電力は今、なぜ無い?
「今回の歴史的に早い梅雨明け、異常高温が直接的な引き金となりました」
そう話すのは、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏。
「欧州でも6月は猛暑に襲われましたが電力不足騒ぎは起きなかった。日本は途上国のような電力不足に見舞われており、完全に“人災”といえる。電力会社と政府の完全なる失敗です」(飯田氏、以下同)
途上国であれば安定供給のため、政府や大企業が電力を独占するメリットはあるが、先進国である欧米や日本は、現在、電力は“自由化”されている。それまで電力会社が独占して製造(発電)・販売していたが、'16年4月より電気の小売業への参入が全面自由化された。独占市場より、市場を開放したほうがメリットがあるという考え方だ。
「日本は電力の“市場”に問題があります。欧米の電力市場は、需要が増えると供給も増えて価格が上がる。逆に需要が下がると供給も下がって価格も下がる。緊急時になっても、たいていのことは市場でクリアできます」
電力不足の危機を市場がクリアした一例を紹介する。数年前にドイツで皆既日食が起こった。ドイツは太陽光発電が広く普及している。通常の電力需要は約8000万キロワット。そのうちの4000万キロワット程度が太陽光発電だった。しかし、日食によって太陽が隠れ、供給は1000万キロワット程度まで落ちた。
「しかし、何も問題がなかった。電力市場において価格が少し上がって太陽光発電以外の供給が増え、太陽光発電が急減した分をカバーしたのです。日本で起きているような電力不足は、市場をちゃんとつくればまったく問題なくクリアできる話。しかし、日本は実質的には電力市場が開かれていない。日本の電力市場は1億7000万キロワットぐらいあるのですが、そのうちの8割は、東京電力など自由化以前に独占していた電力会社が、発電も販売もいまだに独占。完全に自由化されたのは2割くらいしかない」
価格は若干上がるが、それによって供給が増える(=販売量が増える)ため、電力不足にならない。日本は欧米のような電力市場がなく、電力危機をカバーできない。
「日本の電力自由化は“見せかけ”。開かれた電力市場であれば電力不足なんて起きません。また、欧米は万が一の際にも備えるためにかなり高度な計算に裏付けされた対応をしていますが、日本にはそれがない。日本の電力自由化は、実質的に電力会社が自分たちの独占を維持するように、欧米の仕組みとは似て非なるものをつくった。その結果として途上国のような電力危機を招いてしまったのです」
発電所はあるのに稼働していないワケ
電力不足について、エネルギーアナリストの大場紀章氏は、発電所の稼働状況の問題をあげる。
「今現在、“動いていない”発電所はかなりたくさんあります。実は6月にこれほど暑くなるということを想定しておらず、暑い8月に向けて稼働する発電所がたくさんあった。想定していなかったために間に合わなかったということです」
大場氏によると、日本の電力システムは、“10年に一度の猛暑”に対応できるように設計されているという。
「6月に10年に一度以上のことが起きた。設計された想定をそもそも超えている。停まっていた発電所を稼働させることで緩和していくとは思いますが、立ち上げた発電所をフル稼働させても、もし8月に再度10年に一度以上の猛暑となったら、もう手段がない」(大場氏、以下同)
さらに天候以外の日本の問題点も指摘する。
「現在、日本の多くの火力発電所が閉鎖したり、休止状態になっているんです」
電力不足になるような国でなぜ発電所を閉鎖するのか。遠因は、近年叫ばれている『再生可能エネルギー』(自然界によって人が使う以上の早さで補完されるエネルギー。例=太陽光、風力など)にある。
「再エネが増えたことにより、ほかのエネルギーの電力市場の価格と電気料金が下がり、売り上げが落ちます。結果的に稼働率も下がる。そして採算が取れなくなる。そのため、いちばん採算が悪い発電所から廃止にしていく。コスパの悪い火力発電所を停めて、毎年多数の石油火力発電所が休止・廃止となっています。昔はこのようなことは起きなかった」
ではなぜ今、このような状況に至っているのか。この理由も自由化にあるという。
「電力会社は停電にならないように、多少コストがかかっても、保険のために火力発電所をつぶさずに残してきました。それが自由化によって“コスト”の考え方に変わった。使わない設備というのはコストです。普段あまり使わない、緊急時にしか使わない設備はできるだけ削減するという考え方になったのです」
経済合理性のため“保険”がなくなった。
「合理化のために緊急用の発電所がコストになり、それを廃止していった結果、余裕がどんどんなくなった。電力の安定供給のための仕組みとして新たな制度ができましたが、これが始まるのは'24年から。火力発電所をなくしていったら、'24年までの間、電力が不足するおそれがあることはわかっていたのです。その対策をするためにはお金がかかり、それは誰が出すのか。また、“たぶん大丈夫”という希望的観測を持っていたため対策が取られなかった。その結果が今です」
稼働には賛否があるが原子力発電は……。
「今、規制委員会の審査に合格したものが16基あり、そのうち再稼働実績があるのが10基、未稼働だが地元の合意が取れているのが2基ほど。しかし、実際に稼働しているのは4基。なぜ動いてないのかというと、再稼働から5年以内にテロ対策の設備をつくらないと稼働を停止とするルールがあるから。この設備の建設が間に合わなかったため発電を停止しているところがたくさんある。テロ対策設備の建設はコロナ禍で遅れてしまった面もあります」
“ヤバい”のは今年の夏なのか。それ以降は……。
「冬に立ち上げる予定だった発電所を前倒しで稼働させることで、夏はギリギリ乗り切れるのかなと考えます。しかし、実をいうと冬のほうが苦しい。冬にかけてさらに停まる発電所が結構あるからです。昔は8月が電力需要のピークだったんですが、今は冬の需要が大きくなっている」
夏は太陽光発電で助かっている部分があるが、冬になれば当然、日照時間は減る。
「夏を乗り切ったからといって安心できない。むしろ電力不足は冬が本番と考えます。火力発電所はどんどん減っている状況なので、来年はもっと苦しくなるかもしれません」
国民に節電を求めるだけか。政府や独占電力会社のやるべきことは……。