6月20日、加山雄三(85)が年内でコンサート活動から身を引くことを表明。
橋幸夫も昨年、80歳を迎える'23年5月に歌手を辞めることを発表するなど、往年の名歌手が相次いで引退宣言している。
時代を彩った引退宣言の数々
これまでにも、突然の宣言で周囲を慌てさせたり、いまや伝説となった引退劇の数々が。そんな時代を彩った芸能人の引き際を、心に刺さる言葉とともにプレーバック。
キャンディーズ
「普通の女の子に戻りたいんです」
人気絶頂だった '77年7月のコンサートで、ファンに向けて突然の解散宣言をし、ラン(伊藤)が泣き叫ぶようにこう発言。その後、 '78年4月に後楽園球場でお別れコンサートを行い、4年半の活動に終止符を。
しかし、ランとスー(田中さん)は '80年、ミキ(藤村)は '83年に芸能界復帰。再結成は叶わなかったが、私生活ではときどき3人で集まっていた。
山口百恵
「私のわがまま許してくれてありがとう。幸せになります」
'80年3月に三浦友和との婚約発表と同時に引退を宣言。同年10月には日本武道館でファイナルコンサートを行い、ファンにこうメッセージを。
ラストの曲『さよならの向こう側』を歌い終えた直後に一礼して、マイクを大事そうに両手で握り静かにステージ上に置く姿は、いまでも伝説として語り継がれる名シーン。
都はるみ
「普通のおばさんになります」
人気、実力ともに絶頂期だった'84年3月に引退宣言し、この言葉が話題に。デビュー20年、出場20回となった『NHK紅白歌合戦』で芸能生活に別れを告げた。
しかし、'87年に音楽プロデューサーとして活動を再開すると、'89年には紅白に出場し『アンコ椿は恋の花』を熱唱。歌手活動を本格化させ、紅白には通算で29回の出場を果たした。
森且行
「中途半端に自分でもやりたくないっていうか、二股は掛けられないですね。まぁ自分で選んだ道ですから自分でいきます」
オートレーサーへの転身のため、'96年5月で事務所の退所を決めた森が、会見で決意を告白。その会見には中居正広も同席。「木村くんの1億円の家に関してはノーコメントで」など冗談を連発し場を和ませていたのが印象的だった。
飯島愛さん(享年36)
「若い子もたくさん出てくるし、私はそんな強い女性じゃないから……」
'07年3月での引退を発表した飯島さんが『サンデージャポン』に出演。身を削ってタレントを続けていく苦しさを語った。
不定期ながらブログでの発信を続けていくとしていた飯島さんだが、'08年12月に更新が途絶えると、自室で亡くなった姿で発見された。
成宮寛貴
「いますぐこの芸能界から消えてなくなりたい」
違法薬物使用疑惑が報じられた成宮が、 '16年12月に引退表明し直筆でメッセージを。『梅ちゃん先生』での朝ドラ出演や『相棒』で水谷豊のバディ役を務めるなど、俳優としての階段を着実に上がっていただけに、惜しまれる引退となった。
江角マキコ
「子供たちのために、いま私にしかできないことを選択し専念する時期だと考え、このような決断にいたりました」
'17年1月、江角は代理人の弁護士を通じて突然の引退を発表し、こう理由を説明。女優としては『ショムニ』などのヒット作に恵まれ、バラエティー番組では司会を務めるなど、アネゴキャラとして人気を博した彼女。果たして、現在の暮らしぶりはいかに……。
堀北真希
「現在私は母になり、愛する家族と幸せな日々を送っています。このあたたかで、かけがえのない幸せを全力で守っていきたいと思います」
'15年に山本耕史と結婚。翌年には第1子を出産した堀北が、'17年2月をもって引退を発表し家庭に専念する心中を告白。
'19年4月には山本が第2子の誕生を報告。引退の言葉どおり幸せな日々を送っていることだろう。
安室奈美恵
「実りある25年間をファンの皆さんと過ごせた事、応援してくださり、支えてくださった事、改めて感謝の気持ちでいっぱいです」
'18年9月の引退当日に公式サイトで感謝の気持ちを綴った、安室からファンへのラストメッセージ。 '90年代には彼女のファッションをまねした“アムラーブーム”が。
引退イヤーの '18年2月には、名古屋を皮切りに全国5大ドームツアーを行い大成功を収めるなど、最後までファンに愛され続けた歌姫だった。
滝沢秀明
「いまの自分があるのはジャニー社長のおかげと感じ、恩師に恩返しをしたいという思いが強く出てきて、引退ということを選びました」
'18年9月に年内での芸能活動引退を発表した直後、自身のラジオのレギュラー番組で胸中をファンに向け初めて説明。「“滝沢秀明を応援してよかった”“この男デカいな”と思ってもらえるような男になるしかない」などと、これから裏方として事務所を支えていく覚悟も語った。
森昌子
「2度目の引退ですので、このような記者会見は恥ずかしいのですが、3度目はございませんのでよろしくお願いします」
'86年に森進一との結婚を機に引退。その後、 '06年に歌手活動の再開を宣言した森だが、 '19年3月に年内いっぱいでの引退を発表し、会見で笑みを浮かべながら挨拶した。理由については「自分の人生あとどれくらいあるんだと真剣に考えるようになった」と説明。“二度あることは三度ある”となるのか?
長瀬智也
「本当にTOKIOというグループだからこそ、こういう力の抜けたトークとか世界観にひたれたんじゃないかなというふうに思ってます」
'21年3月をもって事務所を退所することを発表。最後の出演となった『TOKIOカケル』では、国分太一に促された長瀬が、グループへの愛を語るとともに視聴者にお別れの挨拶。ラストは4人のTOKIOでの最後の記念撮影を行い、「ありがとう」とメンバーに感謝を伝えた。
加山雄三
「歌えなくなってやめるのではなく、まだ歌えるうちにやめたい」
高齢を理由に年内限りでのコンサート活動からの引退を発表。'61年に『夜の太陽』で歌手デビューし、『NHK紅白歌合戦』に17回出場するなど世代を超えて愛され続けてきた加山は「歳をとることでさまざまなことを続けていくことの大変さを実感してる」と高齢を理由に決断を下した。