版は2021年9月3日に公開。役衣装で舞台挨拶に登場したキャスト

インターネットが普及し、誰も知らない情報というものが減ってきた時代。視聴者を飽きさせないために、サスペンスドラマはますますマニアックで、より細分化したテーマを選ばざるをえなくなってきたのかもしれませんね

 こうした細分化の時代背景を受け、サスペンスドラマのタイトルからは、かつての王道の文言「京都」「湯けむり」「みちのく」が消えていった。

2007年、『混浴露天風呂連続殺人』のプロデューサーはシリーズの幕引きの際に“もう日本に秘湯はなくなったのです”と説明していました。実際には、コンプライアンスが厳しくなった社会で、お色気シーンが容易に出せなくなったということも“湯けむり”が消えていった大きな要因のひとつだと思います

 もちろん、京都や温泉そのものの人気や魅力は今も変わらない。いろんな情報が簡単に手に入る時代に、サスペンスドラマで京都やみちのくの情報を得たいという需要がなくなっただけなのだろう。

「地上波が好き勝手にできる時代は終わり、サスペンスドラマはやっと旅情と色気から解放されたのかもしれません。この先は、今以上に粒度の高い情報や最新鋭のトリックを盛り込んだ“シン・サスペンスドラマ”が生み出されていくのでしょうね」

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大野 茂さん●阪南大学教授(メディア・広告・キャラクター)。慶応義塾大学卒業後、電通のラジオ・テレビ部門やNHKディレクターを経て、現職。著書は『サンデーとマガジン』(光文社新書)など。