第24回 ひろゆき
インターネット掲示板「2ちゃんねる」の開設者で実業家のひろゆき氏が、6月19日放送の『あざとくて何が悪いの?』(テレビ朝日系)にリモート出演し、仕事に遅刻したとしても「成果さえ出せればいい」「たとえば、成果をまったく出していない人が時間どおり来ても“売り上げが立っていないからいらないよね”って話になっちゃう。能力のない人ほど、遅刻しない自分がすごいって言いたがる」と発言したことが波紋を広げています。
ひろゆき氏の発言を受けて、『Smart FLASH』は6月24日に《ひろゆき「遅刻しても成果さえ出せればいい」を論破する有吉弘行の“横綱相撲”…生き残るのは遅刻せず結果出す人》というタイトルの記事を配信。レギュラー番組を多数抱える売れっ子・有吉弘行が決して遅刻せず、1時間前に現場入りすることもざらだと書かれていました。
職種の違うひろゆきと有吉弘行は単純に比較できない
確かに遅刻はしないほうがいいと思いますが、ひろゆき氏はテレビを主戦場とするタレントではありませんから、有吉と単純に比較することはできないように思うのです。彼は日本有数のインフルエンサーであり、著述家としても成功し、実業家でもあります。「今のひろゆき氏なら」遅刻をしても許されるのではないでしょうか。
『Smart FLASH』の記事を受けて、ひろゆき氏は《有吉さんがタレントとして凄い人だとしても、誰かの機嫌を伺って自分の人生の時間を切り売りして、時給で働いてる人という枠の中なんですよね。それが好きな人は成果より時間厳守でいいと思います(後略、原文ママ)》とツイートしています。
さすが日本を代表するインフルエンサー。いつも発言の中に無能とか成果とか無駄とかお金という、ネット民が食いつく言葉を随所にちりばめています。意見をいう時に大物の名前を挙げてその人を下げるのも、“ネットしぐさ”と言えるのではないでしょうか。遅刻のよしあしについては、おのおのの会社や職種で判断することですが、私が見逃せないと思ったのが、彼の言う極端な二択なのでした。
極端な二択を迫る「二分法の誤謬」は世にあふれている
ひろゆき氏は「遅刻しても成果を出せる人」と「遅刻しないで、成果をまったく出していない人」をくらべたツイートをしています。これって、よく考えるとヘンだと思いませんか? 世の中には遅刻をする人としない人がいて、成果を上げられる人と上げられない人がいます。ということは、
(1)遅刻をするが、成果を上げられる人
(2)遅刻をするが、成果を上げられない人
(3)遅刻をしないで、成果を上げられる人
(4)遅刻をしないで、成果を上げられない人
の4パターンにわけられるわけです。しかし、ひろゆき氏は(1)と(3)の極端な例だけをあげています。選択肢が他にもあるのに、あえて選択肢を2つに狭めることを、心理学では「二分法の誤謬(ごびゅう)」と呼んでいます。
誤謬とは「間違えること」や「間違い」という意味の言葉です。多くの人にとって「二分法の誤謬」は耳慣れない言葉ではあるでしょうが、実は世の中のここかしこにあふれています。
女子が脱毛を怠っていたら、彼氏にフラれてしまったというような動画広告を見たことがある人は多いのではないでしょうか。ああいう広告は暗に「脱毛せずにフラれるか、脱毛して円満かを選べ」と二択を迫っていると言えるでしょう。彼氏とうまくいっていない自覚がある人や、自分に自信がない人ほど「脱毛しないとフラれちゃう!」と思いこんでしまいそうですが、冷静に考えてみれば、脱毛したってフラれる可能性があることに気づくはずです。
「二分法の誤謬」は選択肢が少ないために、情報の受け手が極限状態に追い込まれ、自分に不利な判断をしてしまうとされています。また「二分法の誤謬」に触れると、自分も「敵か味方か」「成功か失敗か」というような極端な解釈をするようになるとも言われています。
職場でも友達や恋人関係でも、誰かと一緒にいれば時々イラっとすることはあるでしょう。そんなときに「敵か味方か」というような極端な二択思考を持っていると、周りがすべて敵に見えてきたり、「誰も自分の味方ではない」と孤独に陥ってしまうのではないでしょうか。こんな時は周囲に助けを求めてほしいものですが、二択思考の人は周囲に何か言われると「説教してきたから、敵」とますます自分の殻にとじこもってしまう可能性があります。「二分法の誤謬」は情報の受け手に悪影響を及ぼすのです。
孤独を感じている人、自信がない人に発言が刺さっている
ひろゆき氏は遅刻に関していろいろ思うところがあるのか、《行列が出来てるラーメン屋と並ばないで入れるラーメン屋を見た時に、待たされる方を選ぶ人が日本人には多いので、わざと行列を作る店とかあったりします。飲食店の行列に並んだ事のある人は時間を守るよりも成果を優先しています(後略、原文ママ)》とツイートしています。よく意味がわかりませんが、おそらく「自分が気付いていないだけで、時間を守るより成果を優先している人はたくさんいる」と訴えたいのではないでしょうか。そのあたりの真偽はともかくとして、「行列のできるラーメン屋」のたとえを持ってくるあたりが秀逸だなと思いました。
Aというラーメン屋には行列ができているけれど、お隣のBというラーメン屋は並んでいる人がいない。みなさんはこの2つの店をみて、どちらがおいしい店だと思いますか? おそらくAだと思う人が多いのではないでしょうか。これは典型的な「バンドワゴン効果」と呼ばれるバイアス(思い込み)で、「自分が選ぶより、みんなが選ぶもののほうが正しい」「メジャーなもの、人気を集めるものをいいと思ってしまう」という心理が隠れていると言われています。つまり、みんなが並んでいるからという理由でラーメン店Aを選ぶ人は自分に自信がない人とも言えるのです。
6月23日に放送された『仕事とお金のマジメな話』(テレビ朝日系)にリモート出演したひろゆき氏は、就職倍率600倍の商社で働く女性の仕事ぶりを見て、「すげー時間の無駄だな」とコメントしていました。誰に対しても忖度なく切り込むひろゆき節を期待されてのオファーでしょうから、きちんとお仕事をしたと言えるのでしょう。しかし、ポイントはもう1つあるように思えるのです。入りたくても入れない人気企業の人にひろゆき氏がバッサリ行くことで、溜飲を下げたり、痛快だと思う視聴者も少なからずいたのではないでしょうか。
知らず知らずのうちに「二分法の誤謬」にとらわれ孤独を感じている人、就活がうまくいかず、人気企業に入れなかった人、自分に自信がない人。こんな人がいる限り、ひろゆき氏の人気は安泰と言えるのかもしれません。
<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」