“クズ芸人”ブーム以前からクズっぷりをテレビで発揮していた安田大サーカスのクロちゃん、女性ピン芸人のヒコロヒー、ロケが高く評価されているなすなかにし……。現在、『松竹芸能』所属の芸人たちの活躍が目立ってきている。
ヒコロヒーとコンビを組んで『M-1』にも出場している松竹芸人みなみかわは、他事務所である千原ジュニアや東野幸治ら大人気芸人たちのユーチューブチャンネルに続々出演、芸人やお笑い好きからの評価が高く、“ブレイク秒読み”といった状況だ。しかし、松竹という事務所は、所属芸人に「松竹だと売れない」と自虐ネタにされ、他事務所芸人には「松竹には行きたくない」などと言われてきた。
「松竹の芸人が低く見られることがあるのは、ひと昔前の大阪でそういう風潮があったからではないかと思います」
そう話すのはお笑い評論家のラリー遠田氏。
劇場の不在、ダウンタウンの影響で
「大阪のお笑い界は長年にわたって吉本興業の一極支配のような状態にありました。特に'80〜'90年代には、ほかの事務所の芸人はなかなか活躍の場が与えられなかったり、見下されたりすることが多かったようです。
最近では、松竹を離れて活躍している芸人が増えている一方、松竹芸人で勢いがあるのがクロちゃんやヒコロヒーさんといったひと癖ある芸人ばかりなので、芸人にとってはネタにしやすいのでしょう」(ラリー氏)
ライターでお笑い研究家の鈴木旭氏は、劇場の存在を指摘する。劇場は、知名度を上げたい芸人にとっても、面白い芸が見たいファンにとっても重要な場所。吉本は基本的に常設の劇場が常にあった。一方松竹は……。
「'80年代の漫才ブームによって漫才を主流とする吉本に後塵を拝し、'84年に劇場を閉鎖。改築後に何度か再開場、閉鎖を経て場所を移動し、現在の劇場『心斎橋角座』へと至っています。常に劇場がなかったのも理由のひとつだと思います。また、ダウンタウンの影響も大きい。吉本の養成所『NSC』の入学生が増え、東京校も開校。続々と吉本の芸人さんが台頭。同じく関西に本社を持つ松竹芸能が引き合いに出され、“売れない”というイメージも強くなっていったと思われます」(鈴木氏)
“松竹芸人”の特色とは─。
よゐこ、ますだおかだ、安田大サーカスら“まるで方向性の違う5組”
「松竹は昔ながらの上方芸人の伝統を受け継いでいるイメージがいまだに強くあり、ポップ、キャッチー、時流に乗ったタイプの芸人さんが出てきにくい印象です。売れた芸人さんを見ても、よゐこ、TKOなど、人間味や味があるというか、苦労したり身体を張ったりしながら花開いてきた感じの方が目立ち、松竹に入ってすぐ簡単に売れるというイメージが正直あまり感じられないかなと。
一方で地力がしっかりある芸人さんが定期的に出てきている印象です。例えば、チキチキジョニー、Aマッソ(元松竹)のようなしっかり漫才をやっている“ザ・漫才師”というイメージがしっくりくる女性芸人が出てくるところなどは松竹らしい気がします」
そう話すのはお笑い好きのライター・田下愛氏。前出の鈴木氏は松竹芸人について、
「幅広いジャンルの個性派がそろっている印象です。現在はマラソンランナーとしても知られる森脇健児さん、若手時代はシュールと呼ばれ、現在は穏やかな芸風で安定した人気を誇るよゐこ、M-1王者で個々ではマイペースな活動が目立つますだおかだ、くせ者ぞろいの安田大サーカス、前田敦子さんのものまねでブレイクしたキンタロー。さん。この5組だけを見ても、まるで方向性が違います。
松竹芸能の重鎮である笑福亭鶴瓶さんは、アフロヘアにオーバーオールという落語家らしからぬいでたちで人気を博し、タレントとして確固たる地位を築きました。そうした固定観念にとらわれないスタンスが引き継がれているのかもしれません」
松竹芸人も好調だが、“元松竹”も調子がいい。さらば青春の光、『R-1』王者となったお見送り芸人しんいち、正統派な漫才が人気の女性コンビ・Aマッソなど、“脱竹組”と呼ばれる面々だ。
「事務所を離れた芸人は、自分たちの力で道を切り開かなければいけないというハングリー精神を持っていることが多いので、それが結果につながっているのかもしれません」(ラリー氏)
「'10年代、松竹芸能の売れっ子といえばキンタロー。さんとクロちゃんでした。賞レースや特殊な活動以外で松竹の若手にはあまりスポットが当たらなかった。それは早くからネタに定評があり、現在大活躍しているさらば青春の光が'13年に退所した影響が大きいかもしれません。
同時期、複数の若手が後を追うように事務所を退所。ヒコロヒーさんも上京を決意しています。その後'19年から“第七世代”ブームが起き、'19年のM-1の予選でみなみかわさんとヒコロヒーさんのコンビが芸人社会のジェンダーに切り込む漫才を披露して話題となりました。また、ギャンブル癖や借金癖のある“クズ芸人”が注目を浴びました」(鈴木氏)
クズ芸人たちがブレイクできた背景
松竹はオジンオズボーンの高松新一やワンワンニャンニャンの菊地優志など、クズ芸人が多いと評判だ。
「注目度の高い番組である『ゴッドタン』には“腐り芸人”としてみなみかわさんが出演しています。そういった複合的な要素が重なって複数の松竹芸人が活躍し始めた印象です。なすなかにしは好感度も高く、そもそも芸達者な実力派。若手やクズ芸人のカウンター的な存在として、改めて支持されたのだと思います」(鈴木氏)
話を聞いた3人に“注目の松竹芸人”を挙げてもらった。
「『ゴッドタン』の“この若手知ってんのか!?2022”企画に出演していた、現役女子高生芸人のはっぴちゃん。は、テレビ向きのキャッチーなキャラクターを持っているので、これから出てくるかもしれません」(ラリー氏)
前出の鈴木氏も、
「期待しているのは森本サイダーさん。整った顔立ちながら“童貞”というキャラを武器とする一方で、昨年R-1の決勝進出を果たした実力者でもあります。また今年の『ABCお笑いグランプリ』決勝に残っている実力派コンビ・ハノーバー、小林メロディの不気味なキャラクターが光るブリキカラスにも注目しています」
「チキチキジョニーのような、ドスのきいたナニワの女漫才師はいつの時代もいなくならないでほしい。どんどん力をつけてベテラン女性漫才師として活躍し続けてほしいです。
マリッジスターこうもとは、都内のお笑いライブで何度か見たことがあり、妙に心に残る存在感とアクセントを残すピン芸人さんでした。なにかきっかけがあればはねることもあるのではと、当時から思っていたので、頑張ってほしいです」(前出・田下氏)
次の松竹ブレイク(または脱竹ブレイク)は誰だ!?