(前編より続く)
都内や関東近郊に乱立する『きぬた歯科』看板。 “オッサン”の顔がどデカくプリントされた看板だ。その数340ほど。実はこの『きぬた歯科看板』は2種類ある。きぬた歯科は兄弟が院長を務める2つに分かれ、弟の『きぬた泰和』氏が院長を務める西八王子のきぬた歯科と、実兄である『きぬた久和』氏が院長を務める横浜市にあるきぬた歯科があり、経営はまったく別となる。
「兄弟仲は悪い」とともに話す2人が、初めて2人揃った“兄弟コラボ”看板を出した。先に話を聞いた弟・泰和氏は“真剣”“命がけ”の看板論を語ったが、兄の看板論は?
弟も交え話を聞くと、それはまるでトムとジェリーのようで……。
看板の戦略を考えたのは弟?
(以降、兄・『横浜きぬた』の久和氏を「兄」、弟・『西八王子きぬた』の泰和氏を「弟」と表記)
横浜のきぬた歯科の看板は今、いくつくらいあるのか?
兄「70カ所くらいかなぁ。弟とちょっと違うのは駅構内などにもあります」
弟の西八王子きぬたの看板は院長自身が看板のデザインに関わっているが、横浜は?
兄「弟はいろんなのを出すでしょう。デザインにしても設置場所にしても。僕としてはベーシックなものを大事にしているんです。イメージカラーをきちんと守って……」
弟「遊びがないんだよね。(兄の看板は)つまんない。硬いっていうか」
兄「横浜ってオシャレな街なんで(それに合う看板に)。彼もね、横浜に憧れてんですよ」
弟「はぁ!?」
(以下、看板と関係なく、八王子と横浜は“どちらが良い街か”で兄弟ケンカが始まったので割愛)
弟「看板の戦略は僕が考えて、それに“石橋を叩いて渡る”うちの兄が追随しているんですよ」
兄「まったく違う。弟は単純に虚栄心的なところがあるんですよ。うちは勝算を考えてやっている。ちょっとこの看板見てください、これ良くないですか?」
弟「小さい看板だよ。俺の見てみろよ、高速(道路)の。レベルが違う、レベルが!」
兄によると、八王子・横浜の両院合わせて“いちばん最初の看板”は、横浜きぬたが建てたものだという。
看板で顔を出した理由
兄「もうすごく前に建てたものですね。15年くらい前ですかね」
弟「でもね、顔じゃなかった! 後からその看板を顔の看板にしているんですよ。顔をやりだしたのは俺なんだよね」
兄「いや、違うから。思い出した。社員旅行でタイに行ったら、“変なオヤジ”の顔が出ている看板がいっぱいあったんですよ。それで“面白いな”って思って、弟に“顔出しやってみろよ”って言ったんですよ
弟「違う! それ後付けだよ! 俺が先に顔出しやって、その後タイに行ったんだって」
弟は顔出しした理由について以下のように話す。
弟「やっぱり患者目線で、“誰が責任者か”、“誰が診るのか”ということがわかるように。あとはやっぱり『ロバート・ザイアンス』の“単純接触効果”ってやつですよ」
『単純接触効果(ザイアンス効果)』……くり返し接すると好意度や印象が高まるという効果のこと。アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが提唱。
兄「なに言ってんだよ! それこそ後付けじゃねーか! バカ言ってんじゃねーよ。ロバートなんとかって誰だよ。最近知ったんだろ?」
(以下、顔出しについて “どちらが先か”でケンカが始まったが、同じ話のくり返しなので割愛)
最初の看板は、その大きさに同業者の度肝を抜いたという。
兄「脚光を浴びたと同時に、行政にものすごくツッコまれたんですよ。同業他社がクレームを行政に言うわけですよ。それでもなぜ続けたか。反響があったからです。彼はそのとき看板を出していなかったんです」
弟「はぁ!?」
兄「看板の影響が弟の耳にも入ってきたわけですよ。横浜にきぬた歯科の看板があると。そしたら弟は“マネしよう”ってなったんですよ」
弟「前の取材でいろいろ広告を試して、看板の効果があったって話しましたよね? それで看板に力を入れようってなって、そのときに“そういえば横浜もたくさん看板置いてるな”って。そのとき俺は2つしかやってなかった。その時点では看板は少なかったから、たくさん建てる後押しになったよね。作り話するなって」
(以下、看板について “どちらが先か”でケンカが始まったが、同じ話のくり返しなので割愛)
“どちらが先か”はさておき、横浜はなぜ看板を出すことにしたのか。
弟「答え出ないでしょ?『ザイアンス効果』とか言うなよ(笑)?」
兄「30年前、開業当初からすごく患者さんが来てくれたんですが、薄利多売だった。でも来てくれる患者さんをもっとおもてなしたいと思いました。器具・機材をもっと新しくしたい。もっときれいにしたい。そうなってくるともっと利益を上げなければならない。それで看板に至ったんです」
大事なのは地元の人、お金はあとでついてくる
弟の八王子きぬたは地元から遠く離れた土地にも看板を建てているが、横浜きぬたの看板は基本的には地元・横浜での掲出が多い。
兄「やっぱり大事なのは地元の人ってことなんですよ。基本を忘れちゃいけない。看板出して面白い、騒ぐってことじゃない。世のため人のためってことです。たぶんそれは弟も一緒だと思う。『高須クリニック』の高須先生も言っていたけど、“金持ちになりたい”と思って医者になった人で、金持ちになった人は1人もいない。大事なのは患者さんに寄り添うとか、人のためってことを考えると、必ずお金って後からついてくるんですよ。弟のようにあちこちに出して有名になるという路線で患者さんを集めるのも1つの方法だと思うんですけど、僕は地元でやっていきたいですね」
兄弟ケンカから一転、真面目で“良い話”になった。
兄「やっぱり聞ける話のケタが違うでしょ(笑)? レベルが違うでしょ?」
弟「あのね、兄の問題は、話が“記事として”面白くないんですよ。わかるでしょ? 世のため人のためとか社会貢献とかは“あぁそうですか”で終わっちゃう。そこで人を惹きつけるために空気を読まなきゃダメなの」
兄「このあいだ弟の取材したんですよね? もうどんな話をしたか想像つくわけですよ。どうせおちゃらけた話で終わっているわけですよ。もしくはカッコつけた話ですよ。あの足組んで気取った看板なんだよ。勘違いしてんじゃないよって思いません?」
兄の横浜きぬたは横浜各地に建てられた看板の写真を使ったトランプを作成した。弟は前出のようにファンが神経衰弱やTシャツなどのグッズを作っている。
弟「横浜は自分で作っていますからね。俺は俺のファンの人が勝手に作ってくれている。その違い! つまり俺のほうが一般の人にインパクトを与えているってこと、人の心を動かしているってこと。自分で作るって……(笑)。この取材だって、最初に俺のところに連絡があって先に取材受けて、あなたを誘ってあげたんですよ」
兄「うちにもメールくれていたんですよね? 俺がきっかけだよ」
弟「俺だって」
数字自体は控えるが、両院の宣伝広告費を比べると八王子のほうがやや多い。
兄「(売り上げのうちの)何%にするって基準を決めないと、気がつくと下がっていっちゃうんですよ」
弟「それはなぜかというと“セコい”から。セコいとそうなっちゃうの。金がもったいない、もったいないってなってるの」
兄「こいつ、靴下ですらエルメスなんですよ。お前、靴いくらだよ?」
弟「『ジョン・ロブ』って言って、○万円くらい」
兄「僕の靴なんてAmazonで買った安いのですよ?」
(以下、お互いが身につける衣服や時計、車などについてケンカが始まったので割愛
兄「何が言いたいかっていうと、僕は残ったお金は病院に投資するんですよ。それが患者さんに還元することになる。生きるスタンス自体が違うんですよね。病院には湯水のように使うんですよ」
弟「そうじゃない。それは跡継ぎがいて残したいからでしょ?俺はいないから」
すべての事柄でケンカが始まるような兄弟だが、なぜ今回初めてとなる“兄弟コラボ看板”を出すことになったのか。
兄「人生も終盤になっちゃっているんですよね。こないだ30周年だったんですけど、親がすごく嬉しそうだったんですよね。親が健在なんで、兄弟で一緒にやることが親孝行になるんじゃないかって思ったんですよね」
兄と弟は“ライバル”だから
逆に、ともに同じく看板を多数建ててきたのに、これまで一緒にやらなかった理由は……。
兄「それはライバルだからですよ(笑)」
弟「でも、ひと言言わせてもらえば、今回の看板の費用、本当なら折半のはずなのに、俺が3分の2、兄は3分の1ですからね」
兄「あそこの高速道路を走る人に横浜に来る人いませんからね。僕が乗っかってあげているだけなんですよ。ハッキリ言ってあそこに看板なんて出さなくていいんですよ!」
弟「そんなことない。高速道路の看板の力を知らない。それに兄のほうが走っている車から真正面でよく見える。僕はそっと横にどいたんですよ……」
兄「よく言うよ。どう見てもあの写真は僕のほうがちっちゃく見える。3分の1出して“あげている”の」
(以下、コラボ看板の費用と効果についてケンカが始まったので割愛)
いくつか“割愛”としたが、すべてを入れると原稿があまりにも長くなってしまうのでご了承いただきたい。しかし、2人は子どものような兄弟ケンカ“だけ”を見せていたわけではない。
最近、外部の優秀なウェブ担当者を入れ、劇的にサイトからの集客が多くなったという弟の八王子きぬた。横浜の兄の「その人、紹介してくれよ」という願いに、弟は即その場で電話をかけた。八王子と横浜と距離は離れているが、同業であり商売敵だ。担当者と電話で話した際、食い合いになるのではと指摘されたようだが、「それはしょうがないから、いいよ」と快く受け入れた。
一方、兄は。食事をともにしての取材終了後、弟は夜の街に消えた。その後、兄は担当記者に「あいつはセンスあるんですよ」と弟のいないところで、弟には見せない表情で語った。
兄「あ、食事の会計は“兄が払った”って原稿に入れといてください!」
トムとジェリーのような2人の歯科医。巨大看板で兄弟、いつまでも“仲良くケンカ”を続けてほしい。